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2018-02-05

FCバルセロナの指導方法 &メソッドを知る人物に聞く 「基準の設定方法」

FCバルセロナの基準やメソッドに触れ、多くの子供たちにアドバイスを送ってきた『Amazing Sports Lab Japan(http://aslj.net/ja/)』の浜田満氏に、子供の才能を伸ばす「世界基準」の設定方法を聞いた。
出典:『ジュニアサッカークリニック2017』

取材・構成/川端暁彦 
写真/中島光明、窪田亮、Amazing Sports Lab Japan

 まず言っておきたいことがあります。それは、私は指導者ではないということです。グラウンド中のディテールについては指導者などの専門家に委ねるべきだと思っていますし、実際にそうしてきました。ただ、子供が育っていく過程ではグラウンド外にも整えるべきことがすごく多いとも感じています。そうしたことに関する自分の基準、その前提となる部分について語っていきたいと思います。それが日々の指導に役立つことを願っています。

練習中の子供に
保護者を関わらせない

<バルセロナとの出会い>

 私の考え方や物差し、そして基準は間違いなくFCバルセロナの影響を受けています。そして、バルセロナを見て、感じ、考えた上でさまざまな物やほかのクラブの指導に接し、さらに考えを深めてきたつもりです。
 私がバルセロナと「出会った」のは2006年のことです。当時、バルセロナのスクールは育成部門ではなくマーケティング部門に属していました。PRのためにスクール事業を行なう、と考えられていたからです。
 もっとも、指導内容自体は『カンテラ(育成部門)』と同じものでした。そして、指導内容を理解するたびに、自分の常識がひっくり返されていったのです。それを日本に伝えるために「日本でもスクールをやりたい!」と思って実際に行動したわけです。
 その後、久保建英(現在はFC東京)君がバルセロナのスクールに参加し、カンテラのテストを受けることになりました。さらに、彼がカンテラに加わることになり、カンテラのトレーニングをじかに見たり、リーグ戦を観戦したりする機会に恵まれたのです。
 一方、バルセロナのスクールやキャンプでは通訳という立場を通じてもいろいろなことを学びました。通訳の仕事は「スペイン語を日本語に変換するだけ」ではありません。言葉の背景を理解し、日本の子供たちが理解できるように伝えなければいけません。聞くことで考え、咀嚼して正確な意味を伝えることを通じ、バルセロナのコーチング・メソッドを理解していったとも言えます。

<バルセロナの基準>

 バルセロナの指導方法に触れた当初、まず驚いたのは「1人のコーチが担当できるのは最大12人の選手」という考え方でした。現在では、そうした考え方も普及してきたと思いますが、当時の日本ではなかったものだと思います。
 選手の出場時間に関する考え方も新鮮に映りました。バルセロナのカンテラとスクールには「全試合時間の40パーセント以上に全選手が出場」するという基本方針があります。『U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ』にバルセロナのジュニアチームが出場すると、後半に向けて選手を総入れ替えします。「日本の大会だから」という理由でそうしているわけではなく、選手の育成を最大の目的にしている彼らにすれば、「そうすることが当然」なのです。私自身も初めは「それでいいの?」と思いましたけど(笑)。
 いろいろな面でバルセロナと接し、すべてを紹介することはできませんが、強度の高いトレーニングをするための工夫を含め、グラウンド上で実に多くの驚きに出会いました。
 グラウンド外でも新鮮な驚きはありました。例えば、『ミーティング・ポイント』というものです。
 バルセロナには、子供を連れて来た保護者が子供をコーチたちへ引き渡す場所があり、そこはミーティング・ポイントと呼ばれています。そして、練習が終わり、コーチたちから子供を引き渡されるまで保護者はシャットアウトとなります。しかも、保護者が話せるのはコーディネーター役の人物に限られ、指導現場に立つコーチと直接話したり、何かを要求したりすることはできません。日本とはまったく違う指導者と保護者の関係に驚きましたが、同時に納得もしました。
 日本には、「スペインはおおらかでいい加減な国」というイメージがあるかもしれません。私もそう思っていました(笑)。しかし、バルセロナは違います。「なあなあ」にしている部分がまったくなく、細かい部分までルールが定められています。例えば、コーチは練習開始の45分前までにトレーニングの準備を終えなければいけませんし、トレーニングも時間通りに始まって終わります。そうしたルールが下のカテゴリーから上のカテゴリーまで徹底されているのです。
 確かに、ルールを徹底しなければスペインではルールが守られないという部分もあるかもしれません。一方、日本の場合、ルールを徹底しなくても極端に怠惰になる子供はいないでしょうし、保護者も秩序を守るでしょう。しかし、日本の現状を振り返ったとき、日本人のそうした点に無意識のうちに甘えてしまい、逆に徹底できないという部分があるような気もするのです。

<バルセロナのメソッド>

 バルセロナのメソッドは多岐に及びます。彼らは「シャワーの浴び方もメソッドだ」とさえ言います(笑)。そういう状況ですから、コーチングについても明確なメソッドがあります。『サンドイッチ』という考え方を紹介しましょう。例えば、0-1という低調なスコアでハーフタイムに入り、修正点をコーチは選手に伝えたいとしましょう。
 もちろん、バルセロナのコーチは「何をしているんだ!」といきなり怒ったりしません。まずは選手の立場に立った発言をします。「公式戦最後の試合だからプレッシャーがあるよな」、「今日は芝の状態が良くないな」、「相手はこちらをよく研究しているから攻めづらいよね」など、肯定的なことを言うことで選手たちの耳をこちらに向けさせるのです。否定的な言葉で切り出すと、選手は聞く耳を持ってくれないからです。
 聞く準備を選手にさせてから、コーチは自分の伝えたいことを1つだけ言います。それは、戦術的なことでもいいですし、メンタル面のことでもいいでしょう。とにかく、修正点を1つだけ言い、最後はモチベーションを高める言葉で締めくくります。「お前たちならやれるぞ!」、「あのときも苦しい前半だったけれど、逆転して勝ったよな!」と言ってグラウンドに送り出すのです。
 サンドイッチでは肝は具であり、両側のパンは具を際立たせるものです。そして、コーチングで具に当たるのが修正点です。具だけでは食べてくれないかもしれないものをパンでサンドして提供することで食べさせて消化させる、それがサンドイッチというメソッドです。このメソッドがあるため、いきなり怒るコーチはいませんし、叱り方さえも決められています。日本では「指導は指導者に属し、属人的なもの」と理解されがちですが、バルセロナでは「人」にまったく依存していません。コーチや指導者はメソッドとフィロソフィーに従って行動します。
 日本人は組織を重視して行動していると思われています。しかし、バルセロナのやり方を見ていると、そうではないと感じるようになってきました。むしろ今は、「日本こそ個人の方法論に頼った社会」ではないかと思っています。 

すべてのことに
責任者が存在する

<バルセロナのタスク>

 バルセロナのコーチと仕事をすることで面白いことに気づきました。彼らはどんなに細かいことにも責任者を決めるのです。植木の水やりにも責任者を決めたりします。ただし、責任者はほかの人間にその仕事を任せてもいいですし、外部から人を連れて来てその人に頼んでもいいのです。つまり、その仕事が完了することが重要であり、完了していなければ責任者が責任を負って完了させるということなのです。
 サッカーでも同じことが言えると思います。バルセロナではポジションごとに負うべきタスクが徹底して伝えられます。例えば、「右サイドバックがボールを受けたら、近いほうのボランチがサイドバックの斜め前へ離れながら進み、遠いほうのボランチが近づいて来る」というものがあります。公式のように明らかな「すべきプレー」が存在するのです。
 もっとも、その公式を習得した上で状況に応じて公式を崩すことは許されています。むしろ、各選手のタスクが明確だからこそ、ある選手が公式を破ったときに生じる変化をほかの選手が理解し、その変化への対応策も自然と共有されるのです。
 バルセロナのメソッドにはタスクを明確にする点も含め、「型にはめる」という側面があると思います。しかし、「型を破るために型にはめる」のです。選手は、タスクを果たす責任を負いつつ、型を破る裁量を与えられています。そして、与えられた型に従ってプレーしているだけの選手はバルセロナでは生き残れません。一方の日本では、「型にはめる」という段階で止まってしまうことも多いように感じています。

<久保建英の適応力>

 久保君が優れている点、そして彼がバルセロナでプレーできた理由も「型」に関するものだと思います。彼は型を習得するのが非常に速く、型を崩していく力も持っています。
 スペインから帰国してFC東京のアカデミーに入ったとき、FC東京のサッカーはバルセロナとまったく違うこともあり、「どうなるかな?」と心配する部分もありました。しかし、彼はFC東京で求められるものを身につけながらレベルアップを果たし、「FC東京の型」をも破るプレーを徐々に見せつつあります。
 実は、型に関して気になる点があるのです。
「自分のやりたいサッカーと合わない。監督とサッカー観が違う」
 そう言って移籍を志願する選手を見かけます。
 自己主張を否定するつもりはありませんが、「本当にいい選手」はどのような監督の下でもプレーできるものです。久保君を見ることでそれも学びました。自分の理想と違うスタイルだからこそ学べることがあり、成長できることがあるのです。現代サッカーで求められているのはそういう選手と言えるかもしれません。
 日本のジュニア年代でも、移籍を安易に繰り返す選手がいるようです。「移籍するな」ということではありませんが、立ち止まって考えてみると、違う可能性も見えてくるのではないかと思います。そうした考えも、明確な「型」を持つバルセロナを見てきたからこそ持てたものだと思います。

<プロフィール>
浜田満(はまだ・みつる)
1975年12月26日、奈良県生まれ。株式会社Amazing Sports Lab Japan代表取締役。関西外国語大学スペイン語学科卒業。メーカー、商社、大使館勤務などを経て、ヨーロッパのサッカークラブのマーチャンダイジングライセンスビジネスに携わる。2004年6月、FCバルセロナソシオの日本公式代理店として独立。現在は、FCバルセロナキャンプ、FCバルセロナスクール、U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジの大会プロデュース、コンサルティングなどを行なっている。09年以降は、選手のサポート業務をはじめ、スペインのプロ育成集団『サッカーサービス社』と選手コンサルティングを行なうなど、選手育成事業に力を入れている

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