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2026-05-19

【陸上】両手首骨折の大ケガを乗り越えて諸田実咲が4m50の日本新、アジア大会で4m60を跳ぶための2つの選択肢

4m50と自身の日本記録を更新した諸田実咲(アットホーム)

木南記念(5月10日)で自身の日本記録を3年ぶりに2cm更新し、4m50の大台に乗った諸田実咲(アットホーム)。昨年のアジア選手権で両手首骨折の大ケガを負いながら、東京世界選手権に出場。今季は硬いポールに慣れて4m50をクリアすることができた。名古屋で行われるアジア大会で金メダルを獲得するため4m60を視野に、2つの選択肢で臨む。

よく戻ってこれたと感慨の4m50

「やっと跳べたな、という気持ちが一番強いです。安心感と、あとうれしさがあります」

取材エリアに現れた諸田は、噛みしめるように話し始めた。

「3年前(2023年)のアジア大会で(前日本記録の)4m48を跳んだときから、すぐに4m50も行けるだろう、という感覚はあったのですが、なかなか跳べませんでした」

24年は6試合で4m40以上を跳び、昨年も5月までに2試合で4m40をクリアした。しかし5月末のアジア選手権(韓国・クミ)でマットから逸れて地面に落下してしまい、両手首を骨折した。9月の東京世界選手権にはギリギリ間に合ったが、「本当に耐えて、耐えて、っていう3カ月でした。あのときを考えるとよくここまで戻って来られたな、と思います。諦めないで続けて来てよかった」と感慨深そうに思い返した。

それでも今季は、「とにかく結果を試合で出すこと、ベストを更新すること」(田中成コーチ)を強く意識してきた。助走のスピードアップを田中コーチは感じていたし、諸田自身も「フィジカルトレーニングもトレーナーさんに週2回がっつり見てもらって、継続してきました。それにプラスしてウエイトもやってきて、筋力は上がっています」と自覚できていた。

2月のアジア室内選手権で4m35の2位、オーストラリアのパースでは4m37で2位、4月のアメリカ・マウントサックリレーでも4m35の6位と海外で安定した戦績を残してきた。5月4日の水戸招待は、強い向かい風で4m20に終わったが優勝している。

田中コーチはそれらの試合で、諸田が硬いポールに慣れてきたことを指摘する。

「これまで使ってきたなかでは最も硬い(耐荷重)155ポンドのポールを、マウントサックでも水戸でも使って、(シーズン初めとしては)なかったような感じで使えています。そこは自信になっていたと思います」

今大会では150ポンドのポールで、4m00、4m20とともに1回目でクリア。出だしは順調だった。


4m50の跳躍

ポールの選択と助走の走り方の修正

諸田と田中コーチは通常、試合前にポールの選択を話し合い、この高さならこのポールで跳ぶ、と決めて試合に臨んできた(コミュニケーションの仕方など、2人で強くなった過程を発売中の陸上競技マガジン6月号で紹介している)。しかし木南記念では、ポール選択について事前に話し合わなかったという。

「水戸招待で155ポンドを、早い段階で使うことができました。こちらから何か言わなくても、本人の中でイケる気持ちが絶対的にあったはずです」

4m30にバーが上がったとき、諸田は自分の判断でポールを155ポンドに換えていた。しかし、4m30は2回目の、大会新となる4m41は3回目のクリアと苦戦した。これはポール選択というよりも、追い風への対応の仕方の問題だった。

諸田は4m50を跳ぶことができた理由に「割と良い追い風が吹いてくれた」ことを挙げたが、「追い風任せに走りすぎて、自分で動かせていませんでした」と反省した。

諸田は社会人1年目の21年から田中コーチの指導を受け始めた。助走歩数は16歩で変えなかったが、徐々に「4歩・4歩・8歩に分けて、最後の8歩をいかにスムーズに入って行けるかを意識する」ようになった。木南記念では前半の4歩・4歩の局面を、追い風を利用して楽に走ろうとしたが、結果的にオーバーストライドになってしまっていた。

「4m41の1本目がそうなってしまって、2本目で修正しましたがまだまだで、もう少し意識を強くして3本目に臨んだら、うまくはまりました。そのまま4m50も行けば跳べる手応えがあったので、4m50は焦らず落ち着いて跳ぶことができました」

4m50は日本陸連が定めたアジア大会派遣設定記録。6月の日本選手権に優勝すれば、9月に名古屋で開催されるアジア大会代表に内定する。

アジア大会で4m60を跳ぶための2つの選択肢

4m72のアジア記録にはまだ20cm以上の開きがあるが、4m50は今季アジア最高タイ記録である。

今年2月のアジア室内選手権で、4m35の同記録で敗れた牛春格(中国)が最大のライバルになる。諸田は4m48を跳んだ23年アジア大会で牛に勝って銀メダルを獲得したが、トータルでは1勝3敗と負け越している。

「アジア大会で優勝するには、牛選手が出てくると思うので、4m60を跳ぶことがポイントになってきます」

木南記念で使った155ポンドのポールでも、4m60は可能だと諸田自身は感じられた。「もうちょっと曲げ込んで反発を得られそうなんです」。田中コーチも「握りが4m20くらいなので、もう少し高い位置を握ることができればポールをもっと湾曲させられます。そこにうまく身体を乗せれば全然行けます」と可能性を説明する。

もう1つの選択肢が160ポンドのポールを使うことだ。「それを使えたら反発が違います。4m60は行けるかな、という感覚があります。使えたらすごく楽しみです」

アジア大会の女子棒高跳は98年バンコク大会から実施され始めたが、中国勢が勝ち続けている。日本勢初の金メダルは本番までの4カ月で、諸田がどの選択に自信を持てるようになるか、にかかっている。



木南記念で田中コーチと試合中に話し合う諸田

文/寺田辰朗 写真/中野英聡

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