壁にぶち当たったとき、踏ん切りがつかず悶々としているとき、そっと、あるいはまた思い切り背中を押し、尻を叩いてくれるハッパほど、ありがたいものはありません。
力士たちも順風満帆、自分の思うようにことが運ぶときだけではありません。
まさに山あり谷あり。
何をやってもうまくいかず、思い悩んでいるとき、周りから心温まる励ましの声をかけられて奮起し、思いも新たに歩き始めた経験を、誰もが持っているもの。
そんなドラマチックなハッパを紹介します。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。
出直しは今日からハッパは周りからかけられるものとは限らない。時には、自分で自分にかける場合だってある。
平成の大横綱と言えば、優勝22回の貴乃花を指す。その神がかり的な活躍、強さに当時の大相撲ファンは震え上がり、熱狂。日本中が大フィーバーしたものだったが、決していいときばかりではなかった。20歳5カ月の史上最年少記録で大関に駆け上がって5場所目、平成5(1993)年九州場所には7勝8敗と負け越している。
この場所前、貴乃花(当時貴ノ花)は風邪をこじらせて肝機能障害を起こし、ほとんど稽古らしい稽古ができなかった。いくら若くて才能のある大関でも、心技体のバランスが大きく崩れてしまってはなかなか勝てない。前半から負けが込み、
「どうして?」
と不思議がる報道陣にこう答え、下をうつむいている。
「これでも必死にやっているんです。なぜ勝てない、と言われても言いようがありません」
そして、7勝7敗で迎えた千秋楽、横綱曙に強烈な突っ張りからノド輪で大きく押し上げられたあと、タイミングよく叩かれると両手をバッタリと着き、痛恨の負け越しが決定した。肩を落として引き揚げてきた貴乃花は、
「仕方ない」
と力なくつぶやき、取り囲んだ報道陣から、
「(場所後の)巡業で出直しですね」
と聞かれると、顔を大きく上げて、
「いや、今日からです」
ときっぱり答えた。出直しは早いほどいい。それは自分に対するハッパだった。この言葉どおり、貴乃花はさっそく負け越した悔しさをまぎらすように場所後の休養日も返上してトレーニングに没頭。この貴乃花のハッパがどんなに強烈で、効果的なものだったか。
翌場所、まるで別人のように初日から13連勝して4度目の優勝をし、新たな伝説を作ったことでよく分かる。
月刊『相撲』平成25年7月号掲載