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2018-03-29

育成マスターの曺貴裁・監督 語り尽くした「練習の工夫」

2年ぶりにJ1を戦っている湘南ベルマーレ。チームを率いる曺貴裁・監督は、スピーディーな戦い方を追い求め、日々のトレーニングに臨んでいる。育成年代の豊富な指導経験も持つ指揮官に、J2だった昨シーズンの最終盤に「トレーニング構築法」に関して聞いたインタビューをお送りする。
(出典:『サッカークリニック』2018年2月号)

取材・構成/川端暁彦
写真/窪田亮

メニューの急な変更は選手の意識を高める

――今回は「練習を工夫していそうな指導者」ということで、曺貴裁・監督に話を聞きに来ました。

曺貴裁(以下、曺) 私も日々、悩んでいますけどね(笑)。ただし、「練習メニューの話」というのは難しいものがあります。単純にメニューを教えたところであまり意味がないからです。メニュー自体が大切ではありません。大切なのは、「こういう現象が出ている」といったときに「これを覚えさせられたらいい」との考え方を持つことです。ですから、「あのチームのようにやりたいから、練習メニューを同じにしよう」とすべきではありません。難しいことかもしれませんが、その点はしっかりと理解してほしいと思っています。

――逆に、「メニューをどうやって考案しているのか」という部分を聞きたいと思っています。

曺 私たちプロのサッカーチームは、「週末に試合があって、オフを挟んで、次の練習がある」のが基本的なサイクルです。その中で、一つは「チームとして、このように戦いたい」という自分たちのスタイルの確立に取り組むときがあります。もう一つは、試合で出てきた課題を修正するときがあります。この2パターンを私は明確に分けています。「いい内容だった」と思える試合であっても、2パターンのどちらかで問題点が必ずあるものです。その点をオフの間に整理して1週間の練習を始める、というイメージです。

――では、今日(取材日)の練習メニューは直前に行なわれたFC岐阜戦(2017年11月11日のJ2第41節)の内容を受けてのものだったのでしょうか?

曺 しかし、次の相手はFC町田ゼルビア( 同年11 月19日のJ2第42節)です。ポゼッションを重視する岐阜と違い、町田はロングボールを入れてから、セカンド・ボールを拾って勝負してくるチームです。ですから今日は、岐阜戦の課題を消化するのではなく、次の町田戦に向けた練習を行ないました。

――ゲート・ゴールを使った練習(下の図3)が町田対策の一つだったのでしょうか?

曺 この練習には、「攻守の切り替えが遅いと、ゴールにフタをできない」と伝える狙いがありました。ゲート・ゴールをあの位置(下の図3参照)に置いた場合、攻守の切り替えが遅くなれば、ゲート・ゴールの間を簡単にボールを通過させられてしまいます。相手に少しでも隙を与えてしまったら、ゴールを奪われてしまいます。
 町田戦に関して言えば、ゴールキーパーからのビルドアップも重要だと思っていました。そのため、ライン・ゴール上にキーパーを2人ずつ配置し、ビルドアップに関わる回数が増えるようにしました(下の図2)。キーパーにバックパスしたとき、キーパーがロングボールを蹴ってばかりだと、町田の思うツボだと思いました。ですから、キーパーからしっかりビルドアップできることも大切だと思い、このメニューを行ないました。

――練習が「対戦相手ありき」になる場合もあるということですね。

曺 岐阜戦は引き分けに終わりましたが、早急に修正すべき明確な課題がなかったのも理由の一つです。そのため、次の試合(町田戦)に向けた練習をすぐに行なったのです。

――例えば、「球際でまったく戦えていない」といった現象が岐阜戦で明確な課題として出ていたら、今日のメニューが「球際で戦うこと」を中心に組み立てられていた可能性があるわけですね?

曺 そうです。今日のようにメニューを突如、変更することもあります。私と一緒にやっているコーチは大変でしょう(笑)。しかし、練習前に十分に準備したと思ってグラウンドに出たとしても、「やはり違う」と感じるときがあるのです。また、予定を変えたほうが選手の意識も高まると思ってそうしている部分もあります。もちろん、指導者側のやりやすさを考えれば、予定通りに練習を進めるのが最良でしょう。でも、それではいけないのです。

――今回、ゲート・ゴールを加えた大きな狙いは何でしょうか?

曺 選手たちのプレーを見ていて、「ライン・ゴールだから攻守の切り替えが遅くとも何とかなる」といった動きが目についたからです。先ほども言いましたが、攻守の素早い切り替えを促すための変更です。ゲート・ゴールを設置することでボールに人が集まれば、サイドチェンジも必要な要素となります。サイドチェンジも引き出したい狙いがありました。

――スコアや勝敗も意識させていました。

曺 競争させないといけません。選手が「やられてもいいや」、「負けてもいいや」といった気持ちになってもらっては困ります。そういった練習姿勢は試合に必ず出るからです。

「いたちごっこ」はよくあること

――今日の練習を見ていたとき、「休める選手を出していない」と感じました。意識している点でしょうか?

曺 「練習は90分以内に終えないと集中が続かない」と、よく言われると思います。しかし私は、気持ち的には60分くらいで終えたいと思っています。それが70分や75分、場合によっては90分になってしまうことはありますが、気持ち的にはウオーミングアップを除く60分です。「たとえ60分でも、選手を休ませないように練習すれば十分」という考え方があります。肉体だけでなく、頭やメンタルの部分も含めて休ませません。

――頭や体を休ませない、という前提での短時間練習なのですね。

曺 私の練習メニューは、攻撃と守備の両方が必ずあります。攻撃方向があり、その上で、例えばAとBだけではなく、「Cが動いたからBが活かされた」、あるいは「Dが活かされた」といった形を多く取り入れようとしています。あくまで、実際の試合で起こり得る形に取り組んでいます。「この練習をしても、試合ではまず起きない」といった練習はしません。

――場面を切り取った練習はしますか?

曺 たまに行ないます。例えば、サイドの守備がまるでダメだったときは、「サイドでの守備」だけを切り取って集中的に行なうことがあります。また、最終ラインからのビルドアップが良くなかったときは、アングルのつくり方を集中的に練習したこともあります。ただし、課題に一生懸命に取り組もうとすればするほど、別の課題が出てしまう、といったこともあるのです。

――「あちらを立てれば、こちらが立たず」ですね。

曺 よくあることなのです。攻撃面の改善に一生懸命取り組んでいたら、守備に穴が空いてしまったりします。練習には、そのような「いたちごっこ」の部分が少なからずあります。「どのメニューを、どれだけのボリュームでやるべきか」は、悩みどころです。いたちごっこを避けるために、テーマや目的が見えにくい曖昧な練習をあえて行なったほうが効果の出る場合もあります。例えば、何も言わないでシンプルな「8対8」をやったりしたことも過去にはありました。「何が正解か」ではなく、指導者のさじ加減が大事なのです。

――いたちごっこを克服しようと思えば思うほど、「あれもこれもやらなければ」という状態になったりしませんか? すると、練習時間も伸びてしまいそうです。

曺 毎回70分以内に収められるわけではありません。しかし、60分から70分くらいのテンポで練習をしないと、試合のプレー・テンポは身につかないと思っています。「試合だけテンポを上げる」というのは不可能なことです。
 選手が疲れていてプレッシャーがかかっていないと思ったらピッチを狭くします。反対に、「ピッチが広くてもプレッシャーをかけよう」という課題を与えることもあります。

――まさに、「さじ加減」ですね。

曺 練習は「成功体験7:失敗経験3」というイメージを持っています。「5対5」ではありませんし、成功体験が「3」でも良くない、というのが個人的な感触です。「これはうまくできたな」と思った上で、「でも、ここのポジショニングはダメだった」と思えるくらいがいいのです。「成功体験3:失敗体験7」の練習は選手にはつまらないものです。

――練習の難易度は「成功体験7:失敗経験3」の基準で調整するわけですね?

曺 そうです。加えて、現在の湘南ではあまり考えなくて良くなってきた部分ではあるのですが、例えば選手間で上・中・下といったレベル差があった場合、私は必ず「上」に合わせます。「中」以下に合わせることは絶対にしません。

――レベルの高い選手を基準とするのですね。

曺 組織論の一つで「『2:6:2』の法則」と呼ばれるものがあります。組織に10人いたら、2人ができる人、6人が普通の人、残り2人ができない人、という法則です。しかし、6人が多数派だからといって「中」レベルに合わせたりはしません。「上」の2人に合わせてメニューを設定し、「中」以下の8人を引き上げる考え方です。仮に、高校生の練習に小学生がまざっていても小学生のレベルに合わせたりはしません。小学生に対して「君が高校生に合わせよう」と要求します(笑)。

――「獅子の千尋の谷」方式ですね。

曺 まさにそうです。

――先ほど、湘南の若手たちに話を聞いていたのですが、みんな「1年間、練習してきた力がついた」といった話をしていました。

曺 そうなのかな(笑)。

――しかしそれは、「7割の成功体験をさせている」、あるいは「7割の成功体験に近づけている」から、若手たちは少しずつ自信を深めたのではないでしょうか?

曺 それは間違いありません。

<トレーニング・メニュー紹介>

練習①:「14対14」+1フリーマン①

図1

進め方:①攻撃方向にあるライン・ゴールをドリブルで突破、あるいはライン・ゴールを越えてパスを受ける②フリーマンはボール保持側をサポート
ポイント:取材日のグラウンドにいた選手が全員参加。「休んでいる選手、見学する選手が出る練習は好きではありません」(曺貴裁・監督)

練習②:「14対14」+1フリーマン②

進め方:①攻撃方向にあるライン・ゴールをドリブルで突破、あるいはライン・ゴールを越えてパスを受ける②フリーマンはボール保持側をサポート③ライン・ゴール上にGKを2人ずつ配置し、GKはビルドアップに関わる

練習③:「14対14」+1フリーマン③

図3

進め方:①攻撃方向にあるライン・ゴールをドリブルで突破、あるいはライン・ゴールを越えてパスを受けたら2点②ゲート・ゴールをパスで通過したら1点③フリーマンはボール保持側をサポート
ポイント:①「14対14」と大人数で練習①を行なったときにプレーに関与しない選手がいて攻守の切り替え意識が低下したため、ルールを追加②ボールを奪われたあとに攻守を素早く切り替えないと簡単にゲート・ゴールを通過されてしまう③守備側は素早くパスコースをふさぐ④ボールに選手が集中する中、攻撃側は味方へすぐにパス。サイドチェンジが効果的

練習④:「14対14」+2GK

進め方:各チーム、攻撃方向にあるゴールを目指す
ポイント:取材日は練習①から練習③を行なったあとに実施

<プロフィール>

曺貴裁( チョウ・キジェ)/1969年1月16日生まれ、京都府出身。現役時代はDFとして日本サッカーリーグの日立、柏レイソル、浦和レッズ、ヴィッセル神戸で97年までプレーした。現役から退いたあとは、川崎フロンターレ、セレッソ大阪、湘南ベルマーレでトップチームのコーチを務めたほか、川崎Fと湘南では下部組織でも指導。2012年から湘南の監督を務めている。17年はJ2優勝を収め、J1昇格に導いた。今年で7年目の采配となる

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