『コーチング・クリニック』では、1月号よりスポーツ庁・鈴木大地長官の連載「日本の大地にスポーツの恵みを!」をスタートしました。2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を見据えて、2015年10月に設置されたスポーツ庁。その活動や政策、ニュース、イベントなどについて、鈴木大地長官に紹介していただいています。まずは、運動嫌いな子どもを減らす取り組みについて伺いました。
「体育の授業」と聞いて、皆さんはどんなことを思い出すでしょうか。その日の時間割に「体育」の文字があるだけで、朝から高揚感を覚えたり、待ち切れなくてチャイムと同時にグラウンドに駆け出したり、人一倍張り切って身体を動かしたりした人も多いことでしょう。
現在でも、スポーツが好き・やや好きと答える子どもの割合は、小中学生ともに非常に高く、好きな教科は何かと聞くと、体育は1位、2位を争う人気教科です。
しかし、我々スポーツ庁はアンケートでスポーツが嫌い・やや嫌いと答える子どもがいることにもしっかりと目を向けました。スポーツが嫌いな子どもは、小学生よりも中学生に多く、特に中学生女子の2割以上を占めています。つまり、運動習慣には2極化が見られるのです。
そこで第2期基本計画では、「スポーツ嫌いな子を半減させる」と明記しました。現在の約16%から8%に下げるという、具体的な数値目標を掲げたのです。
するとここで、意外な声が上がってきます。スポーツが嫌いな人を減らそうという我々に対し、“スポーツが嫌いでもいいじゃないか”“放っておいてくれ”と意見する人々が出てきたのです。正直、そのとき私はとても驚きました。でも裏を返せば、ようやく実際にスポーツが嫌いな人の声を聞くことができたと思ったので、喜んで受け入れました。
そういった人々の声を分析すると、スポーツというよりは学校の体育の授業が嫌いだったことがわかりました。小学校から高校までの体育の授業がつまらなかった、苦痛だったという人が、現在の「スポーツ嫌い」になっていたのです。
体育の授業が嫌いという人は、「周りと比べて自分はできない」と感じたことが多かった人ではないでしょうか。また、授業では陸上、球技、水泳、ダンスなど、非常に幅広い運動を網羅するので、そのなかのどれかだけは嫌いだったという人も少なくありません。たとえトップアスリートであっても、自分の競技以外は全くできないという選手も意外にいるものです。私自身、体育の授業がすべて楽しかったかと聞かれると、そうでなかったときもあったと思います。
確かに、スポーツが嫌いであることもアイデンティティの1つであり、個人の自由だといえばそうでしょう。それでも、スポーツ庁としては、特にこれから長い人生が待ち受けている現在の子どもたちには、心身ともに健康な生活を送ってもらうために、小さい頃から身体を動かす楽しさを知っておいてもらいたいと願うのです。
そこで、スポーツや身体活動は魅力的で楽しいものだと感じてもらえるように、学校の体育の授業を改革しようではないか! と考えるに至りました。特に、小中学校の体育の授業を、できる子もできない子も楽しめるような工夫が必要なのです。学校の授業という限られた時間のなかでですが、「楽しいな」「続けてみたいな」と思えるスポーツを見つけて、親しんでもらえたらと思います。
スポーツ庁は、小学校の体育、そして中学校の保健体育の学習指導要領改訂に踏み切りました。小学校は2020年、中学校は21年から適用される予定です。
ポイントは大きく2つ。体力や技能の程度、年齢や性別、障害の有無にかかわらず、スポーツの多様な楽しみ方を共有できるように配慮したこと、そして「する・見る・支える」に加えて、スポーツの楽しみ方や、運動に関する知識を「知る」という要素を盛り込んだことです。
この新しい学習指導要領に書いてあることが浸透し、実現すれば、第2期スポーツ基本計画にある「スポーツの『楽しさ』『喜び』こそがスポーツの価値の中核であり、全ての人々が自発的にスポーツに取り組み自己実現を図り、スポーツの力で輝くことにより、前向きで活力ある社会と、絆の強い世界を創る」ことにつながると考えています。もちろん、「スポーツが嫌いでもいいじゃないか!」という人に、スポーツ庁が「それではダメだ!」と押し付けるものではありません。しかし、スポーツを日常に位置づけることで、より人生を楽しく、健康で生き生きとしたものにすることができると、我々は考えています。
Profile
すずき・だいち
1967年、千葉県生まれ。順天堂大学大学院体育学研究科コーチ学専攻修了。2007年には順天堂大学医学部で博士号を取得。88年のソウル・オリンピック100m背泳ぎで、得意のバサロスタートを駆使して金メダルを獲得。日本水泳連盟会長、順天堂大学教授、同大学水泳部監督を経て、15年のスポーツ庁発足時から現職。
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