Xリーグ・レギュラーシーズン「強豪対決X(じゅう)番勝負」の「その8」は、10月21日、東京都調布市のアミノバイタルフィールドが舞台となった、LIXILディアーズ対IBMビッグブルーの一戦を取り上げる。ゲーム最終盤1点差の逆転劇は、ディアーズのいつもの「十八番」のように見える。しかし、その裏には去年までとは違うQB加藤翔平の進化があった。
前半終了時は13-3でビッグブルーがリード。後半に入っても、ディアーズにミスが出てFGの3点にとどまる一方で、ビッグブルーは着々と加点し、23-6と17点のリードで試合は第4クオーターに入った。1年前の10月9日、同じ対戦カードで最大18点差をひっくり返したディアーズだったが、第4クオーターに入ったときは10点差だった。さらにQB加藤のパスが冴えていて、タッチダウンも奪っていた。比べると、この試合のディアーズはここまでTDはゼロ。加藤のパスはレシーバーと微妙にずれていた。さすがに逆転は無理だと感じていた。
加藤とディアーズオフェンスは、予想を見事に覆した。第4クオーター最初のオフェンスで、加藤は、WR石毛聡士に9ヤード、WR永川勝也に14ヤード、再びWR石毛に22ヤードのパスをヒットする。さらにビッグブルーのパスインターフェアで、エンドゾーンに迫るとWR前田直輝に2ヤードのTDパスを決めて13-23とした。ディアーズのオンサイドキックを押さえたビッグブルーも、RB高木稜のラン、TEジョン・スタントンのパスキャッチで前進してK佐藤敏基がFGを決め、リードを13点に広げる。
加藤はスイッチが入っていた。自陣25ヤードからのオフェンスは、WR宮本康弘に12ヤード、前田に21ヤード、杉田有毅に11ヤードと次々にパスが決まる。レッドゾーンでのフォースダウンギャンブルでは、ビッグブルーのDEジェームス・ブルックスのオフサイドを誘ってゴール前に。加藤はあっさりと石毛にTDパスを決めた。20-26。ディアーズの足音がひときわ大きくなった。
残り2分29秒で、ディアーズはまたもオンサイドキックを選択、今度は石毛がボールを確保した。相手陣42ヤードからのオフェンスで、加藤はパスを決め続けた。ビッグブルーのパスカットと思われたプレーがインターフェアとなる幸運もあり、ゴール前へ。ビッグブルーディフェンスが加藤のパス警戒に偏っているのを、ディアーズサイドラインの富永一ヘッドコーチは見切っていた。プレーコールは意表を突く中央のラン、RB白神有貴を止めるディフェンダーはいなかった。青木のキックが決まり、ディアーズがついに逆転に成功した。
この試合で加藤が乗り越えたのは点差だけでは無かった。話は第1クオーターにさかのぼる。加藤はもんどり打ってフィールドにたたきつけられた。ビッグブルーのDEチャールズ・トゥアウの強烈なヒットを背中から受けたのだ。196センチ141キロのトゥアウの当たりをもろに食らって無事なわけがなかった。加藤は横たわったまましばらく動けず、スタッフの力を借りてサイドラインに出て、プレーには戻らなかった。その後のビッグブルーのオフェンスでQBケビン・クラフトがWR鈴木隆貴にTDパスをヒットした。点差は10点だったが加藤のいないディアーズオフェンスでは、倍以上の差に感じられた。
第2クオーター、ディアーズLB安藤彬が、クラフトに替わって入ったIBMのQB政本悠紀のパスをインターセプトする。前半の終盤に得た、敵陣40ヤードからのオフェンス。その前から、筆者は望遠レンズでディアーズのサイドラインを注視して、加藤が動いていることを確認していた。時間的に見て、ディアーズにとって前半最後のチャンス。そしてフィールドに加藤が戻ってきた。オフェンスの雰囲気が変わったのがわかった。加藤はWR西川大地に6ヤード、WR杉田に18ヤードのパスを決めてレッドゾーンに侵入した。ここはビッグブルーのディフェンスが凌いで、ディアーズの得点はK青木大介のFGにとどまった。しかし、加藤がプレーできるというメッセージが味方だけでなく敵にも伝わったのが一番大きかった。
加藤は今季、見た目が大きく変った。昨年に比べ一回り体が大きくなったのだ。現在の体重は97キロだという。この体重は、プロボクシングではヘビー級に相当する。183センチの身長も国内では大型だが、体重95キロを超える日本人QBはなかなかいない。加藤は来年4月で30歳になる。選手としてのキャリアが半ばを過ぎた段階で、しかもQBがウェートアップをするというのはあまり聞いたことがない。
加藤は昨オフシーズンにいろいろなことにチャレンジしてみようと考えたという。その中の一つに、「体重を増やしてプレーをしてみよう」ということがあった。今までは体重のことはあまり気にしてはいなかったそうだ。
「米国人選手など、体の大きな重い選手が増えている。その中で当たり負けしない体が必要だと思った。ゴリゴリと走ろうというのではなく、自分が怪我をしない、しっかり試合に出続けるということを考えても、体重があった方が強くなると考えた」という。
また「パスのボールも、しっかり体重を乗せて投げた場合には、重い方が良いボールが行く」とも考えた。
単に体を大きくするのではなく、アスレチックパフォーマンス担当の朝倉全紀コーチと相談しながら、運動能力とりわけパスの能力を落とさないようにウェートアップに成功した。あるチーム関係者は、急に肉体改造すると関節の動く範囲が狭くなったり、体の連動性が狂ったりして、パスの感覚がおかしくなっても不思議ではないのに、そこの違和感は全くなかったようだと指摘する。スクランブル時のスピードや、パスラッシュをかわす敏捷性も落ちているようには見えない。
加藤は、第1クオーターにトゥアウにヒットされた時「衝撃は他の日本人選手とは比較にならなかった」という。ただ「直ぐに治るだろうという感じだったし、実際、少しアウトしただけでプレーに戻れた」と話す。
体重を増やしたことが、今日のヒットへの耐性につながったか、と尋ねた。加藤は「去年も(米国人ら大型の選手に)タックルされて『食らった』というほどのダメージはなかった。なので一概には言えない。ただウェートアップの効果はあると思う」と語った。
愚問を承知で、痛いところはと尋ねると「もちろん痛いところはあるけれど、そういうスポーツなので。でも、あの第1クオーターのヒットのダメージというのは全然ない」と笑顔を見せた。
Xリーグのダイジェスト動画「X劇場Vol.045 LIXIL vs IBM」
https://www.youtube.com/watch?v=tq9yYuyjmos
の、開始13秒からのプレーで、加藤がトゥアウにタックルされた場面が見られる。ダメージが残っていないわけがない当たりだ。普通の人間はむろんのこと、選手でも場合によっては病院送りになるヒットだと思う。加藤は第4クオーターにもパスを投げたタイミングで195センチ123キロのDEブルックスにヒットされ、地面にたたきつけられた。それでもフィールドから出ることもなくプレーを続けてTDを奪った。身も心も強さを見せつけた。
11月11日、ディアーズはビッグブルーとジャパンXボウルトーナメントで再び相まみえる。早撃ちだけでなくタフな肉体も手に入れたガンマン加藤を巡る攻防が勝負のカギとなりそうだ。【小座野容斉】
・第4クオーターは久しぶりに、「らしい」ドライブだったのでは?
・RB白神のランでTDを取ったが、あそこで止められてもまだ決められるパスはあった?
・今季ここまでを振り返ると
・点差が離れた時に焦りはなかったか?
・逆転劇は見ている方としては面白い。ただ富永HCはそもそもそういうシチュエーションになるのが駄目だというが
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