ゴールデンボーイ・プロモーションから、亀海喜寛(帝拳)再起戦の告知が送られてきた。
1月27日、アメリカ・カリフォルニア州イングルウッドの“ザ・フォーラム”。
WBCダイヤモンド、WBA世界ライト級王者ホルヘ・リナレス(帝拳)の防衛戦、ルーカス・マティセ(アルゼンチン)の2階級制覇挑戦の前座で、ダクアン・アーネット(アメリカ)とノンタイトル10回戦を行う。
文&写真/宮田有理子 Text&Photos by Yuriko Miyata
Yoshihiro Kamegaiが、カリフォルニアに戻ってくる。
あの偉大なる世界4階級制覇者ミゲール・コット(プエルトリコ)と12ラウンズ、フルに渡り合った日からちょうど5ヵ月。判定で敗れた直後の亀海にゴールデンボーイ・プロモーションは再びのチャンスを約束し、その言葉のとおりこの地に再起の舞台をセットした。それは、ここが亀海の“ホーム”である証である。
4階級制覇者ロバート・ゲレロ、人気者ヘスス・ソト・カラスらとの、火の出るような激闘。レジェンドに挑み続ける姿。決して折れることのない"Corazon De Acero(鋼のハート)”が、どれほど西海岸の熱いファンの心をとらえているか。
それを目の当たりにした日があった。
コットに敗れた2日後の8月28日、月曜日の真昼間。痛いくらいの太陽が照りつけるロサンゼルス・ダウンタウンでのことだった。
ビジネス街にある広場に設置されたリングは、統一世界ミドル級王者ゲンナディ・“GGG”・ゴロフキンとサウル・“カネロ”アルバレスの登場を待っていた。9月16日にラスベガスで行われる“至高の一戦”を前に、人々が忙しく行き交う街の真ん中でプロモーション活動を行うのだ。
ゴロフキンは正午から、カネロは14時からとアナウンスされていたにも関わらず、午前10時の受け付け開始前から長蛇の列ができていた。父親らしき巨体に肩車された女の子が掲げる手製のプラカードには、「CANELO! 学校休んで来たよ!」の文字。“GGG”、“CANELO”、ロゴ入りのTシャツを着て、ハチマキを巻いた、思い入れたっぷりのファンの群れはどんどん大きくなっていく。
カラっからの太陽が高く昇って陰を奪い、広場が灼熱におおわれ始めたころだった。突然、つい最近聞いたばかりのメロディが流れ出した。
「ヨシヒロ・カメガイ!」
DJの紹介を受けてリングに上がったのは、亀海喜寛、本人だ。
L.A.ダウンタウンに、Mr.Chidrenの『終わりなき旅』が響きわたった。
この2日前に、超大物ミゲール・コットと12回フルに戦って敗れたばかりの亀海は、「やっぱり、見たくて」、両雄の公開練習を見にやってきたのだという。入場曲入りでの登場は、「知らなかった」というから、ゴールデンボーイ・プロモーションのはからいはなんとも素敵である。
思いがけず歓待され、「カネロとゴロフキン、どっちが勝つと思う?」とマイクを向けられて苦笑し、考えた末に「I don't speak English!」と英語で立派に言って笑いを誘った亀海は、リングを降りると、「カメガイ!」「カメガイ!」とファンのサイン攻め、写真攻めに遭った。リングサイドに座ると、たくさんの記者、関係者が次々と歩み寄った。「いい試合だった」。「信じられないほど勇敢だった」。「君は最後まで高潔に戦ったよ」
サングラスをとり、握手を返すその笑顔は、目元に内出血と腫れが残るものの、痛々しい印象はほとんどなかった。
「危険なタイミングのパンチは殺せたところが多かったと思います。引きながらのパンチは、強くは打っていないし。コットのステップが落ちなかったことと、クリンチが多かったことは意外でしたけれど、ぜんぜんやれる、という手ごたえはありました。あの時できることをやったとは思います。でも、これだけは、悔やまれます」
亀海はそう言って、痛み止めのテープを貼った上腕を叩いた。
追いまくり、打ちまくる。その決意のとおり、“追いまくり”、しかし、“打ちまくる”ことができなかった理由は、そこにあったと、試合後の控え室でも明かしていた。
「上腕に乳酸がたまってしまって。4回、5回あたりになると、手を出すのに躊躇してしまいました。出せば、カウンターを簡単に狙われてしまうので。ソト・カラス戦でもロバート・ゲレロ戦でも、最後まで手が出た。今回もそれができていれば、どうだったか。それを見たかったです」
誤算の原因も、わかっているという。
「もともと上半身はけっこう強い。自分の強みです。それに比べて下半身を強化する方が伸びしろがある。だからこの戦いに向けて、下半身のトレーニングを重視したんです。でもよく考えたら、(直近の実戦である2016年9月10日の)ソト・カラスとの第2戦からもう1年近くも経っていたんですよね。時間の経過で腕の持久力が落ちていたのは、盲点でした」
長いイベントの間、またそれが終わって駐車場まで歩く道すがら、亀海はずっと人々に囲まれていた。なかなか前に進めないくらい、次から次へとファンがカメラを、ペンを差し出してくる。亀海はその一人ひとりに対応した。そんなさまを見ながら、試合後の控え室で聞いた言葉を思い出した。
「ゴールデンボーイもHBOも、またチャンスをくれると言ってくれました」
ピークを過ぎてなお超一流がみせる巧さ強さに感嘆し、本場中量級の高みの果てしなさを感じた直後。その言葉を素直に受け取ることができなかった。ワンサイドで敗れた日本人に、次、はあるのか。しかし、いま目の前で亀海を包むあたたかな称賛は、このファイターがアメリカのファイトシーンに生き残る手がかりを残した証に違いない。
「うれしいですね。カメガイって、もうちゃんと呼んでくれるし。人種や国籍を越えて、言葉が通じなくても、応援してくれる人がいる。よそもののボクサーでも、本質をみてくれる。すばらしい。夢があります。それが、正しい姿だし。……でもやっぱり、勝ちたかったです」
本場の中量級トップ戦線に食い込む。日本ボクシング界の夢、東洋全体の夢の夢だった世界を、亀海は真顔で目指してきたのだ。日本、OPBFのタイトルをとり、アジア地域では敵なしを証明した男は、無敗でここに乗り込んでから、8戦3勝3KO3敗2分、容赦なく揉まれた。9戦目で迎えた大舞台で、挑む世界の本当の厳しさを味わったのは、ほかならぬ亀海本人だ。
それでもなお信念を曲げようとはしない、鋼の意志の持ち主だからこそ、ロマンを追うことができる。
「100人の人が思いついても、行動するのは1人。そしてその“1人”が100人、行動したとしても、続けられるのはそのうちの1人。つまり、その行動をやり続けられるのは、1万分の1人だけ。天才とは実はそういうカラクリなのだそうです。自分よりも技術的にすぐれた人は何人でもいると思います。でもそれなら僕は、信じて、意地を張って、やり続けて、1万人の1人になりたい」
1月27日、西海岸の伝統ある大会場フォーラムで、10歳年下の元トップアマに猛烈な圧力をかける姿が目に浮かぶ。“Corazon De Acero”のアメリカンドリーム。ちょうど10度目のリングになる。
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