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2018-01-25

関東学生アメリカンフットボールBIG8 リーグ編成がもたらすその魅力

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 社会人代表・富士通のライスボウル制覇で幕を閉じた2017年シーズン。日本全国で熱戦が繰り広げられ、関東学生は日本大学の27年ぶりの優勝で大いに湧いた。

 しかし、今回は日本大学が制したTOP8ではなく、その下に位置するBIG8について、しかも私の専門であるクオーターバックとは関係のない切り口で書いてみたいと思う。

 関東学生の1部リーグが並列の8チーム2ブロック制から上位(TOP8)と下位(BIG8)に分けるという現行のリーグ編成に移行したのが2014年。現行制度4年目となった今シーズンも最後の最後までもつれた。

 このリーグ編成の仕組みをあまり詳しくない読者の皆さんのためにBIG8の仕組みを少し説明をさせて頂こう。上位2チームはTOP8との入れ替えを賭けたチャレンジマッチに進出する。
その一方で下位4チームが2部リーグの入替戦に出場しなければならない。つまりリーグ戦7試合でシーズンを終えるのは8チーム中たった2つと言う訳だ。

観客動員を増やすこともチームの重要なテーマ。2部との入れ替え戦に詰めかけたBIG8に所属する東京学芸大学のスタンド

 このリーグ編成になって以降、BIG8のリーグ戦は本当にもつれる。今年も最終節を迎える時点で横浜国立大学の5勝1敗に次ぐ2位に4勝2敗で4チームが並んでいた。そして2位につけているチームですら最終節の結果次第では2部リーグとの入替戦にも行く可能性があるというまさにサバイバルリーグだった。

 勝敗が簡単に予測できる試合がほとんどないので、観衆も応援に熱が入るようで、観客席に居てTOP8に劣らない熱気を感じる。

 このBIG8の混戦ぶりの面白さについては他にも紹介されている方がいるのだが、私はちょっと違う角度からスポットライトを当ててみたい。今シーズンのBIG8を編成していたのは以下の8チームだった。

東京大学
横浜国立大学
駒澤大学
国士館大学
東京学芸大学
一橋大学
東海大学
桜美林大学

 「国立」が4チーム。「私立」が4チーム。ちなみに今年のTOP8は8チームすべてが私立。関西学生1部は8チーム中7チームが私立だった。

 かつて関西のメディアがこぞって取り上げたことでアメリカンフットボールの人気が沸騰したのは、大半が高校でフットボール未経験の選手で構成されていた「国立」の京都大学が経験者の多い「私立」の関西学院大学に噛み付くという構図が面白かったからだろう。

 しかし、この人気に目をつけた複数の私立大学がアメリカンフットボール部の強化に乗り出し、推薦枠を増やしたり、専任コーチを置くようになったりした。私見ではあるが、皮肉なもので、京都大学がこの私立大学の「本気の強化」についていけなくなるにつれて、関西のフットボール人気が陰ってきたように思う。

 このように未経験者だらけで専任コーチがいない国立大学が、経験と知識の豊富な専任コーチと、運動能力の高いアスリートを多数揃えた私立大学に勝つことの難易度は、関西1部リーグや関東TOP8ではかなり高くなっているが、BIG8にはこの構図が当てはまらない。

 優勝した横浜国立大学は2年連続のチャレンジマッチ出場。昨シーズンは東京大学が優勝を果たしている。

【横浜国大 vs 東京大】開幕4連勝後、3連敗でシーズンを終えた東大の選手たちに「なぜフットボールをやるのか」と根源的な問いかけをする森清之ヘッドコーチ(背中)=撮影:小座野容斉

 判官贔屓で国立大学を応援したくてこんなことを書いている訳ではない。BIG8に在籍する私立大学は、現時点ではTOP8や関西上位の私立に比べれば様々な面で十分に恵まれた環境ではない。しかし、このように良くも悪くも「大人の意図」が大きく作用していないチームで構成されているリーグは「学生の熱意や創意工夫」がかなり報われやすい。

 私が主宰しているQB道場にはBIG8のチームの選手も参加してくれているが、彼らには「お前らはベンチャー起業の経営者みたいなモンやな」という話をよくする。

 与えられている活動予算はわずかで、日々の練習メニューをコーチから与えられておらず、学生リーダーが自分たちで考えてメニューを組んでいるチームも多い。スポーツ推薦枠がない、もしくはわずかしかないので、自分たちで勧誘活動を頑張らなければ「勝つための戦力」が足りない。

明治大学とのチャレンジマッチに出場した桜美林大学のスタンド。アミノバイタルフィールドの4つのスタンドがほぼ埋まった

 だから彼らが本気で勝ちたければ、まさにチームの経営者にならなけれなならないのだ。どんなチームを作って優勝・昇格を目指すのかというビジョンを描き、そのビジョンと現状とのギャップを把握し、様々なところから技術力や組織力を高めるヒントを得ながらPDCA(PLAN・DO・CHECK・ACTION)を回し続ける。

 ビジョンを語って新入生を勧誘し、教育して戦力に育てていく。もともとフットボールがどうしてもしたくて入学してきた訳ではない下級生のモチベーションをどうやって高めるかも考えなければならない。

 BIG8のチームの中には勧誘活動をチーム強化の重要事項と位置づけ、昨年50人を超える新入生の獲得に成功したチームがある。そのチームでは新入生勧誘用パンフレットに企業からの広告をもらったり、OBからの寄付を募ることで、勧誘活動の幅を広げるために必要だった100万円近くの資金を調達することに成功したそうだ。

 もちろん資金調達の為だけのパンフレットではない。新入生にアメリカンフットボール部に興味を持ってもらうための様々なコンテンツを学生が必死に考えて強力な勧誘ツールに仕立てあげた。

 また、これはBIG8のチームの例ではないが、専任コーチがいないチームのリーダーが、得点力の低いオフェンスに改革を起こすために、オフシーズンに来日したアメリカ人コーチのセミナーに自ら参加し、そこでヒントを得た最新のオフェンスパッケージを採用し、そのオフェンスのパッケージを実現させるために不可欠だったレシーバー陣のスキルアップのためにレシーバー全員をQB道場の主催する有料のクリニックに参加させ、そのために必要な費用の一部を大学から支援してもらえる体制を整えたという事例もある。

 また専任コーチがいないチームでも、自分自身の現役ビジネスマンとしてのスキルや知識を活かしてチームに関わっているボランティアコーチもいる。

 ビジネスの世界で活用されているミーティングの運営手法を自チームのミーティング運営に取り入れるようにアドバイスをしたことでチームの課題解決が効果的に行われるようになったり、営業マンがやる「ロープレ」を新入生の勧誘に取り入れさせたことで入部者が大幅に増えたりした。この事例が示すように、このようなコーチのサポートで学生たちのチーム運営のスキルが高まるケースもある。

【横浜国大 vs 東京大】東大を破ってビッグ8で1位、チャレンジマッチ出場を決めて喜ぶ横浜国大の選手たち=撮影:小座野容斉

 アメリカンフットボールのチーム運営が企業経営に似ているということは、これまでも多くの人によって語られてきた。しかし、その多くは「ポジションごとの分業制」というこのスポーツのフィールド上での特徴を取り上げてのことだったように思う。しかし、上記の事例のように彼らがチームを勝たせるためにやらなければならない仕事はフィールド上でのことだけではない。

 そして学生達は本気でチーム経営(=チームを勝たせるためのあらゆるアクション)をするプロセスを通じて社会で活躍するために必要な様々なスキルを身につけるチャンスがある。そういう意味ではこのリーグは非常に優れた教育プログラムにもなり得る。

 個人的には、このような視点からチーム強化に取り組んだリーダーたちが社会に出て活躍することが、日本における大学アメリカンフットボールの価値を高めることにもつながるのではないかと思っている。

 アメリカの大学の経営に、経済的に成功を収めた卒業生たちからの莫大な額の寄付が、大きく寄与していることはよく知られている話である。日本においても、大学時代の経験を土台に経済的に成功するアメリカンフットボール部出身者が増えれば、大学の後輩やアメリカンフットボール界の後輩の活動をサポートしていくような流れが、よりダイナミックに起きてくるかもしれない。

 最近話題の日本版NCAA構想における重要なテーマのひとつである「学生アスリートのキャリア支援」においても、BIG8のようなリーグが世の中に有用な人材を輩出することで、アメリカンフットボールが「他競技が目指すモデルケース」になり得るだろう。

 BIG8が「人材が育つリーグ」として、ビジネス界からも注目を集め、ビジネス番組やビジネズ雑誌で取り上げられる日も遠くないかもしれない。

2017年シーズンのBig8最終戦で火花を散らす横浜国立大学マスティフスと東京大学ウォーリアーズの選手たち。この試合の結果が8チームの順位を大きく変えた=2017年12月3日、撮影:小座野容斉

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