(写真/gettyimages、BBM)
倉本 林さんは、サッカーをどのように解釈していますか?
林 スペースと時間を奪い合ったり、譲り合ったりしつつ、奪ったスペースと時間を利用してボールをゴールにつなげる競技と解釈しています。
倉本 「譲り合う」とはどういう意味ですか?
林 「あるスペースを奪うというのは、あるスペースを相手に与える」ということだと思うのです。それを「譲り合う」と表現しました。サッカーでは意図的にスペースを譲ることが必要なのです。ロシア・ワールドカップにおけるメキシコ代表の戦い方を思い出してください。右サイドを空けて相手に譲るわけです。そして「使わないよ」というフリをしておきながら、タイミングを見計らって「使ってゴー!」としていました。「スペースを奪う」だけが攻略法ではないと思うのです。
林 個人的には、「スペースを奪い合う」という狙いさえない試合もあると感じています。そういう試合で奪い合っているのはボールだけです。極端に聞こえるかもしれませんが、僕はボールをさほど重視していません。サッカーという競技が誕生して以来、無数の試合が行なわれてきましたが、一方のチームだけがボールを支配し続けた試合などないはずです。見たことがありますか? ボールは黙っていても来ますし、ボールは必ず回ってきます。一方、スペースは奪おうとしないと奪えません。スペースに関しては相手から譲られるか、能動的に奪う、しかないと考えています。
倉本 私は、「スペースがあることと時間があること」はほぼ同じと解釈しています。意図的に分けているのですか?
林 そうではありません。例えば、「スペースがない」と私が感じるスペースであってもケビン・デブライネ(ベルギー代表)は「ある」と感じるでしょう。同じスペースであっても私とデブライネではできることも異なるでしょうし、スペースの広さと狭さが「プレーする時間がある、ない」を左右することもあるでしょう。ですから、両者は深く結びついています。
倉本 空間認知とスペース感覚とも言えそうです。
林 香川真司・選手や乾貴士・選手が心地良いと感じる狭いスペースに対してヤヤ・トゥーレ(コートジボワール代表)は心地良くないと感じるということです。ロシア・ワールドカップの前、「セネガル代表は間延びする」と評されていましたが、セネガル代表にとっては間延びではないのです。セネガルの選手と日本人ではスペースの感覚が異なるのです。外見上は間延びしているように見えていても、試合としてはまったく問題なく、管理されているのです。長身選手が多く、ストライドも広い一方、アジリティーの低いセネガルの選手にすれば、狭くないほうがいいのです。むしろ、広いほうがスプリント力を発揮できる面があり、推進力を持ってどんどん前に出られるとも言えます。逆に日本の選手は身体的要素からリーチできる範囲が狭いため、間延びさせてしまうと後手を踏むことになります。そうしたことを考慮しないで日本人の価値観だけで判断するのはリスクが高い気がします。
倉本 彼らはプレー・エリアが広いと言えます。
林 プレー・エリアが広いから個々の選手が支配できるエリアも広いのです。
林 「個」というものを考えた場合、多くの日本人が思っているほど「個」のレベルは低くないと感じています。ロシア・ワールドカップの得点シーンを振り返れば、「個の力」による部分がとても大きいでしょう。ロシア・ワールドカップにおける総評は「個でなんとかした」というものになると考えています。
むしろ、僕が問題視しているのは組織の不在です。「セネガル代表やベルギー代表に真っ向勝負を挑んだ」という戦評を目にしますが、「あの戦い方しかなかった」というのが実情だと思うのです。「真っ向勝負を挑んでダメなら腹を切る」といった『侍サッカー』と表現してもいいでしょう。揶揄しているわけではなく、それが現実だと思うのです。川端暁彦さんも書いていましたが、集団行動と組織の有無は異なるものです。とりわけ、攻撃は曖昧なプレーでごまかせても守備はごまかせません。この点は他の国々とはギャップがあると感じています。
林 極論すれば、「コンパクトはあり得ない」と言ってもいいかもしれません。サッカーのフィールド・サイズは変わらないのですから、「あるエリアでコンパクトにする=どこかにスペースを空ける」となります。つまり、「どのスペースを空けてどこをコンパクトにするか」が大切なのです。少なくとも、「コンパクトだからいい」とはなりません。
倉本 確かに、空いているスペースは必ずあります。
林 『スカンジナビア・ブロック』と言われたりしますが、スウェーデンやアイスランドにとっては後方でコンパクトを保つのが最良な守り方なのです。放り込まれてもはね返せるからです。しかし日本にはそうした守り方は適していません。
林 現状では難しいと感じています。コンパクトにしないほうがいいかもしれませんし、ロシア・ワールドカップにおける日本代表の試合を見ても、「さりげないコンパクト」という感じでした。暗黙のゲーム・モデルがあると言うべきかもしれませんが、曖昧にしたまま試合を進めているようにも見えます。ただし、ゴール前では曖昧さは致命傷になり得ます。コンパクトと言っても、ゴール前でコンパクトに守るのは日本にとってはリスクが高いかもしれません。ですから、ロシア・ワールドカップでは『ミドル・プレス』でごまかしたと言えるかもしれません。
(取材・構成/井上直孝)
<PROFILE>
上写真の右=林 舞輝( はやし・まいき)/1994年12月11日生まれ。グリニッジ大学(イギリス)でスポーツ科学を修了。在学時、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチを経験した。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学し、リスボン大学でもジョゼ・モウリーニョが責任者と講師を担当する外部コースを受講。また、ボアビスタ(ポルトガルの1部リーグ)のBチーム(U-22)ではアシスタント・コーチを務めた。19年から奈良クラブのゼネラルマネージャー
上写真の左=倉本和昌(くらもと・かずよし)/1982年5月12日生まれ。高校卒業後、単身でバルセロナへ渡り、育成年代の指導に携わる。その後、ビルバオへ移住し、9歳からトップチームまでの指導現場に立つ。27歳のときに日本のS級ライセンスに相当する『スペイン・サッカー協会公認上級ライセンス』を取得して帰国。帰国後、タウン・クラブ、そして湘南ベルマーレと大宮アルディージャで8年間、コーチを務めた。今年より指導者を指導するために起業
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