上写真=田中(左)のスピード&技術か。田口のキャリアとタフネスか──
写真_本間 暁
“THE FATE”と銘打たれた注目の一戦が、いよいよ目前に迫ってきた。3月16日、岐阜メモリアルセンターで愛ドームで行われるWBO世界フライ級タイトルマッチ。23歳の若き世界3階級制覇王者・田中恒成(畑中)に32歳の元世界ライトフライ級統一王者・田口良一(ワタナベ)が挑む。
“Fate”は日本語で“運命”。“Destiny”とはニュアンスが異なり、“宿命”“因縁”がより近いという。両者がライトフライ級王者時代の2017年大晦日に統一戦が内定しながらも、直前9月の防衛戦で田中が両目の眼窩底を骨折したことで、一度は消滅してしまった。それから1年の時を経て、巡り巡って実現した両者の激突は、まさに“宿命”と言える。ただし、ふたりの“因縁”の始まりは、もう少し前までさかのぼることになる。
2013年11月、岐阜・中京高3年でプロデビューした当時の田中には、いつか戦いたいと心に刻んでいた名前がふたりいた。ひとりはその年、WBC世界フライ級王座を制して、2階級制覇を果たした八重樫東(大橋)。もうひとりが田口である。同年8月、田口が日本ライトフライ級王者として井上尚弥(大橋)を迎えた初防衛戦は、挑戦者の地元である神奈川・座間で行われ、フジテレビで全国中継されたが、田中は岐阜から試合会場に足を運んでいた。
田中の視線は、ふたつ年上の兄で、現在もトップアマチュアとして活躍する亮明(駒澤大→現中京高教員)と高校時代に4戦して全勝と寄せつけないなど、同時期にアマチュアボクシング界を席巻、プロでも“怪物”と話題を集め、デビューから4戦目で日本王座に挑む井上に向けられていた。だが、試合が終わるころには、その井上相手に奮闘し、敗れながらも判定まで持ち込んだ田口の強さが印象に残ったという。
最初の出会いは、2015年7月11日。ふたりを引き合わせたのは、昨年大晦日の中国・マカオで井岡一翔とWBOスーパーフライ級王座を争い、判定勝ちで4階級制覇を果たしたドニー・ニエテス(フィリピン)だった。場所はフィリピンのセブ。当時、2冠目のWBOライトフライ級王者として、階級最強の呼び声高かったニエテスの7度目の防衛戦を視察した試合会場で、28歳の田口と20歳の田中は邂逅している。
田口は同年5月6日にWBAライトフライ級王座の初防衛に成功し、田中は同5月30日、国内最短記録となる5戦目でWBOミニマム級王座に就いたところ。もちろん挨拶をかわす程度で、田口は田中の秘めた思いは知らない。階級も違い、まだ対戦相手としてイメージも湧かなかったはずだが、以前の取材メモを見返すと「近い階級なので『もしかしたら、やるのかな?』という感覚は、そのときからありました」と振り返る田口のコメントが残っている。
田中が思いを公に発したのは、ライトフライ級転向初戦。年内の2階級制覇を宣言し、臨んだ2016年5月、レネ・パティラノ(フィリピン)とのテストマッチに6回KO勝ちしたリング上からラブコールした。
「八重樫選手(当時のIBFライトフライ級王者)、田口選手と日本人チャンピオンがいますけど、聞こえるかわからないですけど、田口選手!挑戦受けてください!!」
その声はメディアを通じて田口の耳にも届く。少しずつ“運命”の歯車が回り始めた。
田中のターゲットは、ニエテスが3階級目を狙い、返上したWBO王座となり、モイセス・フエンテス(メキシコ)との決定戦が同年大晦日に決まる。その2階級制覇戦に向けて、東京で出稽古していた田中は、ジムの先輩で当時の日本フェザー級王者、林翔太のスパーリングに同行し、ワタナベジムを訪れている。
そこで、また出会った田口と田中は「統一戦で戦おう」と直接、対戦の意志を確かめ合った。
ここから、約束どおりに2階級制覇を果たした田中が積極的な言動でリード。田口がそれに応える形で対戦の機運は高まっていく。最大の壁は当時、田口がテレビ東京、田中がCBCテレビという放送局の違い。だが、2017年5月、田中が当時16戦全勝全KOの指名挑戦者アンヘル・アコスタ(プエルトリコ=現WBOライトフライ級王者)を下した名古屋のリングサイドには、ゲスト解説として田口が放送席に座った。試合後には田中からリングに招かれて、そろって統一戦をアピール。同年7月、田口が東京でロベルト・バレラ(コロンビア)を退けた指名戦では、今度は田中がゲストに呼ばれ、試合後のリングで再び統一戦の意志を表明し、対決ムードは最高潮に盛り上がる。
ところが――。TBSが大阪から全国中継し、いよいよ統一戦へ、というなかで田中が迎えたパランポン・CPフレッシュマート(タイ)戦で事態は暗転。同年12月、田中は名古屋で会見を開き、王座返上とフライ級転向を表明する。その前日、単身東京に出向き、田口に直接謝罪し、けじめをつけた上での発表だった。
1年が過ぎ、両者の状況は大きく変わった。2017年の大晦日にIBF王者ミラン・メリンド(フィリピン)を下し、王座統一を成し遂げた田口は2018年5月、ヘッキー・ブドラー(南アフリカ)に敗れて王座陥落。7度守ったWBAを含め、2本のベルトを失った。2018年3月にフライ級初戦を戦った田中は9月、木村翔(青木)のWBOフライ級王座に挑戦し、年間最高試合に選ばれる大熱闘の末に3階級制覇を達成した。
勢いに乗り、上り調子にある田中に対し、一時は引退に心が傾きかけた田口にとっては、フライ級に上げての再起初戦となる。田中勝利を推す声は圧倒的に多い印象を受けるが、2017年の大晦日に無事に王座統一戦が実現していたら、今とはまたオッズも違っていたのかもしれない。
“雑草”対“エリート”とも呼ばれた木村戦。田中はジュニア世代の大会で実戦経験を積み、高校時代には井上の弟・拓真(現WBCバンタム級暫定王者)としのぎを削りながら、4冠を達成。世界ユース・ベスト8、アジアユース準優勝と国際経験も積んだ。エリートのイメージがつきまとうが、世界ランカー相手のデビュー戦を皮切りに厳しい戦いを勝ち抜いてきた自負があった。トータルで高い能力に加え、気持ちの強さが売りの木村に対し、気持ちをポイントに挙げて臨んだ戦いで、誰より自分自身に対し、証明できたことは、この一戦に向けても大きい。
対照的にプロ叩き上げだが、田中が「相手が強ければ、強いほど、力を発揮する」と評するように、底知れない力を見せてきたのが田口だ。木村戦を見て、「前より強くなってるなと感じたし、自分がいちばん燃える相手」と、ブドラーへのリベンジから田中戦へと舵を切り、むしろ不利の状況を歓迎しているところがある。フライ級に上げての調整が最終局面に向かうにつれ、田口の心身の状態の良さに好印象の声も聞かれるようになってきた。
決まったときから木村戦に続き、年間最高試合候補は確定とも言われた一戦。“運命”のいたずらもあって、このタイミングで実現したことが、果たしてどちらに微笑むのか。紆余曲折の長い道のりを経て、ようやくリングで相まみえる“宿命”の2人である。
「(パンチを)もらわずに、熱い試合をして倒す」(田中)
「みんなの記憶に残る名試合にして勝つ」(田口)
思いのこもった試合が、熱くならないわけがない。
文_船橋真二郎
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