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2019-02-07

身につけよう!育成年代のリスクマネジメント<ケース1 子供のケンカ>

子供のケガ、保護者とのトラブル・・・・・・。
チーム活動をしていると、さまざまな問題が起こったりする。
プレー面以外のことで悩まされた経験を持つ指導者は少なくないだろう。
しかし、何かが起こったときの対処を誤ってしまうと、
大問題に発展して取り返しのつかないことにもなりかねない。
今日から3回、ある問題に対するリスクマネジメントの方法を専門家に聞く。
1回目は、子供同士のケンカからケガに発展したケースの対処法を学ぶ。
(出典:『サッカークリニック』2018年7月号)

取材・構成/直江光信
写真/BBM
イラスト/丸口洋平

【QUESTION】
グラウンドで子供がケンカし、
ケガをしてしまったらどうすればいいでしょうか?

適切な対応次第で
問題を収められる

 チーム活動中に子供同士が殴り合いをしてケガをしたとなれば「なぜ、制止しなかったのか?」と指導者が責任を問われるのは当然です。建設的な言い争いであればいいかもしれませんが、少なくともクラブの管理下にある活動時間中に子供たちが罵り合ったり、殴り合いをしたりしていたら、指導者は絶対に止めに入るべきです。

 一般常識で考えれば、ケンカをして相手にケガをさせるのはいけないことです。大袈裟に言えば傷害です。当然ながら、サッカーの練習や試合中もそうしたことをさせてはなりません。

 また、今回の事例は「ケガ」ですが、身体的なケガだけでなく、精神的に相手を傷つける言動についても同様のことが言えます。学校の先生を思い浮かべれば分かると思いますが、特に子供のスポーツ活動には「教育の一環」という側面があります。「サッカーがうまければ何をしてもいいわけではない」ことをしっかり教えなければいけません。指導者も同じです。若年層の子供を預かる際は、人間教育や人格形成といったことも念頭に置く必要があります。

 試合中に相手に汚い言葉を発したとして、汚い言葉がすぐに犯罪になるかと言えばそうではないかもしれません。しかしスポーツをする以上、指導者は子供に汚い言葉を絶対に使わせないように指導する責任があります。そして、ケンカなどといったケースに対するリスクマネジメントとして大切なのは、指導者が常日頃から「絶対に、相手に手を出したり、罵ったりしてはならない」ということを言い聞かせておくことです。

 年齢にもよりますが、中にはやっていいことと悪いことの判断ができない子供がいます。仮に子供同士のケンカでケガをしたほうの保護者から苦情がきたとき、例えば第三者から「コーチが『暴力をしてはいけない』といつも言っていたのに〇〇君は手を出した」といった証言があれば、指導者にとって大きな助けになります。逆に「普段からそうした指導をする場面は一切見たことがないし、むしろ指導者自身が相手や審判に汚い言葉をしょっちゅう使っている」となれば、「子供も指導者をマネしたのではないか?」と感じてしまい、心象は悪くなります。

 ケンカで子供がケガしたあとの対応としてよく想定されるのは、「被害を受けた子供の保護者からクレームがあり、クラブ関係者や保護者が謝りに行く」というものです。そこから訴訟にまで発展するケースは滅多にないでしょう。

 しかし、もしケガをさせられた子供の打ちどころが悪くて死亡事故になってしまったら、話はまったく違ってきます。もちろん基本的な責任は加害者であるケガをさせた子供にありますが、クラブの管理下で起こった事故であれば、指導者や運営者も何らかの責任を問われる可能性は高いですし、無関係では済まされないと思います。特に最近は、何かあればすぐに苦情がきてしまう時代です。ケガをさせられても「まあ仕方ない」で収めてくれる保護者であればいいですが、今はそうではない保護者のほうが多いと思います。「殴った」という事実がある以上、殴った側の責任とともに、管理者として「なぜ、そんなことをさせたのか?」という責任を問われることは十分考えられます。

 日頃から注意喚起をしていたにもかかわらずケンカでケガをさせた場合でも、指導者は子供とその保護者に対して誠実に対応する必要があります。「自分は見ていませんでした」、「子供同士のことなので関係ありません」といった態度をとれば相手が受ける印象は途端に悪化します。

 もし、ケガが起こったあとのクラブ側の対応が悪ければ、ケガをさせられた子供の保護者が腹を立てて裁判になる――といったケースに発展することもあり得ます。殴り合いを見ていたコーチが「子供ならよくあること」と思っていたとしても、裁判になればそんな考えは通用しません。そこで初めて「自分が間違っていた」と気づいても、もう遅いのです。そうなる前に誠実な対応をとっておけば、保護者の方も「今後は気をつけてください」で納得してくれる可能性は十分にあります。

 極論すればこうした問題は、被害者の気持ち次第で、その場で収まるのか、問題がどんどん悪化していくのかが決まります。指導者は、自分の中の基準で物事を考えるのではなく、被害者側の気持ちを考えて対応しなければなりません。訴訟は言うなれば訴える側の気持ちの問題です。たとえケガをさせられても「仕方ない」と思えれば訴訟にはなりませんが、些細なケガであっても「絶対に許せない!」となれば訴訟になります。

事実報告は基本のこと
保護者との会話も重視

 スポーツをしている以上、事故が起こるのはある程度仕方がありません。しかし問題を悪化させないためには、相手が納得して気持ちを収めてくれる対応をすることが大切です。なお、この点に関しては相手次第であり、一概に「ここまでやっておけば大丈夫」といった線引きはできません。できる限りのことをやっておくべきです。

 そのためには、面倒くさがらずにきちんと事実を報告するのは当然として、普段から保護者とコミュニケーションをとっておくことが大切です。それにより相手がどういう人であり、どういう考え方をするかということが分かっていれば、何かが起こったときの対応も分かりやすくなります。少なくとも、「誰にどのような形で連絡する」ということがすぐ頭に浮かぶように準備しておくべきです。

 例えば、子供が試合中に頭を打ったとしましょう。子供はケガのことを保護者に話さないことも多いので、クラブや指導者から何も連絡がなければ、保護者は頭を打ったという事実すら知らないことになる可能性もあります。もしそこで数日後に体調が急変して入院し、あとから事実が判明したとなれば、クラブや指導者が責任を問われることもあるでしょう。

 過去の事例を見ても、子供のケンカでクラブ側の対応が悪いために問題が大きくなってしまったケースはよくあります。一方、「対応次第でその場で収まるか、大問題に発展するかが変わる」という認識は、スポーツの現場に不足していると言わざるをえません。

 民間のスポーツ・クラブなど、運営がしっかりしているところはこういう部分までケアしていますが、小規模で昔から同じ指導者がやっているチームなどは、「そこまでやらなくてもいいでしょう」と考えているところが多いと感じます。しかしそれは、今まではたまたまそれで良かったというだけで、今後も大丈夫ということではありません。一旦事故が起こってしまえば、「知らなかった」では済まされないのです。

 ちなみにこうしたケースでは、指導者がお金をもらって指導しているかどうかはあまり関係ありません。保護者にすれば子供を預けていることに変わりはないわけですから、何か起これば指導者が何らかの責任を問われることがあるということを認識しておく必要があります。

 そう考えれば、保護者がボランティアで指導するようなチームは、保護者が起こした事故にも対応できる保険に入っておくほうがいいでしょう。指導経験のない人が指導をすればそれだけ子供のリスクは高まりますし、飛び入りで参加した保護者がケガをして、思いのほか重傷で高額の治療費がかかった――というケースもあります。クラブの活動状況を今一度精査し、クラブに合った環境整備をしておくことが、万が一のときの備えになります。

【ANSWER】
普段からの注意喚起で予防。
しかしケガをさせてしまったら、
相手の気持ちを考えて誠実に対応しましょう

<回答者プロフィール>
谷塚哲(やつか・てつ)/ 1972年、埼玉県出身。武南高校、順天堂大学を卒業。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科を修了。行政書士。プロスポーツから地域スポーツまで幅広く、法律の側面からスポーツ団体をサポートしている。また、東洋大学法学部企業法学科スポーツビジネス法コースの教員として、スポーツと法律の関係性の授業を行ない、スポーツビジネス法、スポーツマネジメント、スポーツ組織論など、スポーツを法律的観点から研究している

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