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2019-05-22

<注目監督インタビュー> ユリアン・ナーゲルスマン 「ドイツを代表する 若手指導者の挑戦」前編

28歳のときに監督としてブンデスリーガにデビュー。残留を目指していたようなクラブを躍進させ、UEFAチャンピオンズリーグ出場も果たしてみせたのがユリアン・ナーゲルスマンだ。31歳の若き指揮官のチーム掌握術に迫る。

出典:『サッカークリニック』2019年4月号

上の写真=2019-20シーズンからRBライプツィヒで指揮を執るユリアン・ナーゲルスマン。ホッフェンハイムの監督として最後となった2018-19シーズンは9位(18チーム中)の成績を残した

(取材・構成/アンドリュー・ハスラム 翻訳/山中忍 写真/gettyimages)

現実

──2019-20シーズンからRBライプツィヒへ戦いの場を移すことが18-19シーズンの開幕前に公表されていました。

ナーゲルスマン(以下、N) いろいろな意見があるだろうが、開幕前に発表することに私には意味があった。ホッフェンハイムというクラブとすべてのスタッフ、そして選手とサポーターに対し、1年前倒しで発表することで誠意を見せたいと思ったからだ。また、UEFAチャンピオンズリーグに初めて挑むことになる記念すべき18–19シーズンを私の去就によって騒がしくしたくもなかった。開幕前に公表することで誰もが状況を理解し、あくまでもプロフェッショナルとしてチャンピオンズリーグという大舞台での戦いに集中できるという判断もあった。私自身は、シーズンを通じて大きな目標に向かってまい進できたと感じている。

──ホッフェンハイムというクラブにとってはチャンピオンズリーグ出場どころか、ブンデスリーガの1部に定着して上位にいることさえも「夢物語」のようであります(08-09シーズンに初めて1部昇格)。

N 「村」とも表現すべき小さな町のクラブが3万人収容のスタジアム(『ライン・ネッカー・アレーナ』)を持ち、約10年もブンデスリーガで戦えているのは驚くべき話だろう。クラブだけでなく、地元地域にとっても偉業と言うべきことだと考えている。ホッフェンハイムのような小規模クラブがトップリーグに定着し、しかもチャンピオンズリーグに出場したようなケースは稀だろう。

──地域全体のサポートを感じましたか?

N もちろんだ。ホッフェンハイムは『ジンスハイム』という街のホッフェンハイム地区をホームとしており、ホッフェンハイム以外の地区からも人々がスタジアムに足を運んでくれる。これはホッフェンハイムというクラブの大きな特徴だ。70万人以上もの人が暮らすフランクフルトのような大都市であれば、仮にサポーターの数が30パーセントほどだとしてもスタジアムが毎試合、満員になってもさほど不思議ではないだろう。しかしホッフェンハイムの場合、すべての住民がスタジアムに集まっても3000人にしかならない。つまり、ホッフェンハイム地区以外からも多くの人々が応援のためにやって来ていることになる。ドイツではユニークな話だ。だからこそ私は、クラブのためだけでなく地域全体のために戦ってきたつもりだ。

──地域において大きな役割を果たしていると言えそうです。

N クラブと人々の絆は深まるばかりだ。特に、子供たちや若者たちの間では存在感というか、影響力が高まっていると思う。州内(バーデン=ヴェルテンベルク州)にはカールスルーエやマンハイムなど、トップリーグにかつて所属していたクラブもあるが、現在は成績不振のために下部リーグに降格している。そのため、地域の人々はブンデスリーガというトップリーグのサッカーに飢えていた。それもあり、人々の興奮は手に取るように分かる。とりわけ、好成績を残してきた最近は大きな期待を感じた。

 そうした人々に対し、ブンデスリーガのクラブとして入場料にふさわしいパフォーマンスを見せる義務があり、時間とお金を費やしてスタジアムにやって来る観客が堪能できるサッカーを見せなければいけないと考えていた。毎週、その気持ちを持って準備し、トレーニングをしてきた。それは今後も変わらないだろう。

──そうした義務は重荷ではありませんか?

N ホッフェンハイムから車で30、40キロくらい離れた町でも「チームのスタイルにワクワクさせられる」、「スタジアムに通うのが楽しみだ」と声を掛けてもらえる。そうしたことも、クラブとサポーターの良好な関係を表すものだ。「プロとしての努力は金銭で報われる」という話を耳にすることがある。確かに、金銭による報酬は必要なことだと感じているが、人々に喜びや楽しみを与えられているという実感もキャリアで得られる貴重な「報酬」だと思う。

──とは言え、毎シーズン後に重要なプレーヤーを引き抜かれる、というホッフェンハイムの状況にフラストレーションを覚えないのですか?

N 誰もが、「人生において愛する人々は最後まで1人も失いたくない」と願うだろう。しかし実際にはそうならない。ホッフェンハイムの監督も、主力の売却がクラブ経営に欠かせない現実を受け入れなければならない。そうしなければ、クラブの財政を維持することは難しいからだ。若い選手をブンデスリーガで活躍できる選手に育てて他クラブに売って資金に変え、獲得した選手をより良い選手に育て上げて獲得費用を上回る値段で売却して利益を得る、これがホッフェンハイムの経営モデルだ。しかも、このサイクルを理解した上で私は監督を引き受けているのだから、この点において文句はない。

 確かに、「主力がチームを去っていく環境を気に入っている」と言ったら嘘になる。理想を言えば、選手にはチームに残ってもらいたい。しかし、ホッフェンハイムでの現実はそうではない。それだけのことだ。

(後編に続く <https://www.bbm-japan.com/_ct/17274609>)

プロフィール

ユリアン・ナーゲルスマン(Julian Nagelsmann)/ 1987年7月23日生まれ、ドイツ出身。プロを目指してサッカーをプレーしていたが、20歳のとき、2007-08シーズン途中に現役から退いた。その後、指導者の道へ進み、アウクスブルクや1860ミュンヘンなどの育成部門で働き、10-11シーズンよりホッフェンハイムの育成部門へ移った。16年2月11日よりホッフェンハイムのトップチームを率いる(ブンデスリーガの史上最年少監督)。就任シーズンにチームを残留に導くと、翌シーズンから4位、3位と大きく躍進させ、18-19シーズンにはクラブ史上初となるチャンピオンズリーグ出場を果たした。19-20シーズンからはRBライプツィヒの監督に就任することが発表されている

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