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2018-01-11

ナイキ ズーム フライと走ったサブ3.5への道 ナイキ ズーム フライに感謝する

2017年5月6日、目の前で繰り広げられたフルマラソン2時間切りの挑戦。その直後に心の中でスイッチが入った。もう一度、記録を狙って走ろう。セカンドベストを目指す挑戦。久しぶりに緊張感のある時を過ごした。このシューズとの出会いが、マラソンの喜びを思い出させてくれた。

お気楽なマラソンライフの
意識を変えた一足

 15㎞を通過した時点で、30㎞まではこのペースが刻めるだろうと確信をもてた。その先はとにかくペースを維持することだけを考えよう。35㎞まで行ければ、もったいなくてペースは落とせなくなるはずだ。そうすれば、10年ぶりのサブ3・5が見えてくる。そんなことを走りながら考えていた。

 27㎞地点過ぎから続く北に向かう直線コース。それまで目安にしていた3時間30分のペースメーカーがつけたピンクの風船が遠ざかっていく。向かい風が強くなる。この状況は織り込み済みだ。そのために前半は、サブ3・5ペースの1㎞4分58秒を上回るペースを刻んできた。それが間違いだったのか。

 向かい風のときには、映画『タイタニック』のケイト・ウィンスレットのように上体を前傾させて、風を受けるようにするといいと、どこかのコーチが言っていたことを思い出した。風に体を預けるようにしたまま足を前に出すだけで、体が前に運ばれる。なんとかキロ5分ペースを維持できそうだ。

 そう思った矢先、右手に「抜 けだすぞこの直線で大田原マラ ソン」と大きく書かれた牧草のロールが確認できた。まずいなあ。文字を読めるくらいに集中力が落ちている。

 直線が途切れた30㎞先で、コースは西に進路を変える。曲がった瞬間にペースがガクンと落ちた。

 マラソンを走り始めて15年ほどになる。自己ベストは2006年に走ったつくばマラソンの3時間8分5秒(ネット)。08年の湘南国際マラソンでサブ3を狙って失速して3時間31分18秒。それ以降、記録を狙って走ったことはなかった。フルマラソンだけで100レース以上走っているが、この2つのレース以外は、すべてカメラを持って走ってきた。

 いつしか私にとってマラソンを走ることは、写真を撮りながら知らない街を旅することになっていた。それで十分だと思っていた。沿道の人たちとの交流を楽しみ、景色を楽しむ。苦しくなったら歩けばいい。時間内に完走することだけを考えれば、苦しい時間を過ごす必要はない。終わったあとに筋肉痛で悩まされることもない。

 そんなお気楽なマラソンライフを1足のシューズが変えた。もう一度、記録を狙って走ろうという気持ちになったのだ。

フルマラソンを2時間25秒。
最速の走りを支えたシューズ

5月6日、イタリアのモンツァ・サーキットで開催されたBreaking2。エリウド・キプチョゲが、1時間台まであと26秒に迫った

 5月6日、私はイタリア・ミラノの近郊のサーキット、モンツァにいた。そこではナイキのマラソンで2時間切りを目指すプロジェクト、Breaking2 が開催されていた。肉体的にも精神的にも可能性を秘めたアスリート3人が、フルマラソンでの2時間切りに挑む。その状況をレポートするためだ。
 午前5時に始まったチャレンジで、トップの選手がゴールラインを駆け抜けたのは、7時0分25秒だった。エリウド・キプチョゲ選手が、1時間台まであと25秒に迫る走りを見せた。

 彼らの走りを支えたのが、ナイキがこのプロジェクトのために特別に開発したナイキ ズーム ヴェイパーフライ エリートだった。従来、スピードを出して走るためには、シューズは軽く、ソールは薄いというのが常識だった。しかし、このシューズはその常識を完全に覆した。踵部の厚さは30㎜、前足部の厚さは20㎜もある。ランニングを始めたばかりのビギナーでも、こんなに厚いソールのシューズは履かないだろう。

 それをフルマラソンで1時間台に迫ろうというランナーが履き、大記録までわずか25秒まで迫ったのだ。それはまさに革命的な出来事だった。

 人類最速のマラソンランナーの走りを見届けた直後、私はナイキズーム ヴェイパーフライ エリートから受け継いだイノベーションを搭載し、マラソンで3時間半を目指すランナーに最適なナイキ ズーム フライを履く幸運に恵まれた。プロジェクトを締めくくるイベントとして、世界中から集まった100人を超すメディアを対象にした5㎞タイムトライアルが開催され、私はナイキ ズーム フライを試すことになった。

キプチョゲが着用したナイキ ズーム ヴェイパーフライ エリート。ズームシリーズの基本設計は変わらないが、それぞれの選手の走りに最適化されている

 シューズに足を入れた瞬間に、従来のランニングシューズと全く異なるものであることを実感した。足を包み込むという形容はこのシューズのためにある。全く緩むことがなさそうな靴ひも、しっかりと踵骨を押さえる踵のホールド。興奮を抑えることができない。

 さらに大きな驚きは、駆けだした瞬間にやってきた。キプチョゲの真似をして、フラット気味に接地すると、体が簡単に前に運ばれる。ナイキ ズーム フライのミッドソールには、ナイロンカーボンプレートが挟み込まれている。スプーンのような形状のプレートが、板バネのような働きをするのではないかと想像していたが、そうではなかった。テコのような作用をする。私にはそう感じられた。
 スプーンの〝すくい〟と呼ばれる部分を上から押すと柄の部分が跳ね上がる。それと同じ現象が私の足の下で起こっていた。接地した直後に踵が浮き上がるので、まるで腰骨のあたりを後ろから押されているような感覚だ。重心が前に運ばれていく。

 5㎞のタイムトラアルでは、4分20秒のペースをほぼ落とさずに走りきることができた。そのときに思った。

「このシューズとならもう一度、記録を目指して走ってもいい」

 現実的な目標は3時間45分。しかし、それでは面白くないし、チャレンジのし甲斐がない。計画を楽しむためには、ちょっと高めの設定が必要だ。3時間半を目指そうと決意した。
 こうして私のBreaking3.5プロジェクトが始まった。ナイキ ズーム フライと出会わなければ、セカンドベストを目指そうという気持ちにはならなかっただろう。

Breaking2では、世界中から集まったメディアを対象にした5㎞のタイムトライアルが行われた。ナイキの最新シューズを体感できる貴重な機会となった

ズーム フライと異なる
ズーム ヴェイパーフライ 4%の衝撃

 レースを1カ月後に控えた10月下旬、軽井沢でナイキのメディアファストキャンプが開催された。走力のあるメディアの人たちがズームシリーズを体験できるというイベントだ。そこで私は初めてナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%に足を入れた。このシューズは、ナイキ ズーム ヴェイパーフライ エリートとナイキ ズーム フライとの間に位置づけられるシューズである。

 基本設計はナイキ ズーム フライと同じだが、アッパーやプレートなどが微妙に異なる。商品名に入っている4%は、ランニングのエネルギー効率が4%改善することを意味している。特に大きな違いはミッドソール素材だ。ナイキ ズーム フライに搭載されているのが新型ルナロンフォームなのに対して、ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%にはズームXフォームという新しい素材が使われている。軽量で高反発のこの素材によって、シューズの性格が全く異なってくる。

柔らかいフォーム(発泡材)が硬いプレートを挟む構造。フォームの性質によって走りの感覚は大きく異なる

 キャンプ初日、陸上競技場のトラックでナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%に足を入れた。軽いことはスペックから理解していたし、中足部のホールド感を高めるダイナミックアーチバンドも「こんなものだろう」と、想像の範囲内だった。

 ところが、走り始めるとズームフライとの差をまざまざと感じた。とにかく、ズームXフォームは、新型ルナロンフォームと全く異なり、弾むような反発力がある。

 ナイキ ズーム フライがテコの動きを感じたのに対して、ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%はテコ+反発力だ。自動車にたとえると、ターボエンジンのような感じといえばいいだろうか。補助推進力を得られるという意味でいえば、まさにブースターのような働きをする。テコの推進力を補助する動力源が加わったようなものだ。

「これは4%どころではない」

10月下旬に軽井沢と佐久で行われたNIKE MEDIA FAST CAMPの10㎞ペース走で感じたのは、ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%は、反発力や推進力だけでなく、着地安定性が高いということだ

 キャンプ2日目には、10㎞のペース走が行われた。もちろん履くのはナイキ ズーム ヴェイパーフライ4%だ。フラットに接地するだけでこんなに楽に走れていいのかというくらい体が前に運ばれる。キロ5分20秒のペースで軽々と走り切ることができた。目標とするレースはナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%で走りたい。そう思わせるに十分な性能を備えていた。しかし、このシューズは発売されると瞬時に売り切れるので手に入れるのが困難だ。

 レースの2日前にナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%の新色が発売されることが発表された。早朝から直営店に並べば手に入れることができるかもしれない。しかし、社会人には午前9時に趣味の買い物をしている時間はない。WEBでは瞬時に売り切れた。

失速の原因は、
調整失敗ではなかった

 イタリアから戻って、ジョギングするときはほぼナイキ ズームフライで走った。ナイロンカーボンプレートは、テコのように推進力を生むだけではない。蹴って前に進もうとする私の悪い癖を改善してくれた。ふくらはぎでなく、お尻の筋肉を使って前に進む走り方ができるようになったのだ。

 これまでロングジョグをすると、必ずといっていいほどふくらはぎに疲労がたまった。しかし、 ナイキ ズーム フライで走るようになってからふくらはぎではなく、常にお尻のあたりが熱を帯びているような感覚になった。シューズを変えることによって走りが変わる。体の中心にある大きな筋肉を使って走れるように変わっていった。やっと私も体の後ろ側の筋肉を使って走れるようになったと喜んだ。

 ところが、夏頃になると、右のお尻の奥のほうに違和感が出るようになった。これがうわさの梨状筋症候群、いわゆる坐骨神経痛か。坐骨神経痛が出るということは、いい走りができている証拠だと、教えてもらったことがある。やっと自分も一人前のランナーの仲間入りができたと喜んだが、この違和感は結局、レースまでなくなることはなかった。

 トラブルといえば、レース10日前に軽トラックを脱輪させ、荷台を持ち上げるときにぎっくり腰になってしまった。2日間は痛くて全く走れなかった。かつて、木曜日にぎっくり腰になり、日曜日に痛み止めを打ってフルマラソンを走ったことがあるので、ぎっくり腰については心配していなかったが、調整計画が大幅に狂ってしまった。5日前にレースペースで10㎞走、2日前に5㎞をレースペースで走るのが精いっぱいだった。

 しかし、30㎞で失速した原因は、直前の調整失敗ではないことはわかっている。夏場にしっかり走り込むことができなかったからだ。少なくとも30㎞走を3回は実施しようと考えていたが、まともにできたのはレース3週間前の1回だけ。5分20秒ペースでは走りたかったが、平均で5分53秒もかかってしまった。クロカンコースだとはいえ、ダウンジョグもできないほど憔悴した。
 この時点で賢いランナーなら目標の下方修正をするだろう。しかし、今回はあくまでもBreaking 3.5。失速覚悟でサブ3・5のペースを刻むことにした。

10月6日、五輪の5000mと1万mの2冠をロンドン、 リ オで達成したモー・ファラー(イギリス)が来日。マラソンに転身して、ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%をパートナーに走る

ファンランでは得られない
濃密で尊い時間

 30㎞から何人のランナーの背中を見送っただろうか。給水所では脚を止めてしまう。目標が達成できないとなると、気持ちまでも切れてしまう。

 皮肉にも、ナイキ ズーム フライのもう一つの実力を感じられたのはここからだった。脚が〝売り切れた〟状態になっても、骨盤を使って大腿骨を前に振り出して接地すると、体を前に運んでくれる。脚の筋力をほとんど使わなくても、前に進むことができる。

 ゴールの600mほど手前で、友人が待っていてくれた。声援を受けてペースを上げてみると、ここまでのペースダウンがウソのようにスピードを上げることができた。〝売り切れた〟のは、脚筋力ではなく気持ちだった。

 3時間47分1秒。目標には遠く及ばなかったが、ペースが落ちたときでさえ、悔しいという思いより、清々しい気持ちのほうが強かった。歳をとったからかもしれない。でも、それだけではない。

 目標を設定して、それに向かって準備をする。自然状況を読んでペース配分を考える。エネルギー切れを起こさないように補給計画を立てて実行する。カメラを片手に笑顔で走るファンランでは決して得られない濃密で尊い時間。その経験を再びできたことがうれしかった。このシューズに出会わなければ、記録を狙ってマラソンを走ろうとは思わなかっただろう。ナイキ ズーム フライに感謝している。失速はしたが、失敗ではないと思っている。

 ナイキ ズーム フライかナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%を履いてサブ3・5を目指すために、春のマラソンに申し込んだ。当分は、このシューズで走り続けることになりそうだ。

ゴール前600mで友人が撮影してくれた。30㎞からジョグを続けていたので、脚は復活していた。これもズームフライの実力か

30㎞まではペースを維持することができたが、そのあとの落ち込みが激しい。肉体的な限界というより、精神的に切れてしまった

ナイキ ズーム フライは、私のランニングライフに大きな転換点をもたらしてくれた ¥16,200

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