世話人・王湖が平成25(2013)年4月24日、肺炎のため56歳の若さであの世に旅立ってしまった。
※写真上=王湖が11年をかけての新十両デビューを控えた昭和56年春場所前。出稽古先の立浪部屋で、うるさくアドバイスする私。直立不動で話を聞いてくれた王湖……
写真:月刊相撲
長い人生には、誰にもエポックメーキングな瞬間があり、それはたいてい鮮やかな一シーンとなって人々の脳裏に刻まれている。
相撲ファンにも必ず、自分の人生に大きな感動と勇気を与えてくれた飛び切りの「一枚」というものがある――。
本企画では、写真や絵、書に限らず雑誌の表紙、ポスターに至るまで、各界の幅広い層の方々に、自身の心の支え、転機となった相撲にまつわる奇跡的な「一枚」をご披露いただく。
※月刊『相撲』に連載中の「私の“奇跡の一枚”」を一部編集。平成24年3月号掲載の第2回から、毎週火曜日に公開します。
彼は私と同じく先々代師匠(元小結巴潟の友綱)の下に5年遅れて14歳の中学生で、北海道の釧路から入門してきた。それ以来同じ釜の飯を食ってきた仲間である。
なかなかヤンチャな少年で、性格的には私と好対照だと人によく言われたが、意外と気は合った。
二人が新しい四股名をつけたときがそうだった。姓名判断等に相当な興味を持っていた先代が、昭和51(1976)年ごろ「研究に研究の末、いい四股名を考えた」と言って、紙に3つの四股名を書いて差し出したことがあった。この中から好きなものを選べ、というわけだ。私は四股名なんてなんでも構わない、というほうだから、ろくすっぽ文字面も見ずに、「この端っこのやつでいいです」と言って左側の名前を指さした。また同じく部屋に呼ばれていた王湖も「じゃあオレはこっち!」と右側をとって、魁輝、王湖という名を決めたことがあった。
とにかく明るく物おじしない、人懐っこいことから、みんなからかわいがられた。一方、力的にはいいものを持ちながら、押し相撲に徹しきれず出世のスピードは遅かった。
普通押し相撲というとパーッと一気に持っていく相撲を思い浮かべるが、じっくり我慢強く押すのも、押し相撲力士にとっては、大事な要素である。ところが当時の王湖は、性格そのままにスカッといかないと満足しない。そこで一呼吸置いてから攻めれば楽に勝てる相手にもかかわらず、根気がないので、遮二無二突っ込んではコロリとやられるケースが多かった。
小部屋の力士がなかなか関取に上がれないのは、稽古相手に恵まれないということもあるが、一人でこなさなければいけない雑用に時間をとられる(特に地方場所)ということがある。部屋に親方など資格者がいるときはよけいに大変だ。だが王湖はそんな中でも11年をかけて新十両の座をつかんだのだった。
そして57年夏場所好成績で入幕を決め、場所後挙式、名古屋で新入幕のお披露目という人生の絶頂期を迎えたときに、好事魔多し、糖尿病を発症したのだった。成績も3勝12敗と大敗、大きなショックを受けたようだ。
結局幕内はこの1場所のみに終わったが、その後も彼は幕下落ちから地道な努力を続け、一度は十両に戻る。しかし、そこで靭帯を損傷する。それでもへこたれることなく十両復帰を手中にしかけ、勇気を絞っていた。そこに協会の世話人採用の話が起こる。少々の意地より以後の長い人生を考えて、彼は決断する。
私は、少々ヤケになったかなとも考えたが、杞憂だった。以降彼は鮮やかに、自分の役に徹する。朝の稽古場から、力士たちの日常生活の面倒見、そして酒が苦手な私に代わり後援者の接待まで。何も言わなくても分かってくれたし、協力して付いてきてくれた。本当にありがたかった。魁皇が強くなったのも、魁聖がここまで育ったのも、彼の指導によるところが大きい。
正直な話、片腕である彼には、私の停年までずっと助けてもらえるだろうと思い、安心していた。ところが、その男が突然私の前からいなくなってしまったのだ。今でもときどき、あれ、オレの目はまだ王湖を探しているな、という瞬間がある。四股名を分け合って以来、心を許し合ってきた相方に「あばよ」とはまだ言えそうもない。
語り部=友綱隆登(元関脇魁輝、現大島親方)
月刊『相撲』平成25年6月号掲載
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