いよいよ明日(7月20日)、ナイキ ヴェイパー フライ 4%が発売になる。当初、6月8日にナイキ ズーム フライと同日に発売される予定だったが延期されていた。
ヴェイパー フライ 4%は、5月6日にイタリアのレーシングサーキット、モンツァで行われたフルマラソンの2時間切りプロジェクト、Nike Breaking 2のために開発されたヴェイパー フライ エリートの市販モデルである。使われている素材などは異なるが、スプーンのような形状のカーボンプレートなど、基本設計はヴェイパー フライ エリートと大きな差はない。
私は、Breaking2を取材する幸運に恵まれた。NHKのニュースでも取り上げられたので多くの人が知っている通り、ヴェイパー フライ エリートを履いたエリウド・キプチョゲ(ケニア)は、1時間台までわずか26秒足りなかった。しかし、人類が2時間の壁を突破する可能性を示した。運動生理学者だけでなく、心理学者、マテリアルの専門家など多くの頭脳を結集したプロジェクトの様子は、ランニングマガジン・クリール7月号に書いたので読んでほしい。
イタリア・ミラノ郊外の地で、私はもう1つの幸運に恵まれた。Breaking2のプログラムのほとんどが終わったあとで、世界中から集まったメディアを対象にした5㎞のタイムトライアルが開催された。更衣テントで渡された箱を開けると、出てきたのが淡いブルーにオレンジのラインが入ったズーム フライだった。持ち上げると、見た目よりもはるかに軽い。世界同時発売よりも約1カ月も早く、話題のシューズに足を入れることができた。
ズームフライは、ヴェイパー フライ 4%のテイクダウンモデルといえるシューズである。外見はヴェイパー フライ 4%に似ているが、ミッドソールに埋め込まれたプレートやミッドソールのフォーム(発泡材)の素材などがやや異なる。廉価版というには1万6200円は高いが、ヴェイパー フライ 4%の2万5920円に比べると、手ごろだ。のちにわかったことだが、ズームフライのほうがはるかに耐久性が高い。
足を入れてまず驚いたのがフィット感だ。全く癖がない。フットベットは平らで土踏まずを突き上げるような盛り上がりがない。エンジニアードメッシュのアッパーが柔らかく足を包む。
緩めた靴ひもを初めて締め上げたときの感動は忘れられない。まるでダイニーマでも編み込んであるのではないかと思えるほど、まったく伸びない平紐のシューレースが、緩みのないフィットを実現してくれる。イメージした通りに足を包むことができる。
紐を締めただけでこのシューズが、従来のランニングシューズと一線を画していることがわかる。シューズのタイプは全く異なるが、スポーツシューズの新しい地平を切り開く時代が訪れたという意味でいえば、ナイキフリーに初めて足を入れたときと同じような感慨があった。
更衣テントから、スタート地点まで興奮した気持ちを押さえられず、駆けだした。シューズの構造からして、フラット、あるいはフォアフット気味に接地したほうがいいことがわかっていた。キプチョゲの真似をして、フラット気味に接地した。
「体が自然に前に進む」
不思議な感覚だった。カーボンプレートが板バネのような反発を生むものだと思っていたからだ。しかし、実際に走ってみるとそうではない。私がズーム フライで感じたのは、反発ではなかった。
体重移動。
おそらく、力学的にはフラット気味に接地すると、スプーンのような形状のプレートによって踵が浮き上がるのだろう。しかし、実感するのは、シューズから反発をもらうという感覚ではない。尾てい骨の少し上あたりを後ろから押してもらっている感覚だ。重心が前に自然に運ばれていく。
ズーム フライのオフセット(前足部と踵部の高さの差)は、約10mmだが、プレートのオフセットは20mm近くある。この形状が、体を前に進めてくれるのだろう。
5㎞のメディアレースでは、22分台と思いのほか速く走ることができた。
Breaking2から2カ月以上にわたって、ズーム フライで走っている。ジョグのペースがそれまでは6分前後だったが、5分台前半と1kmあたり30秒ほど上がっている。走力の向上もあるが、シューズの影響のほうが大きいと思っている。
強く意識しているわけではないが、自然にミッドフット着地になり、体重移動で走るフォームが身についているようだ。それが証拠に、これまではジョグのあとでもふくらはぎに疲れがたまっていたが、最近は、大臀筋に張りを感じるようになっている。
丹田あたりから前に引かれるようなイメージが続いているので、腰の位置も少し高くなったように感じている。
このシューズならもう一度、3時間半を切れるのではないか。もう一度、タイムを狙ってマラソンを走ってみたい。そのような思いがふつふつと湧いてきて、11月23日に開催される大田原マラソンにエントリーしてしまった。
Breaking2はフルマラソンで1時間台を目指したチャレンジであった。1km2分51秒のペースになる。しかし、ズームフライに関していえば、1km6分台でも、7分台でも十分に快適に走れると感じている。極端な踵着地でなければ、だ。
上から踏みつけるだけで体を前に運んでくれるので、100kmウルトラマラソンやトライスロンでも十分にその性能を発揮するのではないかと考えている。
もし、ショップで手にすることがあったら、ソールを持って曲げてみてほしい。次に自分が履いているシューズで同じことを繰り返すと、このシューズの特異性を理解できるはずだ。
フルマラソンのような長距離を走るシューズに求められる機能は、余計なエネルギーを使わずに前に進むこと。ズームフライは、スプーン形状のプレートが、足関節や膝関節を必要以上に屈曲させなくても、前に進むことを可能にした。関節が屈曲伸展しなければ、エネルギーは使われない。
モンツァでナイキのシューズ開発者が言っていた。
「私たちがシューズ開発で目指したのは、エネルギーを生むことではなく、エネルギーロスを最小限にすることです」
速く走る人は薄いソールのシューズを履く。これまで常識と考えられていたことが大きく変わろうとしている。大迫傑選手が、4月のボストンマラソンでナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%を履いて3位になった。彼に憧れる若いアスリートたちが、このシューズの性能に気づけば、アスリートの世界が変わり、それは一般ランナーにも波及するはずだ。
ランニングシューズの歴史が大きく変わる予感がしている。
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