文&写真/本間 暁
9月29日に、WBOアジア・パシフィック・フェザー級王座決定戦を戦い、
リチャード・プミクピック(フィリピン)の強打に0-3判定負けを喫した天笠尚(FLARE山上)。
敗戦を受け止めた天笠は、コーナーのイスからなかなか立ち上がらない。
「具合でも悪いのか?」と一瞬、記者席一同の血の気は失せたが、
前に立つ内田洋二トレーナーと言葉を交わし続けていたのでホッと胸をなで下ろした。
それにしても、長いこと話し続けている。
ひょっとしたら、リングから去るのが名残惜しい気持ちもあるのではないか。
そんな空気すら漂っていた。
ドクターチェックを済ませ、控え室に戻ってきた天笠は、やはり決断を口にした。
「この試合をやる前から分岐点にしようと思っていました。
いまのフェザー級だと、なかなかチャンスがない。
それで、心と体の維持がブレ始めていて、そんなときに、この試合のチャンスをもらったんです。
だから、進退に関して、大きな意味を持つ試合だと考えていました。
こんなチャンスをもらったのに結果を出せず、すみません。
引退ということになると思います。
ボクシングをやりきった感もありますし」
「天笠からそういう(分岐点にしたい)話も聞いていたので、世界ランク復帰もかけて、このタイトルをやろうと思いました」(内田トレーナー)
「今日の試合は、僕の実力だなと。
最後に行けなかったのは、『気持ちかな』って思います。
内田さんにも言われました。『前だったら行けたよな』って。
試合中に、相手に対して怖さも感じちゃいましたし」
あのギジェルモ・リゴンドー(キューバ)から2度ダウンを奪ったことばかりが先走っているが、その前戦(OPBF王座防衛戦)で、竹中良(三迫)に11回までポイントをリードされながら、最終12回に逆転TKOに下した試合は、ある意味、もっと“神懸かっていた”かもしれない。
会場の誰もが、“あの奇跡”を期待して迎えた最終ラウンド。
でも、それはかなわなかった。
どこか精彩がなかった。
序盤から「異変があったのでは?」と思わせるほど。
拳か、肩か、アゴか、腕か──。
記者席では、それぞれがそんなことを囁き合っていた。
「首の裏、肩、背中をちょっと痛めてました。打たれて」
だから負けた、とは決して言わなかった。
むしろ、恥じ入るようにポツリとつぶやいただけ。
あんなに優しい顔をしているのに、
天笠の中には、熱い男の濃厚な血がドクドクと流れているのだ。
会見中、隣に座る内田トレーナーが、スッと氷嚢を各患部に当てはじめた。
冷たいはずの氷嚢が、やけに温かく伝わってきた。
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