上写真=世界初挑戦を控える拓真(中央)を盛り立てるため、兄・尚弥(左)、従兄の浩樹も奮闘
井上尚弥、拓真、浩樹(いずれも大橋)。このトリオにとって、いまや試合前の静岡・熱海キャンプは恒例行事となっているが、今回の主役は拓真だ。
12月30日(日)、東京・大田区総合体育館でWBC世界バンタム級暫定王座決定戦(対ペッチ・CPフレッシュマート=タイ)が決まっているのだ。2年前、右拳負傷で世界初挑戦を流してしまった悔しさをバネに這い上がってきた拓真。モチベーションも最高潮で、これまでとは目の色が違った。
普段は兄・尚弥が先頭を突っ走る熱海キャンプ。拓真はいつも、「尚弥についていく」かたちだった。しかし、今回のメインは自分。高村淳也フィジカルトレーナーも、拓真の世界戦仕様にメニューを組んできている。だから、やらねばならない。
「今回は、拓真君に常に『前に出ろ』と言い続けています」(高村トレーナー)
尚弥、浩樹がリードすると、常時、「拓真君、前へ!」「拓真君がペースメーカーになれ!」と檄が飛ぶ。歯を食いしばって、兄、従兄をリードしていく拓真。とてもいい光景だ。
決して尚弥や浩樹が抑えているわけではなく、拓真の“気持ち”がようやく前面に押し出されている気がするのだ。“気迫”だけではどうにもならないのがボクシングだが、それが大前提になければ話にならない。拓真に“強い自我”が噴出したと感じる。
今回、新たに導入されたのは、17kgの土嚢。これを片側で担ぎ、さらに両肩に2個乗せて階段を上がり、砂浜を駆ける。もちろん、ただ漠然と持つのではなく、姿勢を正して担ぐことによって、体幹だけでなく、体の様々な部位を鍛えることができる。毎回、原始的な手法を取り入れる高村式だが、だからこそ、「野性が研ぎ澄まされる」(高村トレーナー)のだ。
午前は階段トレ、午後は砂浜トレ。いつものように2部仕立てとなっているが、それぞれが極めてハード。だからこそ、楽しんでやるのが高村流で、今回もまた“ゲーム感覚”が常に入っていた。
じゃんけんで、勝った者の本数や回数が少なく、負けた者は罰ゲーム的に多い。あるいは「勝った人が多く!」(尚弥)など、リクエストが入って、臨機応変にゲームは変化していく。
腰のベルトにチューブを装着し、2人一組で高村トレーナーを引っ張る。砂の負荷に加え、激しく抵抗する高村さんのパワー。尋常じゃない辛さ……。走り終えるとじゃんけんし、負けた方はその次もやらなければならない。この“ゲーム”で、拓真は神懸かっていた。じゃんけんに負け続け、7回連続で走る羽目に……。だが、これも「試合に勝利するために与えられた試練」だ。
壮絶な兄弟の戦いを見られたのは、高村トレーナーが投げる2個のテニスボールを3人で奪い合うゲーム。手にできなかった者に罰ゲームのランが科せられるため、みな必死。尚弥と拓真が、砂上を転げまわって凄まじい争いを繰り広げたが、引き分け。見応えのあるレスリング、いや兄弟ゲンカだった(笑)。
決して遊んでいるわけではない。どのメニューも非常にしんどい。けれども、そこにゲーム性を加えることによって、3人の気持ちをつなぎ止め、いっそう集中力を持たせる。苦しいことを辛い表情でやるのではなく、むしろ楽しんでやる。これは試合にも直結する大事な要素。毎度、感じることなのだが、これも井上トリオの強さに結びついているのだと思う。
文&写真_本間 暁
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