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2018-07-25

日本とドイツで比べる 子供の「個性」の基準

ドイツの古豪1860ミュンヘンのアカデミーでコーチを務め、帰国後は湘南ベルマーレとAC長野パルセイロでの指導を経て、現在は『ドイツサッカースクール』の代表を務めている西村岳生氏(※この程ベルギーのシント・トロイデンへの完全移籍を発表した日本代表の遠藤航が湘南のユース時代に、同クラブのユース・コーチとして指導に携わっている)。ドイツでの経験を基にしたスクール指導を通して子供たちの成長を日々見守っている西村氏に、日本の子供とドイツの子供を比較してもらいながら日本人に合った「個性」との向き合い方を聞いた。
(出典:『サッカークリニック』2018年7月号)

※メイン写真=ロシア・ワールドカップではグループステージ敗退に終わったドイツだが、トニ・クロース(写真左)やユリアン・ブラント(写真右)ら好選手を次々と輩出している
写真/gettyimages

「扱いづらい選手」に感じる可能性

――個性的な選手とはどんな選手ですか?

西村 例えばトレーニングをつくる際、指導者はルールや想定される現象などを事前に考慮するものです。指導者はある程度の「枠組み」を用意して選手たちにメニューを与えます。しかし、ときとして枠組みから飛び出す選手が現れます。そんな選手こそ才能を持っている可能性が高く、「将来はプロになれるかもしれない」と私は感じることがあります。ドイツと日本で指導経験を積んできた中で思うのは、プロになった選手の多くは「指導者がつくった枠組みから飛び出してきた選手たち」という点です。
 また、枠組みを飛び出すような選手は性格的に変わっている選手が多いです。そのような選手は指導者の言うことをなかなか聞かなかったりしますし、ネガティブな言い方をすれば少し扱いづらかったりします(笑)。ただし、私はそんな選手が好きです。真面目でよく頑張る選手もそうですが、彼らに可能性を感じるからです。

――西村コーチの言う「扱いづらい選手」にはどうアプローチするのですか?

西村 まずは対話をしっかりするようにしています。
 例えば、9時に授業が始まるとしたら、9時にはちゃんと席に座っていなければいけません。そのことは大人が決めたルールであり、枠組みかもしれませんが、9時に席に着いていなかったら先生に叱かられたりするでしょう。しかし、大人が決めたそのルールを守っていない子には「なぜ、時間までに座っていなかったの?」などと聞くのも大事だと思うのです。もしかすると、「先生はいつも10分遅れて来るから、その5分前にでも着席していればいいと思っていました」と、その子は言うかもしれません。その子なりに考えた上での行動です。大人が子供の考えに思いを巡めぐらせることも大事だと思うのです。確かにこの例ではルールを守れていませんが、対話の中で大人が納得できる理由が子供から発せられるのであれば、受け止めてあげてもいいと思うのです。その点で言えば、日本人と比べてドイツ人の子供は自分の考えを持っていてしっかりとした対話になりやすいです。
 話は逸れるかもしれませんが、ドイツ人ではない私が1860ミュンヘンで指導した教え子たちと今でもつながっているのは、「扱いづらい選手」と意見でぶつかることがあったとしても、しっかり対話してずっとつき合い続けてきたからだと思っています。

――「個性のある選手」の基準は日本とドイツでは違いますか?

西村 少し違うと思います。
 例えば、本田圭佑・選手や小林祐希・選手には大人がつくった枠組みから飛び出したような「個の強さ」を感じます。自分の意思をしっかり持っていて、意志を内に秘めるのではなく自己主張をしっかりする選手だと思っています。日本では「個性のある選手」として挙がってくる選手だと思います。一方、ドイツでは個々の意志が尊重される部分があります。本田選手と小林選手はドイツではプレーしていませんが、ドイツ(あるいはヨーロッパ)でよく見られる性格の持ち主です。
 逆に言えば、ドイツにおいて彼らは普通の性格の選手たちで、「個性のある選手」とは見なされません。彼らのようなタイプが22人集まって行なわれるのがブンデスリーガの試合と言えるかもしれません。例えば元日本代表の中田英寿さんも、日本でプレーしていたときには特別な個性を持っている印象がありましたが、イタリアへ渡ったらセリエAのチームメイトと和気あいあいとして馴染んでいた印象がありました。

――ドイツで「個性のある選手」とはどんな選手でしょうか?

西村 シンプルに言えば、モラルから逸脱した選手です(笑)。例えば、1990年代に活躍した元バイエルン・ミュンヘンのマリオ・バスラーは、メディアやファンを度外視した過激な発言を繰り返していました。同じくバイエルンのシュテファン・エッフェンベルクもドイツ代表から追放されるような行為をしていました。しかし、そのようなことを本田選手や小林選手はしませんよね? もっとも、エッフェンベルクはその後更生して人間的にも素晴らしくなり、バイエルンでキャプテンをし、代表に復帰しました。ただし、バスラーは変われませんでした(笑)。

――もともと、本田選手や小林選手はヨーロッパで普通に馴染めるメンタリティーの持ち主だったと言えるのですね。

西村 ヨーロッパでは選手が自己主張するのは当たり前です。指導者にとっては自己主張する選手をしっかりコントロールするのが大切な仕事の一つとなります。自己主張する選手を排除することは決してありません。選手としての才能を見いだせるのであれば、その選手を自分(指導者)やチームに向けさせられたら大きな力を発揮すると分かっているからです。
 トップチームでの指導経験がないためにトップチームでの様子はあまり分かりませんが、1860ミュンヘンの育成カテゴリーで指導していたとき、選手との意見の食い違いは普通にありました。例えば、「今日は守備的に戦おう」と試合前のミーティングで私が言うと、トップ下の選手に「僕は攻めたい」などと言われることが多々ありました。私からすれば、「このチームには前期の試合でかなり攻められたので、後期の対戦時には守備に重点を置いて戦いたい」という思いがありました。しかし彼に主張の理由を聞くと、「前期は攻められたけれど、自分たちがもう少し攻撃的にいけば勝ち目はあったと思う」と言うのです。ベンチから采配を振るっていた私たち指導者とは違った考え方を彼は持っていました。その際は彼の考えを理解した上で納得させて試合に臨みました。確かに子供の意見ですし、「指導者と選手」という立場の違いもありますが、意見を言ってもらえれば、指導者は子供の考えを知ることができます。その上で子供を納得させたり、子供の意見を採用したりすることで、同じ方向を向けるのです。それがゆくゆくは大きな力となります。

日本代表の遠藤航(写真右端)が湘南ベルマーレのユース時代、西村氏もユースのコーチとして彼の指導に携わった 写真/gettyimages

対話を重視し、チームの力に変える

――「個性のある選手」と「わがままな選手」は違いますよね?

西村 違います。バスラーは典型的なわがままな選手だったのかもしれません(笑)。ただし、日本で「扱いづらい選手」に出会えたら私はわくわくします。先ほども言いましたが、可能性を感じるからです。

――しかし、扱いづらかったり、自己主張したりする選手もわがままな選手ではないでしょうか?

西村 中には、他人から何かを言われても絶対に受け入れない選手がいます。一方、自分の意見は持っていて自己主張もするけれど指導者の意見を受け入れることもできる選手がいます。先ほどの言葉で当てはめれば、前者が「わがままな選手」で、後者が扱いづらいとは言い切れませんが「自己主張する(あるいは個性のある)選手」と言えると思います。
 意見が合わないから話し合うのですが、そのときに指導者側の意見も受け入れた中で自己主張しているかどうかを見分けることが大切です。「試合で勝ちたい」と誰もが思うものです。指導者は選手の話を聞いた上で、指導者の考えに合わせてプレーしてもらったほうがその選手とチームにとってためになると思えば、選手が納得するように話さなければいけません。それがないと、わがままな選手は好き勝手にやると思います。チーム・プレーが難しくなります。

――西村コーチはドイツの指導者時代から対話を繰り返してきたからこそポイントを押さえられていると思いますが、日本の指導者には難しいことなのでしょうか?

西村 ドイツから日本に戻って来て私が違和感を覚えるのは、ミーティング中に選手たちが黙っていて、指導者の話を延々と聞いているチームが多い点です。私はその空気感が好きではありません。選手たちの考えが分かって初めてミーティングや対話が成り立つものだと思っているからです。
 日本では何かを伝えたとき、選手はとにかく「はい!」と返事してきたりします。湘南ベルマーレでの指導1年目のときは子供に対して「その『はい』は何? 『はい』の意味を教えて」や「『はい』って言えば終わると思っていてはいけないよ」などと言ったりしたものです。ドイツ人は皆、自分の意見を言うことができます。本音を話してくれるのである意味、日本よりも指導しやすい面があったと思います。
 もちろん、しっかり対話できない時間的な制約などもあるでしょう。例えば試合前はじっくり話す時間は少ないでしょう。それでも試合後などには「あのときに君はこう言っていたけれど、その意見について詳しく教えてほしい。どう思っていたの?」と聞いたりします。選手も思っていたことを言えればすっきりすると思います。もしかしたら、「君の考えのほうがいいね。今度はそれでいこう」となるかもしれません。話をして、指導者の求めていることに納得した上で自分のやりたいことなどを出してくれるのがベストだと思っています。

(取材・構成/髙野直樹)

地元である長野県で『ドイツサッカースクール』の代表を務めている西村氏 写真/BBM

<西村岳生コーチの練習メニュー紹介>

「『3対3』+2サーバー+2GK」

進め方:①攻撃側は後方のサーバーからボールを受ける②「3対3」(上の図)の状況で前方のサーバーにパスし、リターンをゴール前で受けて1タッチでシュート(下の図)③サーバーは1タッチ限定
ポイント:①3人目の動き②縦パス後の前への意識

日本の子供とドイツの子供を比較しながら「個性」との向き合い方について話してくれた西村氏 写真/BBM

Profile
西村岳生(にしむら・たけお)/1972年、長野県出身。松商学園高校、中京大学でプレー。その後、ドイツのケルン体育大学で学ぶ。98年から2004年まで1860ミュンヘンの育成部門でU-17からU-10までのコーチを務めた。帰国後、05年から09年まで湘南ベルマーレで、10年から12年までA長野パルセイロで指導。14年に代表理事として一般社団法人『TraumAkademie(トゥラウム・アカデミー)』を立ち上げ、『ドイツサッカースクール(http://www.traumakademie.com/)』を運営し、コーチを務めている

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