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2018-05-24

「6年指導」で急成長。 全国区となった埼玉・昌平

「サッカー激戦区」の一つと言われる埼玉県で、2016年度は県内3冠、昨年度(17年度)は県内5冠を達成。全国大会でも16年度にはインターハイでベスト4に入り、昨年度(17年度)の全国高校サッカー選手権大会では優勝候補の一つにも挙げられた。ここ数年で知名度を一気に上げてきたのが、埼玉県の昌平高校だ。埼玉の新興勢力はどのようにして力をつけてきたのか? 強化に成功した理由に迫る。
※取材は2017年3月に実施。肩書、学年、ポジション等は取材時のもの
(出典:『サッカークリニック』2017年6月号)

※上のメイン写真=2017年度は2年生ながら「10番」を背負い、『第96回全国高校サッカー選手権大会』に出場した渋屋航平⑩。ジュニアユース年代のチーム『FC LAVIDA』の2期生でもある
写真/佐藤博之

昌平高校を率いる藤島崇之・監督は2007年度に監督就任。16年度、17年度と2年連続でJリーガーを輩出している。現役時代は習志野高校で元日本代表の玉田圭司(名古屋グランパス)らとともに全国高校サッカー選手権大会に出場。元日本代表の藤島信雄氏の息子でもある 写真/佐藤博之

埼玉の新興が中学でも
全国の関係者を驚かせた

 2008年から本格的に強化を開始し、今年で9年目(2017年当時)。16年度は「埼玉の新興勢力」の昌平高校(埼玉県)にとって躍進の1年となった。
 初出場したインターハイ(16年度)の初戦で中津東高校(大分県)に5-0で快勝すると、続く2回戦の対戦相手は、史上初となるインターハイ3連覇を目指した東福岡高校(福岡県)。昌平は中盤の中央に人数をかけ、パスワークで数的優位をつくり、試合の流れをつかむ。そして、終了間際にMFの針谷岳晃が左CKを直接決めて3-2で勝利し、全国の高校サッカーファン、関係者が驚くようなニュースを届けた。
 勢いに乗った初出場校は、前橋商業高校(群馬県)、静岡学園高校(静岡県)といった伝統校も撃破。準決勝でのちの優勝校となった船橋市立船橋高校(千葉県)に0-1で敗れたが、堂々のベスト4入りを果たした。
 その活躍がきっかけとなり、針谷がジュビロ磐田へ、10番を背負ったMFの松本泰志もサンフレッチェ広島への加入が決まった。同校にとって初のJリーガーを一気に2人も輩出したのだ。
 全国高校サッカー選手権大会の埼玉県予選こそ準決勝で正智深谷高校の1本のシュートで1点を奪われて惜敗したが、激戦区の埼玉県で、新人戦、インターハイ予選、そして県1部リーグの「県3冠」を達成。14年度の高校選手権が全国初出場だった新鋭は瞬く間に知名度を上げた。
 昨年はジュニアユース年代でも、埼玉の新興チームが全国のサッカー関係者を驚かせている。9月に開催された『newbalance CHAMPIONSHIP U-13/2016』でのことだ。
 全国中学校サッカー大会で3連覇中の青森山田中学校(青森県)や星稜中学校(石川県)、2015年度の全日本ユース(U-15)サッカー選手権大会で優勝したセレッソ大阪U-15、FC東京U-15むさし、FC東京U-15深川、鹿島アントラーズジュニアユース、柏レイソルU-15など、中体連、Jリーグ育成組織などのそうそうたる強豪24チームが戦った「全国大会級」のU-13大会を、無名のタウンクラブである『FC LAVIDA(ラヴィーダ)』(埼玉県)が制したのだ。予選リーグ初戦で名門・東京ヴェルディジュニアユースを5-0で破ったFC LAVIDAは3連勝で決勝トーナメントへ進出すると、鹿島ジュニアユース、サガン鳥栖U-15も破って決勝へ進出。決勝でも鹿島つくばジュニアユースに2-0で快勝した。決して偶然の優勝ではない。並み居る強豪相手に、ドリブル、スルーパスなどを次々と仕掛けるスタイルのサッカーは異彩を放っていた。
 そのFC LAVIDAがトレーニングしているのは、昌平の人工芝グラウンドだ。村松明人・監督をはじめ、5人のコーチ陣すべてが昌平のコーチを兼ねている。昌平へ進学する選手たちは、中学1年生から6年間、同じ指導者たちの下で学べるのだ。
 昌平は藤島崇之・監督ら6人の教職員コーチと前述の5人の外部コーチという充実の指導体制。藤島監督は、その理由を説明する。
「中学年代、高校年代に限らず、指導者全員が選手の指導に6年関われるシステムをつくりたかったのです。選手の方向性を6年かけて見られるメリットもありますが、6年間指導することによって指導者には思い入れが生まれると思います。思い入れがあると、また違うと思います」
 中高一貫指導の強豪中学校やJリーグ育成組織とはまた違うスキームの下でチームの強化を進めている。
 青森山田中でコーチを務めていた藤島監督が昌平で指導を始めたのが07年のこと。その翌年から本格的な強化に乗り出し、11年に人工芝グランドが完成した。そして学校側の協力もあり、次の一歩を踏み出している。それが、12年のFC LAVIDAの立ち上げだった。

ジュニアユース年代のチームである『FC LAVIDA』を率いるのが村松明人・監督。昌平高校の藤島監督とは習志野高校の同期だ。ヴェルディSS相模原などでも指導経験がある 写真/吉田太郎

昌平のコンセプトを
中学時代から叩き込む

「中高一貫指導の始まり」は、藤島監督の習志野高校時代の同級生で、ヴェルディSS相模原や茨城の『FOURWINDS FC』で中学生の指導経験を積んでいた村松氏が昌平のコーチに就任して間もなくのことだった。そこから短期間でチームは埼玉県の上位へと食い込んだ。
 17年はU-13チームが埼玉県クラブユース選手権で優勝、U-14チームも同3位。2期生(現在の高校3年生)のMF渋屋航平が昌平の10番を背負い、埼玉県の新人戦優勝に貢献するなど育成面でも成果を上げている。
 前線でタメをつくり、そこからボールを預けて前に出ていくプレーが特徴の渋屋や、守備の予測と球際の強さ、運動量を持ち味とするMFの丸山聖陽といったFC LAVIDAの2期生は、いずれも埼玉県選抜候補となっている。そして、17年は3期生の主力10人ほどが昌平に進学し、「早くもAチームに食い込みそうな選手たちがいる」と藤島監督は言う。今や、県外から通う選手までいて、FC LAVIDAの存在は昌平の幹となりつつある。
 彼らはジュニアユース年代から相手を見て判断する部分や、選手間の距離を縮めてパスをつなぐところ、最優先でゴールを目指すことなど、昌平のコンセプトを叩き込まれている。
 中学の3年間だけでなく、6年間かけて育てる――。
 FC LAVIDAでは早い段階から高いレベルのサッカーを体感させるため、高校のトレーニングに参加させる試みも行なっている。渋屋は中学2年生の冬休みに昌平Aチームの遠征合宿に帯同し、丸山も中学時代から昌平のトレーニングを経験してきた。
 渋屋は当時のことを次のように振り返る。
「初めは高校ではまったく通用しなかったです。それでも、同級生よりもその経験を早くできたので良かったと思います」
 丸山も学ぶことは多かったようだ。
「高校の練習に入ると、スピードが全然違うことが分かりました。いい経験になりました」
 一般的にはJリーグのジュニアユースとユースチーム、中高一貫校でも中学校と高校の指導者が異なることが多い。しかし、昌平には中学生と高校生が同じグラウンドで、同じ指導者たちの下で、指導を受けられるメリットがある。
 FC LAVIDAの選手たちはトレーニング開始よりも早い時間にグラウンドへ来て、昌平のトレーニングや公式戦を見て吸収できるメリットもある。16年度で言えば、横パスの体勢から縦パスを入れる針谷の動きをすぐにマネして、あっという間に自分のものにする選手もいた。
 当然、成長のスピードには個人差がある。だからこそ、昌平ではFC LAVIDAで控え要員だったとしても、高校で挑戦してくる選手を歓迎している。
「高校から勝負できると意気込んでくる選手もいます。指導者も(中学3年間の)その先を見据えて指導してくれています。私たちは、そのベースアップを図り、選手が良くなったのであれば、試合で起用していくだけです」(藤島監督)
 FC LAVIDAの設立は昌平が高校選手権に初出場した14年度よりも前のことだ。「昌平の強化と地域のベースアップのために」と藤島監督が言う理念の下にスタートし、結果を出し始めている。
 興味深いのは、昌平とFC LAVIDAはまったく同じスタイルを採用しているわけではない点だ。
 藤島監督は、その狙いについてこう語る。
「重要なことは(育成)ビジョンの共有だと思っています。スタッフ間で共有できなかったら選手に伝わりません。しかし、ビジョンさえ共有できていれば、『(中学生と高校生とで)違うことをやっていい』というスタンスです」
 だからこそ、藤島監督は村松監督に「こういう選手を育ててほしい」ということは一切口にしないと言う。村松監督も育成のビジョンを共有した上で、試行錯誤しながら、高校、そして次のステージで戦える選手を育成しようとしている。

中学生時代から「昌平高校のコーチング・スタッフ」の指導を受けてきた、現在高校3年生の渋屋航平(右)と丸山聖陽(左)。FC LAVIDAから昌平高校に入って来る選手が年々増えているという 写真/吉田太郎

相手の逆をとるのが
サッカーの基本

 FC LAVIDAは創設当初、昌平と同じトレーニングを実施していた。
 ボールを大事に扱うことをコンセプトとする昌平の中で、FC LAVIDAもパスやポゼッションのメニューが多かった。だが、昌平で高校生も指導する村松監督は、高校までの6年間をデザインする上で、パスよりもやらなければいけないことがあると感じたようだ。
「パスから入る選手は将来的に厳しくなると思いました。まずはボールを持てること、そして、判断してパスできるようにならないといけないと思ったのです」
 ボールをキープできる選手、そして仕掛けられる選手を育成するために練習メニューを変えた。
「今は『仕掛け系のメニュー』を多くし、ゴールのあるトレーニングをよく行なっています。ゴールへ向かってプレーすることを意識させているのです。「1対1」や「2対2」は多く行ないますし、さまざまなグリッドでの「8対8」や「6対6」も行ないます。基本的には対人メニューしか行ないません。
 あと、センターバックであってもサイドバックであっても、前進するためのポジションをとってプレーしなければいけないと思っています。そのため、『バックパスを減らす』という考えは私たちの中にあるのかなと思っています」(村松監督)
 その手応えをつかんだのが、先の『newbalance CHAMPIONSHIP』だった。
「選手たちは、相手が『ドリブルでこない』と思っているところに、ドリブルで仕掛けていくイメージを持っています。サイドバックが内側へドリブルしたり、ボランチがパスするふりをして抜きにかかるなど、普通ではあり得ないことかもしれませんが、相手の逆をとるのがサッカーの基本だと思っています。それができないと、力のあるチームには対抗できません」(村松監督)
 攻撃陣も積極的に仕掛けてJクラブからゴールを連続して奪った。今年、U-13チームの試合をチェックしたと言う藤島監督も目を細めている。
「『高校生よりもうまいよ』とよく言っています(笑)。『今の時点でもうまい』、と。『高校に入ってもボールを奪われないだろうな』と思える選手がいました。ただし、技術には長けていますが、体がまだついてきていません。そんな選手を『高校でどう伸ばせるか』という目で見ています」
 昌平には今後、仕掛ける力を持った選手たちが「系列チーム」からこれまで以上に入学してくる。
「LAVIDAでやってきたことを継続し、一瞬の速さなども身につけさせたいですね。全国制覇できるようなチームにしていきたいです」(渋屋)
 丸山も目指すべきところは同じだ。そのために個人としてのレベルアップを誓う。
「高校になると、相手もやはり強くなります。『苦しい状況のときにどうすればうまくいくか』を考えて、プレーに移行することが大切だと思います。『(中学時代に指摘された)前へ、ゴールへ』ということは常に意識しています」
 中学時代から昌平のサッカーに慣れ親しんでいる世代が台頭しており、より意識の高い選手たちが新時代を築いていくはずだ。
 藤島監督も意気込んでいる。
「昌平の監督の立場で言うと、LAVIDAがいい選手を育ててくれるとプレッシャーになるんですよ。いい意味で(笑)。これから、Jクラブやほかの強豪校から声かけられても、断って昌平に来てくれるような環境をつくらなければいけません。結果をさらに求めながら、サッカーの質も高めていくことも必要だと思っています」
 コーチ陣の目標は、昌平から1人でも多くのプロ選手、プロの世界で活躍する選手を輩出することだ。
「『高校からさらに次』というイメージを持ってほしいですね。うまくいってプロになれたら、次はプロで長生きできる選手でなければいけません。昌平でいい選手を育てるのではなく、あくまでも、昌平を出ていい選手に育ってほしいと思っています」(藤島監督)
 注目の新興勢力は、育成に力を入れながら結果も求めていく。

「昌平のコンセプト」として、まず「ゴールに向かうこと」を指導する。ジュニアユース年代でもその教えは変わらない。昌平高校は2016年度に埼玉県内で3冠、17年度は5冠を達成した 写真/吉田太郎

取材・構成/吉田太郎

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