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2025-12-10

【アメフト】XリーグBIG3の現在地(1) 土壇場で生き残った富士通 HCの涙とQBの笑顔

富士通をけん引する2人。山本洋HCと、QB高木翼=撮影:小座野容斉

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アメリカンフットボールの日本選手権「ライスボウル」を目指し、国内最高峰・Xリーグ「X1 スーパー」の上位チームが争うライスボウルトーナメント(RBT)は、12月13日と14日に東西の2会場で準決勝2試合がある。

 準決勝に進出した4強の中から、Xリーグ「BIG 3」の、パナソニックインパルス(秋季リーグ1位)、オービックシーガルズ(同2位)、富士通フロンティアーズ(同5位)の現在を振り返りたい。

ライスボウルトーナメント1回戦
富士通フロンティアーズ○42-28●ノジマ相模原ライズ
(11月23日、富士通スタジアム川崎)

ハドルで感極まった山本HC
【富士通vsノジマ相模原】試合後のハドルで、選手たちに話しかける山本洋HC。左手前は大久保主将=撮影:小座野容斉


 勝利後のハドルで、山本洋HC(ヘッドコーチ)は選手たちに「ナイスゲーム。本当によくやった」と言ったところで、言葉が出なくなった。そして感極まって涙を流した。冷静で、めったなことでは感情を表さない山本HCが初めて見せる姿だった。

 富士通は本当に今季は苦しんだ。

 2019~24までの6シーズンでリーグ戦32勝1敗、過去10年間で7回ライスボウル優勝。「無敵の王者」として日本のアメフト界に君臨してきた。それが、今秋は、第2節にノジマ相模原ライズに敗れただけでなく、最終第6節にもSEKISUIチャレンジャーズにも苦杯を喫して、レギュラーシーズンを4勝2敗で終えた。 富士通が秋シーズンに、リーグ戦で2敗したのは、2006年以来19年ぶりだった。

 そして迎えたのが、RBT1回戦、ノジマ相模原(リーグ戦4位)との再戦。文字通り、土壇場だった。ここで敗れるようなら、山本HCは進退を考えていたのではないかと思う。

 山本HCは、報道陣の取材には「いや、あれは涙じゃないです。泣いてなんかいない」と、笑顔に切り替えて語った。

 ただ、「ライズさんには、春(のパールボウル準決勝)、そして、リーグ戦でもやられていて、もう負けるわけにはいかなかった。後先のことは考えず、『この1戦に賭けるぞ』と2週間言い続けてきた」という。

 チームが一丸となって、一つのものにぶつかっていくというところが、今季は欠けているところもあったと山本HCは率直に言う。

 「今日の試合も、カチッとタックルできていなかったり、いろいろなプレーでミスもあったし、課題はたくさんある。ただ、『チームとして絶対勝ち切る』というテーマを、皆が一つになって体現してくれたことに嬉しさがあって」思わずこみあげてきたものがあったようだ。
【富士通vsノジマ相模原】ノジマ相模原のエースWRテイ・カニンガムをタックルして止める富士通DB陣=撮影:小座野容斉

 富士通のリーグ戦2敗はパス守備の崩壊が原因だった。マンツーマンのDBが相手レシーバーに競り負ける場面がしばしばあった。パスラッシュも弱かった。DEに負傷者が続出し、副将・宮川泰介はシーズンアウト、ジョー・マシスも出場できない試合が続いた。やりくりができず、TEにコンバートした元日本代表のベテラン髙橋伶太をDEに戻した試合もあった。

 結果としてQBサックはLB趙翔来の1.5サック(リーグ全体で11位)がチーム最多。これすらも、趙が開幕戦で残した数字だった。

 ライズ戦(初戦)も、チャレンジャーズ戦も、終盤リードをしながらパスディフェンスを攻略され、逆転TDを許した。特に、チャレンジャーズ戦は第4クオーター、残り57秒で4点差を守り切れなかった。この敗戦からRBT初戦までわずか2週間しかなかった。

 ライズとの再戦、本来はオフェンスが専門の山本HCは一貫してディフェンスを陣頭指揮していた。大げさに言えば鬼の形相だった。反撃してくるQBカート・パランデックが率いるライズの強力フェンスに対し、CBへの指示は、プレーごとに詳細を極めた。
【富士通vsノジマ相模原】ノジマ相模原RB吉澤のランを押しつぶすようにして止める富士通ディフェンス陣=撮影:小座野容斉

  山本HCはこの2週間の練習で、ずっとディフェンスを指導していたという。言わば、現場に介入する形で「選手も(本来の)守備担当のコーチもしんどかったと思う」と認める。

オフェンスを回し続けたQB高木
【富士通vsノジマ相模原】パスを決める富士通QB高木翼。パス274ヤード5TDと活躍した=撮影:小座野容斉
 試合自体は一貫して富士通のペースだった。オフェンスが常に先手先手と、得点を重ねた。この秋は、フラッグフットボールの日本代表での選手活動がメーンだったWR松井理己、木村和喜が、アメフトに本格的に復帰して好レシーブを連発した。そして、大一番に強いWRサマジー・グラントの「スイッチ」が入っていた。富士通は、試合を通じて2ポゼッション以上の差を維持した。
【富士通vsノジマ相模原】この試合の富士通WRサマジー・グラントは、「スイッチが入った」状態だった=撮影:小座野容斉

【富士通vsノジマ相模原】第2クオーター、富士通WR松井がノジマ相模原ディフェンスを切り裂きTD=撮影:小座野容斉 
オフェンスを回し続けたのはエースQB高木翼だった。最初のドライブこそ3&アウトのパントだったが、その後5シリーズ連続でTD(タッチダウン)に結び付けた。そして4本がパスTDだった。

 こう書くと、「いつもの富士通」のように聞こえるかもしれない。しかし、いつもと違う重要なポイントがあった。それは、オフェンスの主軸・切り札の、RBトラショーン・ニクソンがほぼ出場できなかったのだ。

 ニクソンは第1Q(クオーター)最初のプレーだけ登場したが、後はずっとサイドラインにいた。この間ヘルメットを下げて歩き回り、臨戦態勢をアピールをしていたが、実際は出場はできない状態だった。

RB三宅昂輝(ラン73ヤード1TD)、香川将成(ラン23ヤード)の健闘はあったにせよ、QB高木への重圧は大きかった。その状況下で、パス25/29(86.2%)で274ヤード5TD・1INT(インターセプト)。パスで14回、ランでも2回ファーストダウンを更新した。
【富士通vsノジマ相模原】富士通QB高木は、ノジマ相模原の強力なパスラッシュにさらされた=撮影:小座野容斉
試合後の高木は、そんな大変さを微塵も見せなかった。囲み取材では饒舌だった。

「富士通10年目、スターターQBに昇格して5年目。でも、リードされる展開とかあまりなくて、(試合での)ワンミニッツオフェンスの経験なんか今季までなかった。33歳でまだまだ伸びしろがあると感じていますよ」と余裕さえ感じさせた。

「これぞフットボールというヒリヒリした経験ができている。前向きな気持ちで、最高に楽しいフットボールができている」と笑顔で話す高木。筆者には違和感があった。

 山本HCやサイドラインの必死さと、高木のコメントに、ギャップがあったからだ。

 10数分後、照明の消えた暗い通路で、再び高木とすれ違った。呼び止めて、その違和感をぶつけた。

高木は「いや、めちゃくちゃしんどかったですよ」と本音を話してくれた。「辛くて辛くて、あまりに辛すぎてそこを突き抜けて、笑顔になったというのが本当のところです。ニクソンも、今日はお前のゲームだといってくれたので」と語った。

 暗くて、表情はほぼわからなかったので、その時高木がどんな顔で語ってくれたのかはわからない。ただ「辛さを見せない」フィールドゼネラルの矜持を感じた。

 山本HCが、2週間ディフェンスに専従できた理由、それは、高木の存在が大きい。高木がQBとしてオフェンスを束ねていたからだった。そして、ニクソン不在でも試合をしっかり作り上げた。

 パナソニック戦までの3週間を、再びディフェンス専任となるのか。「次はどうしますかね」と話した山本HC。そして「もう一度言っておきますが、私は泣いてないですからね」と、茶目っ気のある表情で、取材を締めくくった。

 土壇場で一つになったチームに意気を感じた指揮官の涙、そして辛すぎる状況の中で保たれたQBの笑顔。この2つが、追い込まれた富士通に、勝利をもたらしたと感じた。

     ◇

山本洋HCのパナソニックに対するコメントは以下の通り(11月23日時点)。

シーズン中で日程が上手く合ったパナソニックの試合を観戦に行ったぐらいで、細かいところはまだ見られていない。

チームとしては、本当にどこにも穴がない。選手も脂がのっている。チーム状態がすごくいい。オフェンスはランもパスも凄くレベルが高い。正直に言って、今の我々とは力の差があると思っている。穴のないチームなので、何かここをついてやろうとか、そういうものは通用しない。こういうチームと対戦するときは、自分たちのフットボールをきちんと突き詰めるしかない。フィジカル勝負になるので、コンディショニングも大事だと考える。

【小座野容斉】

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