写真上=久我(左)の左フックがアポリナリオの脇腹を抉る
写真◎佐藤伸亮
スーパーバンタム級10回戦にKO勝ちを収めて、東京・後楽園ホールの控え室に帰ってきた久我勇作(ワタナベ)は、うっすらと笑みを浮かべていた。でも、それはホンモノではない。自らを嘲るように、失望を押し隠すように。そう、今日の収穫は勝利という形だけしかなかった。
「自己採点? 点もつけたくないですね」
前日本スーパーバンタム級チャンピオンの久我にとっては7月、和氣慎吾(FLARE山上)にTKO負けを喫して以来のカムバック戦になる。威勢のいい勝利で再スタートを飾りたかった。ところが、その出来は望みとはほど遠かった。
どのパンチにも力みが入って、リズムもなければ、強弱もなし。ただの一本調子に終始した。対戦相手ジョン・マーク・アポリナオ(フィリピン)が固めるガードの隙間を狙っても、読まれたパンチでは効果的なブローにはならない。
「練習でずっとやってきたのに何も出せませんでした」
いや、とあとでこの言葉は修正した。4回、ノックアウトへとつながる右アッパーカットだけは、きちんと準備してきたパンチだった。ゴツゴツと左右のフックで横殴りしていた久我が、何かにひらめいたように下から右を突き上げる。フィリピン人は足をもつれさせ、後続のパンチでリングにへたり込む。その後は、またしても力技。ダメージが残るアポリナオをさらに2度なぎ倒し、最後はレフェリーがカウントをテンまで数えて試合は終わる。
「本当はボディブローを交えたコンビネーションを出したかったのに」
それができなかったのは、手痛い敗北からの後遺症のせいなのだろう。
「(和氣戦は)勝って世界とだけ考えながら戦って負けました。だから、そこで自分に足らなかったものを学んできました」
成果を出したい。成長した自分を見せたい。そんな気持ちが体をしばる。その結論が今日の戦い。あえて厳しく言うが、拙戦である。
だったら、それも成長過程のひとつの経験である。稀なる強打と野性味は、いつしか自分のツボにはめる発想にと籠もってしまった。それから一歩前に出て、自分が望む流れのなかで展開を作り、KOパターンへと引きずり込みたい。久我の試みに間違いはない。過剰な意識はこれで捨てられる。ワンランク上の境地に踏み込めば、きっと久我の野心は勢いよく走り出す。
取材◎宮崎正博
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