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2018-11-23

【ボクシング】父、集中力、大勝負、父としての自分──。 井上尚弥、大いに語る

上写真=普段はよく笑う25歳の好青年。だが、ひとたびリングに上がると豹変する。このギャップが信じられない

現在発売中の『ボクシング・マガジン12月号』で、WBA世界バンタム級チャンピオン井上尚弥(大橋)のロングインタビューを含め、14ページにわたり彼の大特集を掲載している。が、そのインタビューには、実は“後編”があった──。
 本誌に掲載しているのは練習前に収録したもの。井上尚弥は、練習後にも、疲れた表情を一切見せず、続きに応じてくれたのだ。今回は特別に、その“後編”をお楽しみいただきたい。

反発心が起きないくらいブレなかった父

──また練習を拝見させていただきましたが、やっぱりいつ見ても、見とれちゃいますね。
井上 そうですかー?(笑)。他の選手とそんなに変わんないんじゃないですか?
──いや、全然違います。やっぱり打った後の動き、流れができているし、よりきめ細かくなっていますね。今日は特に、いつも以上にアゴを引いていたし。
井上 はい。基礎がいちばんですから。
──それをみんななかなかできない。
井上 ナジーム・ハメド(イギリス)とマルコ・アントニオ・バレラ(メキシコ)の試合(2001年4月、バレラの12回判定勝ちでハメドは初黒星)を見ても基礎の大切さを感じます。ハメドの変則を崩したのは、バレラの“基礎”じゃないですか。そういうのもすごく印象に残ってます。
──それはリアルタイムじゃないですよね?
井上 はい、家にあった、WOWOWで録画したものを引っ張り出して見て。いま見ても、そうだよなって思います。
──小さいころから、基礎が大事っていうのは徹底的に?
井上 いや、やっぱり一時期ありましたよ、ふざけたボクシングに興味を持ったことも。でも、しっかりお父さん(真吾トレーナー)にチクチク言われたり。やっぱり、言ってくれる人がいるのといないのとでは全然違います。いまとなってはありがたいですね。そのときは、自分のやりたいようにやりたいって考えもありましたけど、そこをしっかりと戻してくれる、言ってくれる人がいるっていうのは、いま、ミットを持ってくれるトレーナーは変わりましたけど、すごくありがたいと思います。
──真吾さんは、どんなときでもブレないですよね。私は同い年なので、より、その凄さを感じます。
井上 あのー、お父さんやっぱり凄いんですよ。いま25で、それなりの立場に来て、背負うものもあるから、やるのは当たり前じゃないですか。でも、小中高のころの心のバランスって、誰しも来るものじゃないですか。そこをしっかりとブレずに支えてくれた。お父さんがブレてたら、「お父さんもじゃん」ってこっちも反発する気持ちがある。でも、その反発心が起きないくらい、ブレてなかった。だから、言われても納得せざるをえなかったです。
──すごいですね。
井上 だからいま、同じ父親の立場になって、尊敬しかないです。いまは、太田(光亮)さんにミットをもらってますけど、やっぱりお父さんのアドバイスを聞きたいし、言ってほしいですから。
 とにかくブレない。自分が子どもにそこまでできるかっていったら、自信ないですから。
──真吾さんもモンスターですね。
井上 ハンパないです。

どんなことがあっても決してブレない父・真吾トレーナー。普段は快活で照れ屋の47歳だ

練習に懸ける想い、集中は絶対に負けない

──井上選手は、全然目をつぶらないですよね。
井上 あー、パンチ来たときですか?
──来たときも打つときも。それも集中力のひとつですかね。
井上 かもしれないですね。でも自分もたまにありますよ。集中してないときにパンチ来て、バーンと来たパンチは背けたり。集中してるときは絶対に背けないので。集中の差かなぁ。
──(身振り手振りで)パンチこうやって来ても、こんなにして見てますよね。
井上 パンチもらっても見てますからね(笑)。
──(笑)。自分が打ってるときも見てますよね。
井上 見てます。打って、相手が倒れていくところもしっかり見てます。でも、それを特に意識した練習はしてないです。
──気がついたら、そうなってた。
井上 そうですね。積み重ねなんですかね。これもたぶん、しつこく言われ続けているから。嫌でもそうなっちゃう。身についてるというか。
──真吾さんに「よく見ろ」と言われ続けてきた。
井上 そうですね。「集中しろ」ってすごく言われます。
──「集中しろ」って言われても、なかなか普通はできないですよね。
井上 何で怒られるかっていうと、集中してないときだけなんですよ。
──集中を装っていても……
井上 見抜かれますし(笑)。
──やっぱり、いわゆるトレーナーと選手の関係よりも濃いから……
井上 それはそうですね。どのトレーナーよりも信頼関係があるっていうのは言えますね。
──いま、父と子で頑張っているコンビはたくさんいます。でも、井上親子のような関係は、なかなかいないと思うんです。
井上 そうですね。うちは家族が一丸となっているのが大きいですね。お父さんだけじゃなく、お母さん(美穂さん)も加わって。
 自分は、練習は一通り普通の選手と一緒なので。でも、そこに賭ける想い、集中は絶対に負けてないと思います。

太田トレーナーの“攻める”ミットから、決して目をそらさない、つぶらない。練習を間近で見ていると、こちらも常に新しい発見をさせられる

注目されればされるほど冴えてくる

──長年、練習も見させてもらってますが、同じことをやっているようで、毎回違いますよね。本当に見ていて飽きない。いつもは“足”を見ていますが、今日は“目”を重点的に見ていました。パンチを打つときに目をつぶっているボクサーって、本当に多いんですよ。
井上 たしかに、そういう写真をよく見ますね。
──相手と向かい合っているときは、どこを見てますか。
井上 全体ですね。
──相手の動作に対して、めちゃめちゃ反応いいじゃないですか。でも、反応が良すぎて、相手のフェイントに引っかかるときってないですか。
井上 ありますよ。こっちだなって思ってよけたらポーンってもらったり。一流の選手だったらけっこうあるんじゃないですか。よけたつもりが…っていうのは。(ホルヘ)リナレス(帝拳)も1度あったじゃないですか。日本でやって倒された試合(2009年10月。ファン・カルロス・サルガド=メキシコ=の左フックで初回TKO負け)。ああいうパターンは、スパーではあります。
──試合ではない?
井上 まだないです。
──フェイントっていうのはわかります?
井上 だいたいわかりますね。
──それも長年の経験で?
井上 経験ですね。
──見ていて“所作”が素晴らしいです。茶道とかそういうものに通ずるような「〇〇道」。
井上 (笑)。でも、まだ試されてないですからね。今回はホントにマジで試されると思ったんですけどね。
──(笑)。判定も考えてたんですもんね。
井上 もちろん。
──でも見えちゃったんでしょ?
井上 “降りてきた”んです。バーンと(笑)。
──(笑)。会場の雰囲気とかもあるんですかね。
井上 ありますね、たぶん。注目を浴びれば浴びるほど冴えてくるんです。だから記者の人に、「プレッシャーかけてください」ってよく言うじゃないですか。プレッシャーがかかればかかるほど何かが芽生えるというか。
 ああいう舞台が好きなんですかね。アマチュアのときも。昔のアマチュアって、試合をやってるときに次の選手はパイプ椅子に座って待ってたじゃないですか。あのときの緊張感を早く味わいたいってなって、「早くインターハイ来ないかな」「国体来ないかな」ってなって。

敗れても、見えるもの感じるものがある

──不安とか恐怖は全然ない。
井上 不安はありますよ。100%の自信ではないですけど、でも、その不安は楽しいんですかね。
──全然関係ないけど、お化け屋敷は好き?
井上 嫌いです(笑)。
──(笑)。違うんですね。
井上 自分に自信があるから、それを楽しめてると思うんですよ。ただたんに、注目されるのが好きなわけじゃなくて。だからスピーチとか講演って苦手ですもん。でも、しゃべるのが得意な人はあれが快感なわけで。そういう感覚ですかね。でも、勝負の世界だから、勝ち負けがある。その恐怖というか、不安はあります。
──絶対はないし、自分も負ける可能性ももちろんある。だけども勝つ。
井上 そこが楽しいんですかね。勝ったときには勝ったときに見えるものがあって。負けたときは負けたときに感じるもの、見えるものがある。両方に。その両方を自分が感じたときに、勝ちでも負けでも次につなげようというのがあるから、大勝負に挑めるんだし。
 負けがすべて終わりじゃないですからね。
──そう思えるようになったのはいつですか。
井上 こういう大勝負に出てからですね。世界獲る前とか獲ってすぐとかはつまづいちゃダメなんです。その先が遠のいちゃうから。でも、しっかりこういう位置まで来て、いい試合をしての敗戦は次につながると思うし。
 日本タイトルとか、世界挑戦とかの負けはデカいです。でもいまこういうトーナメントに出ての敗戦は、絶対につながるもの、見えるものがあると思ってます。まあ、負けるつもりはないですけど。ただ、そういう気持ちもないと勝負に出れないじゃないですか。
──すごい次元の話ですね。ちょっと前に、テレビで林田太郎さんに負けた全日本選手権(2010年。高校2年で出場)のことを語ってたじゃないですか。あの敗戦からのリベンジ戦まではどんな気持ちだったんですか。
井上 あれは翌年の全日本選手権まで飛んでますが、あの間に世界選手権の代表選考会で戦ってるんです。それが目標だったんです。それで負けたら本当にボクシングをやめようと思ってました。
 なんだろう。あのとき勝った嬉しさは。プロで世界チャンピオンになったときよりも嬉しかったかも。1回負けてるんで。一方的にやられた試合から、リベンジしたわけですから。
──負けたらやめる。そのくらい入れ込んで練習してきたわけですね。
井上 そうですね。だから勝ってすぐ、いまの嫁(咲弥さん)に「勝ったよー!」って連絡して。すぐ伝えたいくらい。
 で、そこからの全日だったので、もうそのときは自信があって。

ときに身振り手振りを使って、丁寧に説明をしてくれる。ジムでは女性練習生やキッズ選手たちのミットを持ったりアドバイスをしたりすることも。とにかくボクシングには、並々ならぬ情熱がある

父のようになりたい

──負けたときは、気持ちはどん底ですか。
井上 いや、意外と吹っ切れてました。完敗だったので。意外とあっさりしてますよ自分。ひとりになりたいとかもないし。
──ボクシング以外でもそうですか。何かにつまづいたりしても落ち込まない。
井上 ないですないです。負けたことをくよくよしててもしょうがないし。ただそれを生かさないとダメですけど。だから、意外とそれを生かす方向に持っていける性格です。
──たくましいですね。ブレないし芯が強いですね。お父さんに似てますね。
井上 似たというか、そう育てられたんですね。元々こんなに真っ直ぐ練習するような人間ではなかったので。小中は遊びながらやってたし。
──尚弥選手も、お父さんのような親になりたい?
井上 なりたいですね。
──でも、まだ自信がない。
井上 はい(笑)。<と言いながら、明波ちゃんの写真を見せてくれる>
──かわいいですねー! だいぶ肝が据わってるって話題ですが。
井上 据わってますねー。何を見ても全然ビビんないですから。甥っ子につられて泣くことはありますけど、ひとりだと泣かないですもんね。
──やっぱりモンスターだなぁ。
井上 でも、ボクシングはやらせたくないですね。自分みたいに能天気な性格だったらいいですけど。けど、自分が始めたときの状況とは違いますから。
──本人がやるって言ったら…
井上 やらせますけど。
──子どもに強制的にボクシングをやらせるのは…
井上 アウトです。自分が経験してればまだいいですけど、してないで、自分たちみたいのを見てやらせるというのはやめてほしいです。子どもがかわいそうです。子どもが好きになって、自分からっていうのはいいですけど、そうじゃなくて嫌々やらせるのは虐待と一緒じゃないですか。
──立派な父親ですね。
井上 いやいや、まだまだです(笑)。

インタビュー=本間 暁  写真=馬場高志

※「井上尚弥インタビュー前編」が掲載されている『ボクシング・マガジン12月号』は、全国書店、Amazonで発売中!https://www.sportsclick.jp/products/detail.php?product_id=9356

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