1998年世界選手権400m自由形を15歳で制し、以後2004年アテネ五輪までの間、世界記録のレベルを驚異的に上げたイアン・ソープ。16歳で迎えた地元開催の2008年北京五輪でデビューし、2011年世界選手権で水着ルール改正後、男子自由形初の世界新を1500m自由形でマークした孫楊(ちなみに男子自由形個人種目で2010年以降に世界新が更新されたのはこの種目だけ)。
ふたりに共通するのは、10代で世界デビューしたということと、高身長で足のサイズも大きく、ストローク数が少ないこと。とにかく細長いふたりの体型(晩年のソープは若干肉付きが良かったですが)は、まさに「クロールで世界一になるために生まれてきた」といっても過言ではありません。両腕を挙上した状態での手先から足先までの長さが長いということは、流体力学的にはかなりの利点となります。以前、別冊「トップスイマー・テクニック」で対談させていただいた流体力学の伊藤慎一郎先生は、クロールの推定最大速度は身長の自乗に比例しているかもしれないというお話しをされていましたが、彼らのクロールを見ていると本当にその通りなのか? とも思えます。
ここでは、ベストタイムがほぼ近い400m自由形のレースにフォーカスして、彼らの泳ぎの共通点と個性について、探ってみたいと思います。
図1は、ふたりのベストタイム樹立時の、50mごとのスプリットタイムを比較した図です。ソープは2002年コモンウェルス大会(3分40秒08)、孫楊は2012年ロンドン五輪(3分41秒14)を採用しました。
ソープ 参照動画
孫楊 参照動画
https://www.youtube.com/watch?v=nIlHQWPdBec&index=11&list=PLv4g_Lrh40u8fpB7r3Kf-9yFSfbMukhhQ&t=446s
ふたりのペースを比較すると、孫の方が中盤の「タメ」が極端です。彼は1500mでもそうですが、ラスト100mがべらぼうに速く、どんな距離でも「最終的には100m自由形」にしてしまうスプリント力があります。しかし、だからといって中盤を上げてしまうと、逆にラストのキレがなくなるため、特に競り合っているときは、中盤を抑える戦術を取ることが多いです。ロンドン五輪の決勝では、韓国のパク・テファンが2連覇を狙って、ラスト100mで上がって来る孫のレースパターンを先読みして、パクは300mまでに引き離そうと前半からレースを引っ張りました。孫は、ターン前後によく左右呼吸を入れますが、その際に相手との距離を把握し、射程圏を計算しながら300mまでを冷静に過ごす…そんな感じのレースが多いです。
対してソープのレースは、この大会では最初の100mのラップをグラント・ハケット(豪州)に取られる展開でしたが、満を持して100m過ぎからソープがビルドアップ。100~300mくらいまでの区間は、孫と比べても少しですが、速いペースで展開していました。ハケットはソープとデビューがほぼ同じ時期で、ふたりは国内外で、400mや800mでは何度もこのような「名勝負数え唄」を展開してきましたが、このレースではソープがハケットの出方を一歩先読みして、150~250mにかけて早めに抜け出す戦法を取り、ハケットの中盤のチャンスを封じ込めました。ただ、さすがのソープも最後の50mは相当キツかったようで、ゴールタッチがだいぶ流れていたのが確認できます。
ソープは、先行逃げ切りのイメージが強いのですが、競るときは常に相手の出方を見ています。このレースでも、左隣にいるハケットを行きの50mは左呼吸で、帰りの50mは右呼吸で見るという具合に、器用に相手の様子を見ながら、レースをコントロールしていましたね。
こうやってみると、相手の出方によって展開を変えられるソープと、どんなレースでも最後の100mでカタをつける孫…という違いは見られますが、両者とも息継ぎのサイドを左右に構えることで、さまざまな展開に対応してきたということが推察できます。
ふたりのストロークは揃って、腕の入水後に前方へ伸ばしてグライドさせながら、そのまま反対側のリカバリーを待つ「キャッチアップ型」です。ただ、ふたりの泳ぎは極端に伸びている時間が長いため、この400mのレース中も、ふたりとも前半は50mにつき30ストロークを下回るほど、ストローク数が少ないのが特徴です。
ソープはレース後半にストローク数が増えるものの、50mの区間で1ストローク程度の増え幅ですので、割と泳ぎの技術は安定しています。反対に孫は、仕掛けどころで極端にストローク数が増えます。特にラスト50mは多いですね。どんな長距離レースでも、彼の手にかかれば「最終的に100m自由形にしてしまう」印象が強いのは、ラスト100mでの彼の泳ぎが、「2段ロケット」のような加速をしているからです。300~350mまでは、まずキックの強さを強くして一段階ギアを上げ、ラスト50mではそのキックのテンポをさらに上げて、右腕(呼吸側)のグライド局面を極端に短くしてピッチを速くして、大幅にスピードを切換えています。
キャッチアップ型の泳ぎの場合、腕を前に伸ばしてグライドしている最中は、逆側の腕がリカバリー局面なので、上肢で推進力を作ることができません。その間に、いかに速度を落とさず慣性力(水面を滑る力)を活かすか。そして、その間に入るキックの推進力の高さが、ストロークの長さに影響を与えます。
ソープは大きな足で常に6キックを行ない、その6回のキックの中で強弱をつけながら、疲労困憊を避け、かつ、グライド中に速度が落ちないようにしていました。距離が短くなるに従い、そのグライドの時間が徐々に短くなってピッチが上がる…という感じです。しかし、息継ぎと逆サイドのグライド時間は比較的短く、グライドでの伸びは「キック任せ」になっていた印象を受けます。
一方、孫は400mでは概ね6キックを使いますが、ペースを守っているときはターン前にちょくちょく脚を休ませています。ソープと異なるのは、孫は左右のグライド時間がほぼ均等で、特にレース序盤はグライド期が長いです。
ソープはフルスーツの水着を着ていましたので、全身で受ける水抵抗が小さい反面、胸郭や肩関節の動きはある程度の制限を受けていました。片方の腕のグライド時間が短くても、ストローク数的には孫と遜色ないのは、恐らく水着により水の摩擦抵抗が軽減されていたからだと考えられます。また、ソープのリカバリーが水面を這うような形になったのも、恐らく水着の圧迫によって、胸郭や肩甲帯の動きに制限がかかったからだと推察されます。
一方、孫は上裸なので、彼自身が持つ身体的資質である、胸郭や肩甲帯の柔らかさが活かせます。400mの動画を見ても、リカバリーでは比較的高いところまで肘が上がっていますね。ローリング角度も6キックの割に大きいです。このように、彼が6キックでも姿勢を崩さず、高いボディポジション保てているのは、キックの推進力の高さに加え、前へ伸ばしている手で「水面近くを滑る技術」の高さがあるからでしょう。それが、彼の常に高いパフォーマンスを発揮する、技術の土台となっているようです。
ソープは、いわゆる低抵抗水着開発合戦の口火を切ったようにも見えますが、そもそも1998年世界選手権(下記参照)で初優勝したとき、彼はブーメラン水着を着用していました。もし現行ルールであっても、タイムは若干遅れていたのかもしれませんが、彼の世界での地位はそれほど変わらなかったでしょう。
むしろ、ソープやポール・ビーダーマン(ドイツ/男子200m自由形世界記録保持者=1分42秒00・2009年)が旧ルールでここまで記録レベルを引き上げたことが、孫のようなそれに追いつこうとする選手を生み、キャッチアップ技術の進歩や、胸郭・肩甲帯の柔軟性といった視点を強化現場に芽吹かせ、現代の競技力向上に貢献していると私は考えます。
文◎野口智博(日本大学文理学部教授)
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