上写真=スピーディーでヘビーな右をズドンと打ち込む田中恒成。父・斉トレーナーが必死に痛みをこらえるほどだ
いま、ファンが見たいカードの三本指に入る田中恒成(畑中)vs.田口良一(ワタナベ)。“THE FATE”(運命)と題された注目の1戦は、今月16日(土)、岐阜メモリアルセンター で愛ドームで行われる。
激突まで2週間となったいま、最速3階級制覇のWBO世界フライ級チャンピオン田中の調整ぶりを観察しに向かった。
ジムに入ると聞いていた夕刻きっかりに姿を現した田中恒成は、どこかピリピリとしているように見えた。挨拶もなんだか素っ気ない。
やはり体重調整がしんどいのか──
そんなことを考えていたら、意外なひと言が飛び込んできた。
「バンデージ忘れたんで、取りに帰ります」
完璧主義に思える田中でも、案外こんな一面がある。あの井上尚弥(大橋)だって、忘れ物の常習者。でもきっと、われわれの“物忘れ”と異なるのは、彼らレベルになると、なにか考え事に集中しすぎるあまり、なのだろう。“うっかり”とは決定的に違う。
いきなり主役に躍り出たバンデージだが、今回、田中恒成を語る上で劇的な変化を遂げるのがこの「ボクシングには欠かせないアイテム」である。
井上尚弥の拳を保護する大役を担い続けている“バンデージ職人”永末“ニック”貴之さんに担当してもらうことになったのだ。
もともとは三迫ジムのフィジカル担当だった永末さん。それが、バンデージの魅力に憑りつかれ──という、なんとも不思議で魅力的な彼のキャリアについては、当サイトに1年前に掲載した『「同じ巻き方を、2度とすることはない」 バンデージ職人・永末“ニック”貴之の進化』
https://www.bbm-japan.com/_ct/17154405をぜひ読んでいただきたい。
かつての井上尚弥同様、田中恒成も、慢性的に拳、手首の痛みを抱えてきた。練習で痛め、打つのを控え、スパーリングも直前に数ラウンドしかこなせない。試合で痛め、練習を再開しても“当てない”日々が続く──。そんな繰り返しだった。
「パンチをもらわないこともそうですが、手を痛めてブランクをつくるのもイヤなので。これからは年に3試合はしていきたいので」
常態化していた悩みを一気に解消すべく、いまやボクシング界、格闘技界で超売れっ子となった永末さんにアプローチしたのだった。
この永末さんにコンタクトを取り、チーム入りを実現させたのが河合貞利さん。田中恒成のフィジカル、コンディショニングを長年担当し、同時にメンタルも支えてきた人物である。昨年末の大田区総合体育館の興行を訪れ、長谷部守里(三迫)のバンデージ担当をしていた永末さんと挨拶を交わし、そこから実現へと向かったのだ。
2月22日に行われた公開練習の際、田中恒成と永末さんは初めて顔合わせ。いつもどおり、パンチの打ち方、角度等をチェックして、巻き方、テーピングのイメージをつくってきた永末さんは、田中本人の要望を聞きながら、バンデージひと巻き、テーピング1本1本、丁寧に作り上げていった。
「本当に凄い。もう、手の不安はありません」
その言葉どおり、父・斉トレーナーの持つミットを軽快に、重厚に打ち抜いていく。特に右のブローは強烈で、「もう、今回でこのミットも終わりやな」(斉トレーナー)と言うとおり、ミットは破けて中のスポンジが顔を出してしまっている。
シャドーボクシングは相変わらず、“相手の動きが見える”実戦形式。そして、日本にもおなじみのフィリピンのバンタム級ランカー、ジェイソン・カノイ、レノエル・パエルを相手にしたスパーリングでは、打たせず打つきめ細かさに加え、力みのないハードパンチを披露。ここ数戦以上に順調な仕上がりぶりと見た。
田中恒成は、ボクシングIQがおそろしく優れており、“個の力”が突出している。だが、自主性を尊重しつつ、ちょっとした言葉を差し込んで軌道修正させる斉トレーナー、マルチな活躍をみせる河合トレーナー、そして、総合プロデューサー&マネージャーに徹する畑中清詞会長。この『TEAM KOsei』トップ3が、田中恒成の能力に並走できているからこそ、いまがあり、そしてこれからがある。
元WBC世界スーパーバンタム級チャンピオンの畑中会長が、技術面に関して口を出さない、というのは組織系統を守る上で、最重要のカギを握っている。「教えるの、めんどうやからな(笑)」と笑い飛ばす畑中会長だが、自身が世界を極めた人物が貫くのは、並大抵の覚悟ではないはずだ。これは大橋秀行会長にも常日頃から感じていたことで、両会長の統率力を物語る。
役割分担。これはなにもボクシングに限ったことではなく、会社、学校、複数の人間がなにかを実現させるすべての物事にとって、もっとも大事な要素となる。しかし、どこのトップも自分が全部に首を突っ込みたがり、周囲はおろか、自らの首も回らなくなってしまうのだ……。
ボクシングは1対1、個人の戦い。だが、そこに至るまでの準備段階はもちろんのこと、試合中でさえ、「チームの戦い」という側面もある。そういう面で、インターバル中の両コーナーからも目を離したくない。
文&写真_本間 暁
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