
文_本間 暁
高校3年の冬。受験を控えている立場だったが、どうしても身が入らなかった。
いまでは信じられないかもしれないが、日本人選手の世界挑戦失敗、その連続記録が「21」も続いていた時代。
だが、とうとう、その悪しき記録を止めるんじゃないか。そういう試合が差し迫っていたからだった。
1990年2月7日、後楽園ホール。WBC世界ストロー級(現・ミニマム級)タイトルマッチチャンピオン 崔漸煥(韓国)vs.挑戦者・大橋秀行(ヨネクラ)。井岡弘樹(グリーンツダ)からタイトルを奪ったあのナパ・キャットワンチャイ(タイ)を倒した崔。元IBFジュニアフライ級(ライトフライ級)王者。当時、海外の試合映像を販売していたリングジャパンでこの試合のビデオを購入した。
崔の連打は、何度見ても(当たり前だが)、もの凄かった。 でも、われらが大橋の一撃はきっと崔を上回る──そう信じていた。ジュニアフライ級(ライトフライ級)から1階級下げた大橋のパンチは、明らかに群を抜いていたから。 試合の日を指折り数えて待った。専門2誌を毎日毎日読み返した。大橋の映像と崔の映像を何度も見比べた。
受験勉強どころではなかった。一応受験生だったから、試合を観に行くという選択肢はなかった。それどころか、受験する大学の試験日と重なってしまったのだ。
これは困った。試合を迎えるというそわそわと、受験が迫るというドタバタ。二重の落ち着かなさに襲われながら、とうとう当日になった。
埼玉の奥地から、神奈川のその大学へと向かうには、早朝の電車に乗らなければならなかった。
まったく気乗りがしなかった。受験よりも大橋のことが気になったのは当然だった。
池袋へ向かう東武東上線に乗った。が、ボーっとしていたのだろう。急行ではなく準急に乗ってしまった。高校のある上福岡駅で降りた。
「帰ろ……」
そのまま反対方向の電車に乗って、家へ帰ってしまった。
びっくりする親には
「ごめん。具合が悪くなって……」とウソをついた。
そのまま部屋に閉じこもった。寝ているフリをして、やっぱり専門誌をずーっと眺めていた。
夜になった。
具合が少し良くなったという微妙な演技をしながら、テレビの前に座った。
ボクシング好きの親父も隣に構えた。
崔の連打はやっぱりスゴかった。
でも、その合間をぬって打ち込まれる大橋の一撃がより凄まじかった。
そして9ラウンド。ボディブローが決まって、ついに崔がヒザを着いた。テレビの真ん前に飛び出してしまった。そして思いっきりジャンプしてしまった。
まだ試合は終わってなかった。再び大橋のボディショットがグサリ。今度は完璧なKO。こっちがボディブローを食らったように、両ヒザを着いて、その場に崩れ落ちてしまった。
「あんた、ずいぶん元気じゃない」
おふくろが、微かに笑いながら話しかけてきた。きっと、全部見抜かれていたにちがいない。
受験料を棒に振ってしまい、本当に親には申し訳なく思っている。でも、あのときの自分には、
その瞬間をあれやこれと考えながら待ちわびて過ごす時間が大切だったのだ。
あの試合を録画したVHSは、いまでもしっかりと残っている。大橋が最初にダウンを奪った瞬間、画面は一瞬モノクロになり、映っている映像は二重になる。早とちりの歓喜のジャンプのせいである。
<写真>
『後楽園ホール激闘史[平成編]』(ベースボール・マガジン社)より

『後楽園ホール激闘史[平成編]』(ベースボール・マガジン社)より
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