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2018-05-02

東京Vの戦術家・ロティーナ 重視する「繰り返しの作業」

 明日、5月3日にホーム・味の素スタジアムで行なわれるFC町田ゼルビア戦を控える東京ヴェルディ。前節(4月28日)は大宮アルディージャに敗れたものの、これまで11試合を戦い、4勝6分け1敗の成績で5位。J1昇格を狙える好位置を維持する。
 同クラブを2017年シーズンから率いているのが、スペインの各クラブで結果を残してきたミゲル・アンヘル・ロティーナ監督だ。指導経験豊富なスペイン人指導者に、指導の原点や影響を受けたもの、そして母国スペインと日本のサッカー事情を比較してもらいながら指導哲学を語ってもらった。
(出典:『サッカークリニック』2018年5月号)

取材・構成/杉園昌之 写真/松田杏子

母国スペインで戦術家と言われたロティーナ監督。オサスナ、セルタ、デポルティボ、ビジャレアルといった名だたるクラブで采配を振るってきた

クライフのチームから
多くのことを学んだ

──ロティーナ監督は、監督として下部リーグから登り詰めて、チャンピオンズリーグを戦うチーム(セルタ)まで率いました。キャリア・アップできた要因は何だったのでしょうか?

ロティーナ(以下、L) 幸運だったのは、キャリアの初期でヌマンシアとオサスナを2部から1部に昇格させたことです。2シーズン連続でチームを引き上げたのでインパクトを残せました。現役時代に華やかな実績を残せなかった「名前のない監督」には、まず結果が必要です。

──トップチームの監督は何よりも結果が大事なのですね。

L もちろんです。ただし、結果の出し方はもっと重要です。監督がいい仕事をすればチームの結果もついてきます。

──以前、ロティーナ監督が最も影響を受けた指導者はヨハン・クライフ(故人)だと聞いたことがあります。

L クライフが率いていたFCバルセロナ(1988年から96年)はウイングをタッチラインいっぱいに張らせて攻撃の幅をつくり、革新的なサッカーを展開していました。クライフのチームからは本当に多くのことを学びました。当時のスペインには幅をうまく使ってポゼッションするチームはまだ少なかったと思います。

──「革新的」と思った点は何でしょうか?

L 目新しかったのはビルドアップの仕方です。今では珍しくないのですが、センターバックを攻撃の組み立てに参加させたのは画期的でした。クライフが来る前のスペイン・リーグではセンターバックの仕事は限られていました。ボールを奪ったら、外に蹴り出すか、前線にロングパスを送ることがほとんどでした。
 クライフはスペイン・サッカーを根本から変えたと言っても過言ではありません。ビルドアップの能力に長けたオランダ人のロナルド・クーマン(現在はオランダ代表・監督)をセンターバックに起用し、後ろからボールを丁寧につなぐサッカーを実現しました。3バックのときは両脇のセンターバックがサイドへ開いて攻撃を組み立てていました。また、4バックのときはボランチが最終ラインの中央に下がり、2人のセンターバックがサイドに開いてビルドアップしていました。ピッチには選手が均等に並び、幅と深さをうまく使っていたのです。今のバルセロナの原型と言っていいでしょう。そして時代は流れ、クライフの指導を受けたジョゼップ・グアルディオラ(現在はマンチェスター・シティの監督)が、バルセロナのサッカーを進化させました。

──当時、クライフが率いるバルセロナから戦術を学びつつ、自らのチームにはどのように落とし込んでいたのでしょうか? 所属選手の質は違ったと思います。

L すべてをコピーすることはできません。いくつかの要素を取り出し、選手たちに教えていました。現在も私の根本的な考え方は変わりません。他チームを参考にするときも、そのまま模倣することはないです。
 選手は技術の高さだけでなく、戦術を理解する能力が重要だと思います。理解力のある選手は教えたことをすぐに吸収します。一方、時間がかかる選手もいます。ですから、毎日の練習が大切なのです。試合のあとに映像を見ながら、良くできた部分とできなかった部分の理由を説明し、確認します。練習では問題点を修正し、また確認します。その繰り返しの作業を続けています。

高い技術を持ち、東京ヴェルディの次代を担うMFの井上潮音。森保一監督が率いるU-21日本代表にも名を連ねる有望株

試合で練習成果を出す
成功と失敗で学ぶ

──東京ヴェルディでは監督として2年目を迎えました。日本人選手を指導して感じることはありますか?

L 学ぶ意欲は高いと思います。総じて聞く耳を持っていますし、練習態度は非常にいいです。スペインでは、基本的な戦術をすでに理解している選手が多いため、チーム・コンセプトを浸透させるのはスムーズですが、難しい面もありました。私が説明をしても、「俺はすべてを知っている」という態度をとる選手もときどきいましたからね。

──日本の育成組織についてはどのような感想を持っていますか?

L テクニックとフィジカルに優れた選手を育てていると思います。一方、スペインは下部組織のときから試合経験を多く積んでいます。毎週のようにリーグ戦があり、厳しい競争にさらされています。必然的に、試合で勝つ方法をよく理解した選手が育っていると思います。スペインではユース年代だけでも3、4チームつくり、各チームがリーグ戦で多くの公式戦を戦っています。練習は大切ですが、公式戦の中でしか学べないものもあります。試合経験を重ねることでしか成長できない部分もあるはずです。

──「試合でこそ学べる技術」とはどのようなものですか?

L すべてです。練習の成果を出すのが試合だと思っています。試合で成功と失敗を繰り返し、身をもって学ぶことができます。

──日本の選手たちを指導していて、育成年代での試合経験の少なさを感じることはありますか? 試合運びや試合の終わらせ方などに課題がある、という話も聞きます。

L 育成年代における試合経験の少なさだけで一概にくくることはできません。日本の文化が育む人間性も関係していると思います。例えば、1-0のときの試合の終わらせ方について話します。試合終了間際、1点差でリードしている状況だとします。スペインでは育成年代の選手でもあらゆる手を使って時間稼ぎをするでしょうね。勝つための手段として幼い頃から教え込まれていますし、当たり前の風景になっています。

──日本は違いますか?

L 昨シーズン、ヴェルディで同じような状況になり、私は時間稼ぎの意図もあって交代のカードを切ったのですが、選手はピッチから走って出てきました。私が「なぜ、走って出てきたのか?」と聞くと、「相手サポーターがブーイングしていたから」ということでした。スペインであれば、12歳の子供でもふてぶてしく歩いて出てきたでしょう(笑)。

──うまく時間稼ぎができなかった選手に怒ったりしたのですか?

L いえ、怒りませんでした。スペイン人の私も、日本の文化や教育を理解しないといけないと思ったからです。否定するつもりはありません。各国で文化は違うものです。ただし、スペインの監督たちにヴェルディで起こった「時間稼ぎ」の件を話すと誰にも信じてもらえませんでした(笑)。

──スペインを模倣する必要はありませんか?

L スペインにはスペインの育成があり、日本には日本の育成があります。文化も違えば教育も違います。当然、サッカーの選手育成も違ってくると思います。

<プロフィール>

ミゲル・アンヘル・ロティーナ(MIGUEL ANGEL LOTINA)/ 1957年6月18日生まれ、スペイン出身。現役時代はログロニェスなどでプレー。現役から退いたあと、90年にログロニェスBで指導者のキャリアをスタート。その後、2部のヌマンシア、オサスナを1部に昇格させた。セルタを率いてUEFAチャンピオンズリーグを戦い、エスパニョールではスペイン国王杯で優勝に導いた。2014年以降はキプロスとカタールで指導経験を積み、17年から東京ヴェルディを率いている

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