8月23日発売の「プレシーズン号」の作業終了後もいくつかの雑誌の仕事が重なり、こちらの記事をなかなか更新できずにいた。記者仲間からは「(羽生)ストーカーと(文字)テロの容疑で、トロントで身柄を拘束されているのかと思いましたよ」と言われたが、シーズンインに合わせるかのように、記事執筆の時間と体力が戻ってきた。これからはマメに更新しますのでお付き合いください。
今回のお題は、クリケット・クラブでの羽生結弦・公開練習。私と毛受亮介カメラマンにとってはこれがクリケット初訪問で、日本を発つ時点から期待感と緊張感を覚えていたが、毛受カメラマンがコラムの中で書いていた通り、やはりここは「特別な場所」。実際に足を踏み入れることで、見えてくること、感じることが多々あった。
個人的にもっとも心に残ったのが、「チーム羽生」のつながりの強さだ。ブライアン・オーサー、トレイシー・ウィルソンの両コーチ、振付師のシェイリーン・ボーン氏が羽生の人柄と演技、さらに今季のプログラムと平昌五輪について語ったが、1人のアスリートを五輪に送り込むというのはこういうことなのだと、あらためてその重さを思い知らされた。
3人はともに羽生より年長者であり、さまざまな経験を経てきている。世界の頂点に上り詰めた羽生に敬意を持ちながらも、努力家であるがゆえの危うさを予見し、状況に適したアドバイスを送ることができる背景にあるのは、羽生との普段からの関係性であり、コーチ間の意見交換であり、さらにその根底に、羽生への愛情と指導者としてのプロフェッショナリズムがあるのだと感じさせた。
羽生の表情、練習内容(特にジャンプ)から、心身ともにコンディションが良好なことがうかがえたのも大きかった。リンクサイドで羽生がカメラマンに話しかけたり、記者とじゃれ合ったりするのは、試合会場では絶対に見られない(試合だから当たり前なのだが)。
このトロントでの2日間は、練習見学と並行して、クリケット・ファミリーのホームパーティーに招かれたような気持ちがした。たった2日間ではあるけれど、同じ空間、時間を共有したからか、被取材者と取材者という関係性から、平昌五輪に向かって一緒に歩んでいく仲間――という気持ちになった(このあたり、われながら非常に厚かましいと思っております。すみません)。
本誌でも触れたが、フォトセッションでの羽生の弾けっぷりも非常に印象深かった。このフォトセッションは、クリケット・クラブの中庭を利用して各社が個別で撮影できる貴重な機会。あらかじめ「ウチはここで撮っていいですか」「それなら、ウチはこっちで」とカメラマン同士で背景がかぶらないように調整し、1社ずつ順番に撮影するものだ。個別インタビューのみで撮影をしなかった社もあり、私たち「フィギュアスケート・マガジン」は9社中4番目だった。
そこでのやり取りは以下の通り。
山口 羽生選手、こちらに立ってもらっていいですか。少しだけ体を斜めにして、特に表情はつくらなくていいので、じっとカメラを見るような…。はい、ではお願いします!
羽生 わかりました!(黙って記者の両手を握り、笑顔でカメラの方向を向く)
山口 ちょ! ちょ! あれ? 何?
毛受 あはははは。いい記念になるやないですか。じゃあ、まず1枚、いきまーす。
山口 いえ、あの…羽生選手、時間ないんで…え? え?
羽生 (絶対に手を離さないぞという感じでさらに力を入れ、笑顔でカメラを見続ける)
山口 いや、あの…ホントに時間ないんで! ちゃんとやりましょ、ね? お願いだから!
羽生 (このくらいで勘弁したるわという感じで手を離す。でも、ちょっとあやしい目線)
山口 どうしたのかなーその目は。どうしたのかなー。
羽生 (今度は1秒ごとに表情を変えまくる)
山口 何があったのかなー。何が君をそうさせるのかなー。
羽生 (このくらいで勘弁したるわという感じで、ぐっと鋭い目線に)
毛受 お、いいですね! そのままで何枚かいきます(カシャカシャカシャとシャッターを切りまくる)
山口 ………(安堵感で放心状態)。
毛受 はい、このシーンOKです。じゃあ、そこのイスによっかかる感じで…そう! そのまま 何枚かいきます(カシャカシャカシャとシャッターを切りまくる)。はい、OKです!
※ここでタイムアップ
羽生 ありがとうございます! すみません、短い時間で。ありがとうございました!(スタコラサッサと次の社が待つ場所へ走っていく)
私たちの後に5社が撮影を控えていたが、羽生と親しいカメラマンの「どうしたの、今日は?」「うはー、この写真使えねーわ!」という苦笑交じりの声が聞こえてくる。他の社が撮影している時は、他の社は見ないという決めごとがあり、詳しい様子はわからなかったが…。こまったちゃんなのか、羽生結弦…。
このフォトセッションで私たちのクリケットでの2日間は終わった。気楽なようでいて取材する側も緊張はするもので、終わった瞬間、軽い疲れを感じたが、それでいながら、とても心地よかった。クリケットの緑の木々から、そして羽生結弦の体から、「今シーズンをよく見ていてくださいね」という風を感じたからだ。
フォトセッションの前に、毛受カメラマンと撮影場所を相談した時も、「この木の前に立ってもらいましょう。特に笑ったり、表情をつくってもらわなくていいので、素の羽生選手を撮らせてもらいましょう」とすぐに結論が出た。いい練習をしていて、スタッフとの素晴らしい関係性も感じられた。ならば、過度に飾りたてる必要はないじゃないかと思ったのだ。
クリケットに行ったからこそ感じることができた「風」。それは1カ月経った今も、私の体の中を吹き抜けている。
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