close

2025-03-07

【アイスホッケー】飯塚祐司スマイルジャパン監督インタビュー「メダルを目標にする前に、世界選手権で結果を出したい」

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • line

昨年4月の世界選手権で。飯塚監督はオフェンスを、中島谷友二朗コーチ(写真左)はディフェンスと、それぞれ現役時のポジションに合わせたコーチングをしている(写真/GettyImages)

全ての画像を見る
2026年に行われる女子アイスホッケーのミラノコルティナ五輪(イタリア)の最終予選が2月に北海道苫小牧市で行われ、日本代表(愛称・スマイルジャパン)は3戦3勝と、危なげなく5回目の五輪出場を決めた。ここでは飯塚祐司監督に五輪予選の戦いを総括してもらいながら、11カ月後に迫った五輪本番への展望を聞いてみた。

センターとしてきっかけをつかんだ伊藤。
輪島は半年間で見違えるように成長した。

――五輪予選で1位通過を決め、間髪おかずにアジア大会で優勝と、2月はお疲れだったと思います。五輪予選から振り返っていただきたいのですが、大会のエントリー時点で、1つ目のセンターに予定していた床秦留可選手(スウェーデン・リンショーピンHC)が、ケガで欠場することになりました。

飯塚 床は昨年11月にケガをしたんですが、チーム全体として、五輪予選では点を取れずに苦労するのかなと思っていたんです。「1つ目のセットを攻撃力のある選手で固める」のも方法だし、「2つのラインで均等に戦って、3つ目は守りのラインで行く」という2つのケースを考えていました。1つ目のウイングは志賀紅音(スウェーデン・ルレオHF)と浮田留衣(Daishin)。2つ目のウイングは伊藤麻琴(トヨタシグナス)と輪島夢叶(道路建設ペリグリン)。並行して、去年のこの時期に、前田涼風(旧姓・髙、道路建設ペリグリン)が「代表でもう一度、頑張りたい」と言ってきたんです。実は五輪予選の前までは、前田を使うというイメージはなかったんですが…。

――五輪予選の本番では、1つ目のセンターに伊藤選手が繰り上がって、2つ目のセンターに前田選手が入りました。

飯塚 麻琴はジュニア世代からサイズ(169センチ)があって、飛び抜けた存在だったんです。将来的に日本代表の「核」となる選手と考えていたんですよ。「私、ウイングしかできません」とか「センターしかできません」というのではなくて、いつも主力のメンバーとして使いたかった。麻琴はもともとウイングの選手でしたが、昨年からセンターとしても練習するようになったんです。

――開始2分、フランスの3つ目のセンターが痛んで、試合がおとなしくなるのかなと思った次のシフトで、伊藤選手が右のポイントからゴールを決めました。腕の力が足りなかった日本のFWにとって、エントリーした次の瞬間にスコアを狙っていく、これまでにないシーンだったと思います。

飯塚 試合前、チーム全体に「開始5分は、得点を挙げることは難しくてもOゾーンで終わろうよ」と話をしていたんです。麻琴に話を聞いてみたんですが、「もし相手ゴールに届くシュートが打てるようであれば、思い切って打っていこう」という考えがあったみたいなんですね。麻琴がセンターをやるようになって、これまではどうしてもパスを出す選手を探していたんですが、このシュートが、彼女が成長するきっかけになったと思います。

――7分、伊藤選手と同じようにDゾーン、ニュートラル、Oゾーンの右を突破して、輪島選手がスロットからゴールを決めました。輪島選手も、この五輪予選で「化けた」選手でした。

飯塚 今シーズンで一番、力を伸ばした選手だと思います。世界選手権でもチームには入ったのですが、3つ目、あるいは4つ目を行き来する選手だったんですよ。ところが7月に合宿が始まって、ボード際のプレーも恐れるところはなくなったし、スピードで抜いていけるようになった。おそらく自分でつかんだものがあったのだと思います。

――輪島選手はシュートの間(ま)の取り方だったり、スコアするための場所へ入っていく、いわゆるオーバーロードのタイミングが抜群だったと思います。同じFWでも、それができる選手と、そうではない選手がいるのですが、輪島選手はこの1年でそれができる選手になったということですね。

飯塚 本当にこの1年、いや半年間で見違えるようになりました。実際、練習試合をやるたびに結果を出していったんです。シュートの力が弱かったんですが、少しずつ距離が伸びていって、トップコーナーからでも打てるようになった。もともとスピードを持った選手でしたが、本人の努力の成果が出てきたんだと思います。

2022年2月の北京五輪で指揮をとる飯塚監督。北京のメンバーのうち、3大会連続で五輪のキャプテンを務めた大澤ちほさんなど11人が、今年2月の代表には入っていない(写真/GettyImages)
 2022年2月の北京五輪で指揮をとる飯塚監督。北京のメンバーのうち、3大会連続で五輪のキャプテンを務めた大澤ちほさんなど11人が、今年2月の代表には入っていない(写真/GettyImages)

経験の乏しいチームだからこそ
危険なプレーに気をつけないと。

――五輪予選を通じて、FW3人とDFの1人が、一体となって攻撃を仕掛けていくシーンが目立ちました。場面、場面でアウトナンバーしていく、この大会における日本のストロングポイントになったと思います。

飯塚 もともとDFの人里亜矢可(リンショーピンHC)、細山田茜(道路建設ペリグリン)などジャンプ(DFが前線に上がって攻撃に参加すること)が得意な選手がいるんです。前につないだ瞬間にDFが1、2歩出ていく…そこで「ゴー」であって、攻め込むチャンスがなさそうであれば、そのときは引くということを徹底させたんです。結果的に、ラッシュの形で点を取れましたよね。

――特に人里選手は、ここに来てプレーが変わった気がします。前方への意識はそのままに、ペアを組んだ関夏菜美選手(SEIBUプリンセスラビッツ)の動きを生かそうとしていました。関選手も、人里選手のDDパスの勢いに負けずにシュートを打っていったと思います。

飯塚 スウェーデンでプレーすることによって、人里はプレーが変わりました。これまでは、とにかくシュートを打っていこうというプレーがありましたが、冷静に相手を引き付けて、関に渡して…ということをスムーズにできていたんです。関はもともとサイズがあって、リストの強い選手。スタミナが課題だったんですが、だいぶ解消されてきました。

――昨年4月の世界選手権から、DFのペアを入れ替えていましたね。

飯塚 DFは3セットのバランスをとっているんです。人里も3つ目で出ていましたが、3番手のセットという評価ではなくて、FWが相手によってぐるぐる変わっていくから、どのDFが出てもいいようにと、そういう感じでやっているんです。

――7-1で勝った初戦のフランス戦が星勘定の上でも大きかったですが、6-0のポーランド戦、4-1の中国戦を含めて反省点があったとすれば、それはどのあたりになるでしょうか。

飯塚 初戦でフランスに7点取ることができて、「日本は点が取れるチームなんだ」と受け止められがちですが、1ピリで6点取ったポーランド戦の2ピリ以降(無得点)、そして中国戦でも1ピリで2点リードしてから追加点が取れなかったというのが、現実だと思うんです。相手が守ってきた時に、どうやって崩していくのか。五輪予選ではリードされる場面がなかったのですが、相手が前に出てこなくなったらどうするのかということですね。あとは、PPの成功率でしょうか。

――飯塚監督とは(釧路)工業の後輩になる浮田選手が、第2戦の試合後、ポーランドに勝って五輪出場を決めた後にこう言っていたんです。「今のチームは、1回言われたことはできるのですが、期間があいてしまうと、いいプレーが続けられないんです」と。

飯塚 ベテランの浮田は、言ってみれば百戦錬磨の選手です。「この時間帯にこういうことだけはやめよう」とか、「このエリアでこういうプレーはするな」というのを彼女はわかっているんですよ。「失点の始まりは、こういう場面でのターンオーバーだよ」とか、「こういう場面では横パスをしないで、ボードチップでいいんだ」とか、若い選手はまだ試合で苦い経験をしていないんです。危険なプレーであっても、国内であれば、なんとかなってしまう。10代から国際試合をこなしてきた浮田にしてみれば、そういうところを「差」として感じていたんだと思います。

――五輪予選後に行われたアジア大会の中国戦で、PKでこういうシーンがありました。1-0から1-1に追いつかれた場面で、中国のDに、いわゆる「どフリー」で打たれてしまった。しかもゴール前では、中国の2人に自由を与えていたんです。

飯塚 PKはトップの(FWの)位置が甘くて、ブロックショットでも厳しさに欠ける場面がありました。アジア大会は中国と8-1だったんですが、「緊迫した試合でも、そのプレーをやるのかい?」という場面だったですよね。オリンピックや世界選手権でトップのチームと試合するときには、ああいうシーンはあってはならないと思います。

2014年のソチ五輪は、年齢としてはギリギリ30代で迎えた飯塚監督。写真左は、1学年下の藤澤悌史コーチ(現・栃木日光アイスバックス監督)。若い!(写真/GettyImages)
 2014年のソチ五輪は、年齢としてはギリギリ30代で迎えた飯塚監督。写真左は、1学年下の藤澤悌史コーチ(現・栃木日光アイスバックス監督)。若い!(写真/GettyImages)

オリンピックでメダルをつかむためには
世界選手権で4位になることで現実味を。

――3月、女子アイスホッケーは国内の大会にシフトします。13日から始まる全日本女子選手権は、「スマイルジャパン候補」にとって選手生命をかけた戦いになりますが、新たな戦力もその輪に加わってくると思います。

飯塚 いきなりトップのセットで…というわけにはいきませんが、U18の何人かは世界選手権に呼んでもいい選手がいます。たとえばFWの小平梅花(Daishin)。まだ高校1年生ですが、スコアリングに絡むプレーというか、「高1でここまでやるのか」というプレーをする選手です。

――五輪シーズンのスケジューリングも気になるところです。

飯塚 今、まさに日程の話し合いをしている最中なんですよ。JOCの強化予算も、もうそろそろ出てくる予定なんですが…。

――これまでのスマイルジャパンは、海外での合宿で力をつけてきました。

飯塚 4月の世界選手権(チェコ)に行った時に試合を組みたいです。あとは、8月ぐらいしか海外合宿をするチャンスはないんですよ。11月にアジア選手権があって、12月には親善試合をする予定で動いています。9月と10月は、国内でやるしかないと思います。

――ミラノコルティナ五輪でスマイルジャパンが目標とするところは、どこになるのでしょうか。

飯塚 日本としては当然、「メダル」が照準になるとは思います。ですが、北京が終わった時に大量の選手の引退した不安が私にはあるんですよ。正直に言いますが、北京の直後には「3年後の予選までに、この穴が埋まるんだろうか」と感じていたんです。「メダルが目標」と口にするのは簡単ですが、それには世界選手権で4位までに入ることで現実味が出てくると思います。

――忘れられないのが前回の北京五輪の準々決勝、フィンランド戦の「1-7」です。史上初のメダルを目指してスマイルジャパンは戦いましたが、45度からFWが攻め出そうとしてもフィンランドのDFにピンチされて、オープンパスで打開しようとしたら、やはり簡単にカットされた。「もう日本には策がないんだ」と、呆然と記者席からリンクを見ていた記憶があります。

飯塚 オリンピックでメダルを目指している国の、本当の「力の差」が出たと思います。予選グループでなんとか勝って準々決勝にコマを進めたチームと、準々決勝からが本当の戦いというチームとの違いです。フィンランドとはそれまで練習試合で勝ったこともあったんですが、オリンピックでは力の差をまざまざと見せつけられた気がします。

――日本が晴れてメダルをつかむためには、何が必要なのでしょう。

飯塚 「女子アイスホッケー」という分野で見てみると、日本はGKというポジションが発展しきれていない感じがするんです。どの国もGKのレベルが、ものすごく上がっているんですよ。チェコ、ドイツ、そしてスイスもそうですが、ライバル国はGKの質がどんどん上がってきている。カナダとアメリカはプレーヤーの質が抜きん出ていますが、それでも試合になるのは、GKがいいからなんです。日本が世界で戦うためには、今以上に「GKを中心に守り勝つ」必要が出てくるでしょうね。

――前回の北京五輪では「代表のメンバー争い」に加えて「コロナ」が大きなダメージとして、スマイルジャパンにのし掛かったと思います。もしかしたら、それが大量の選手の引退への呼び水になったのかもしれません。これまでは12月に五輪の最終メンバーを発表していましたが、それよりも早めにメンバーを選んで、五輪本番に気持ちを切り替えて臨むほうがいいのか、それともギリギリまでサバイブさせるのがいいのか、監督としての考えはどちらなのでしょう。

飯塚 人口が少ない競技ですから、これまでとは違う見方で…ということは、私もしないと思います。ですが、これは競争でもありますし、今回、五輪予選に選ばれなかった選手の奮起も期待したい。互いに切磋琢磨してレベルを上げていってもらいたいというのは、私の願いでもあるからです。

――これまでの国内合宿では、男子高校生との練習試合で力をつけてきました。

飯塚 来季は練習試合と合わせて、男子と合同練習をできないかなと思っているんです。大学生になるとレベルが上がりすぎると思うんですが、シュートを受けるのも勉強になりますから、鈴木貴人・強化本部長(東洋大学監督)と話をしているところです。国内の合宿は、お金をかけないでやれることもある。選手の負荷をかけつつ、やっていきたいと思っています。

――合宿地の苫小牧にはレッドイーグルスがあって、飯塚監督は王子製紙OBであり、レッドイーグルスのGKも工業の出身です。高校や大学もそうですが、もしレッドイーグルスと合同練習ができるとしたら、北海道のマスコミにとって格好の露出になると思うんです。同じ競技の人間として、女子アイスホッケーをオリンピックに送り出す1つの柱になる。冗談は抜きにして、これぞまさに「ワン・チーム」じゃないですか。

飯塚 いやいや、それはそうですけど…。図に乗るなと、怒られちゃいますからね(笑)。


飯塚祐司 いいづか・ゆうじ
女子アイスホッケー日本代表監督。1974年5月17日生まれ。北海道釧路市出身。現役時代はFW。釧路昭和小1年でアイスホッケーを始め、鳥取中、釧路工業高校を経て1993年に王子製紙に入社(合併により1993-1994シーズンより3年間は新王子製紙)。入社1年目にロシアへの留学を経験する。8年の現役生活のあと2008年~2014年まで女子代表の監督(2009年から2011年、2018年は女子U18の監督を兼務)。2014年のソチ五輪で、開催国だった1998年の長野大会以来の五輪出場を果たす。2016年から2018年まで女子代表コーチ、2018年7月からは再び女子代表監督。監督としてソチと北京、コーチとしてピョンチャンの3度、五輪に出場した。今年2月の五輪予選では、3戦全勝でイタリア・ミラノコルティナ五輪への出場が決定。現在、東京の昭和大学で人事部の仕事に従事。息子の創哉さんは、早稲田大学スケート部ホッケー部門の新2年生。

PICK UP注目の記事

PICK UP注目の記事



RELATED関連する記事