弊社・毛受亮介カメラマンとともに、冬の到来を思わせるロシア・モスクワに滞在している。モスクワに到着した10月17日、入国審査で「ロシア訪問の目的は(羽生)ストーキングと(文字)テロ、ならびに(写真)爆弾投下です」という言葉を飲み込み、「フィギュアスケートの取材です」という面白くもなんともないやり取りを経て、さてホテルに向かおうかという折、記者仲間から「このあと羽生が到着しますよ」という情報を得て、720ルーブルのハンバーガーセットを食べながら2時間待機。本誌初の空港取材となった。立ち話…というか1分にも満たない歩き話だったので情報のボリュームはそれほどでもなかったが、懸念されていた右ひざの状態は心配不要のようで、何より羽生の明るい表情が印象的だった。
一夜明けた18日は、会場のメガスポルトで非公式の貸切練習。上階スタンドから見る限り氷はかなり固そうで、ジャンプの着氷時に衝撃が吸収されず、しりもち、転倒することが多かった。そんな中、羽生にとって4種類目となるルッツを着氷。同じくスタンドから見ていた新聞社、通信社の記者が慌ててカタカタカタとパソコンのキーをたたいていたので、すでに日本でも大きく報じられているはずだ。リンクを去る際、記者の「4回転ルッツ、やるんですか?」の問いに羽生は笑顔で3回うなずき、肯定も否定もしなかったが、開幕を翌日に控えた19日の公式練習後の会見で、正式に4回転ルッツをフリーに組み込むことを明かした。
「目標の構成に体がついてきた」「自分が一番、実力を発揮できる構成で」と羽生。GPシリーズ初戦は例年、あまり成績が良くありませんが…という問いには、「毎年、(スケート)カナダで悪いっていうのは洗礼のように起きていて、それをいい感じにオータムクラシックで済ますことができました。実際、課題もたくさんあったし、悔しい思いってものも、もうつかんで、このグランプリ初戦に当たっている」と一笑した。
9月下旬、カナダ・モントリオールで行われたオータムクラシックで、羽生はSPの世界最高を更新しながらフリーではジャンプミスが続いた。そのフリー後の会見で、羽生は目を潤ませ、じっと斜め上を見つめながらこう語っている。「オリンピックで優勝するぞっていう…印象としてはものすごく強いものがあったと思うので、またその、自分の………自分の……なんだろう、ものすごく強いイメージ、自分がすごい強いんだっていうイメージにまた……なんだろう、追いつこうとしながら、追いかけながら、強い自分を追いかけながら、また…あの…さらに難しい構成で追い抜いてやろうって思ってます」
羽生にとって大きかったのは、失意の演技後に報道陣の一問一答に応じながら、これからやるべきことを頭の中で整理し、決意を新たにできたことだと思えてならない。自分1人で考えるのではなく、対話形式で自らの思いを言葉にすることによって、進むべき道を再認識できたように感じられるのだ。そのやり取りの中で出た「さらに難しい構成で」という言葉が、今回の4回転ルッツ導入につながっている。
19日の練習の羽生の目つき、体から発する空気は、前日の18日のものとは明らかに違っていた。五輪シーズンのグランプリシリーズ初戦が、オリンピックで金メダルを獲ったロシアというのも運命か。果たして明日から彼がどんな演技を見せ、どんな言葉を口にするのか。ファンの人とともにワクワクしながら開幕を待ちたい。
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