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2017-08-12

歓喜の涙を見届けたい<前篇>

引き分けで初の王座獲得ならず。控え室で涙を流した 写真/早浪章弘

文_本間 暁

 だだっ広い部屋のど真ん中に置かれたパイプ椅子に腰かけ、男は肩を震わせていた。鋭い眼光、真っ黒な肌。そして豪快な物言い。どこか近寄りがたい雰囲気を身に纏ってきた男が、イメージとは程遠い姿をさらけ出している。
 
 2009年12月18日、広島県立総合体育館小アリーナ。かつての師、ロイヤル小林こと小林和男トレーナー直伝の豪快な左フックで無敗をキープ。そうして、これまた才能あふれる中広大悟(広島三栄)の日本スーパーフライ級王座に挑んだ。赤穂亮(横浜光)、23歳。敵地に乗り込んでの堂々たるチャレンジは、だが95対95、96対96、94対96の0-1でドローに終わる。
 少々長くなるが、『ボクシング・マガジン2010年2月号』に掲載した試合レポートを再録したい。

王者・中広の右ストレートに、赤穂は大きくのけ反った 写真/早浪章弘

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 試合前、中広は「オセロのような戦い」と、両者の肌の色のコントラストをジョークに変えたが、試合展開も予期していたのかもしれない。
「でも、僕はオセロが強いですから」──。最後に言い放ったその言葉どおり、王者はしぶとかった。
 まさにオセロゲーム。中広の右ストレート、挑戦者・赤穂の左フック。それぞれの一手が打たれると、形勢は途端に真っ白、真っ黒へと変わっていく。展開は目まぐるしく、30分の濃密な時が経過するのは一瞬の出来事のようだった。
「広島の人たちも良い人ばっかりで、試合が終わって『強かったぞ』って声をかけてもらって……」と赤穂。敵味方関係なく、興奮を抑えきれない。そういう類の、近年指折りの名ファイト──。
 先に“角を取った”のは、王者。初回、テンポの速いステップワークから、左ジャブを刺し、鋭い踏み込みから右ストレート。これが赤穂の顔面にハードヒットすると、挑戦者は腰砕け状態に陥った。
 よたる赤穂を追い込む王者。逆側のロープまで後退した赤穂は、腰を落としてロープからはみ出してしまった。
「あれはダウンと取られても仕方ないものだった」と赤穂の佐々潤トレーナーも認めるものだったが、レフェリーはスリップダウンと判断。再開後、もう一度、同じシーンが起こるが、これもスリップ。この幸運を赤穂は見事に手繰り寄せ、豪快な左フックを見せて、王者に最後の一太刀は打たせず、2回には左フックをカウンターして中広のバランスを崩させた。
 絶妙のポジショニングから、左を上下に打ち分け、右ストレートをクロスさせる王者。パワフルなブロー一転、中広を誘い込んでは左アッパーのトリプル、と鮮やかな迎え撃ちをする赤穂。しかし、目が良く、身体能力に優れた両者は、いずれもかわしまくり、打たれても芯は外す。だが、前半5ラウンドはシャープに動き回る中広が少しずつリードしていた。

チャレンジャー赤穂も、切れ味鋭い左フックで盛り返していく 写真/早浪章弘

「もう大丈夫。OK。よし、行こう」。6ラウンドを迎えるインターバル中、試合を決めにいくという中広の宣言が、高らかに聞こえてきた。そして、右ショートカウンター。赤穂の足がもつれる。クリンチ。だが、一瞬の隙を突いて挑戦者が左ボディフックを突き刺すと、今度は中広の動きが落ちた。ここから、赤穂の怒涛の攻撃が始まる。猛々しい左フックを上下に飛ばし、王者をロープに追い込む。
「赤穂選手はパンチありましたね。今日は久々に効いちゃいました」と中広。それでも、経験に勝る王者のサバイバル術は味があった。自らクリンチにいきながら、挑戦者がタックルするように見せる術。さらには、「中広選手はクリンチしてきたときに『ごめんね』って……。あれで、ちょっと優しい気持ちになってしまった」(赤穂)
「僕が謝ると、『すみません』って丁寧に応じてくれた。だから、心理戦で勝っていると思った」(中広)
 コーナーは気づいていた。佐々トレーナーは「人の良さに付き合うな」と激しく檄を飛ばし、赤穂に強引さを促したが、ほんのわずかでも寸断された攻撃と気持ちは、王者を救う結果となった。
「またポイント計算しよって……。『計算するな』と言うたんじゃが、コーナーを出て行くときに、大悟が『でも、勝っとるじゃろ』と」──。新谷彪会長は、愛弟子の“癖”をぼやいたが、いかにも中広らしいポカではないか。
 これが初の10回戦ながら、終盤はパワーで押し込んでいった赤穂。心理面など、人間としての機能をフルに使いつつ、要所で反撃に出た中広。「タイトルどうこうより、中広さんともう一度戦いたい」と赤穂が言うとおり、再び両者が相まみえる日が待ち遠しい。
 控え室で号泣する赤穂に、「後で振り返って、この試合があったから……と言えるようにしよう」と佐々トレーナーが声をかける。恐らく、挑戦者は急角度で飛躍するはずだ。そのことを王者にぶつけてみると、「そうですね。でも僕もまだまだ強くなります」と微笑んだ。
 中広の戦績は24戦21勝(8KO)2敗1分。赤穂の戦績は15戦13勝(7KO)2分。
△中広大悟選手の話「赤穂選手は本当にいい選手だった。“倒して勝つ”という会長との約束だったんだけど……」
△赤穂亮選手の話「中広選手は才能とか以前に、気持ちの強い選手だというのが分かった。また一から頑張ります」
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 頭脳明晰の俊才・中広、風貌と豪快さからは想像できないほどお人好しの赤穂、そして、自由奔放・豪放磊落なスケーター佐藤洋太(協栄)。スーパーフライ級のこのトライアングルは、心に張りついて離れない存在となった。<後編へ>

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