今回は、ティーンエイジャー時代から女子自由形長距離の歴史を変えた米国女子二人の偉人を比較してみました。
★「最強の才女」という共通点
15歳で迎えた2012年ロンドン五輪で800m自由形を制して以来、女子中・長距離の女王であり続けるケイティ・リデキー。対して、1987年に突如現れ、17歳で迎えた88年ソウル、92年バルセロナを連覇したジャネット・エバンス。
二人に共通するのは、高校時代にすでに世界のトップに立ち、二人とも世界大学ランキング3位のスタンフォード大学へ進学したことです(笑)。二人とも長距離で世界のトップに君臨し一定以上の練習量が必要なのに、あえて勉強の大変な大学へ進学したって、なんだかそれだけですごいですよね。
今回は、昭和の水泳ファンの記憶にしっかりと刻み込まれている「伝説のネガティブ・スプリット」でエバンスがソウル五輪を制した400mのレースをピックアップ。 エバンスの400mの生涯ベストは、このソウル五輪の4分3秒85。2006年にフランスのロール・マナドゥに破られるまで、18年間世界記録を保持していました。対するリデキーは、2016年リオ五輪で3分56秒46の世界新記録で泳いでいますが、ここでは、その前に樹立した記録で、なおつ映像が残っている2014年パンパシフィック選手権(3分58秒37:セカンドベスト)でのパフォーマンスを比較対象にしました。
★圧倒的なレース展開
ソウル五輪当時は、400m以上の種目のスプリットタイムが100mずつでしか記録されていませんでしたので、ここではリデキーの記録も100mずつのスプリットタイムで表示しましたが、なんと、二人のスプリットタイムのパターンが、大変よく似ているのがわかります(図1)。400mでは「胸突き八丁」とも言える200mから300mでペースを上げ、そこからさらにラスト100mで他を突き放す――そんなレースを展開していますね。
エバンスのソウル五輪は、一緒に泳いで2着に入ったハイケ・フリードリッヒをして「なんで4分5秒(当時の世界新レベル)で(私が)泳げたのに勝てなかったか、訳わからん」(要旨)のようなコメントを残していた通り、300mまでは混戦を予感させる展開でしたが、200mから300mのエバンスのペースアップについていったフリードリッヒが、自身のベストレースをしたにもかかわらず、エバンスはそこからさらにラスト100mを1分0秒45でカバー。最初の100mがスタートの影響で速くなることを考慮すると、恐らく4つのラップの中で、エバンスはラスト100mを最速で泳ぎ切ったと言えるでしょう。
対するリデキーは、エバンスからさらに1秒も速い59秒63でラスト100mを泳いでいます。そもそも彼女は200mも強い選手なので、スピードの絶対値ではそのくらいの潜在能力があるということかもしれません。
なぜ、彼女らがこういったレース展開をしてきたかは後述するとして、このレースパターンが、女子の400mで歴史を変えるための、条件の一つのように感じます。
★ハイピッチのエバンス、安定のリデキー
さて、エバンスといえば「ウインドミル」とも呼ばれたストレートアーム・リカバリーのクロールが特徴で、とにかくどんなレースでもハイピッチで泳ぎ切っていた印象がありますので、彼女らの泳ぎのテンポを比較してみましょう。
エバンスのピッチは、1ストロークサイクルあたり1.0秒から1.2秒。おおよそ現代の男子50m自由形くらいのテンポで、400mを泳いでいたことがわかります。50mずつのストローク数は平均49.25ストローク。1かき1mしか進まないながらも、このピッチで泳ぎ続けられれば、世界のトップに君臨できることを示しました。ストローク効率はいっさい考えず、2キックでエネルギー消費を極限まで抑え、さらに頭の上下動を激しくしたり、後半にも6ストロークに1回呼吸…みたいな、ノーブレスの泳ぎも入れながら、このピッチをレース後半でどんどん速くしていった様子がうかがえます。
1ストロークサイクルで2回しかキックを打たないエバンスの時代は、長距離といえばこの2キックが主流でした。エバンスの前の世界記録保持者であった豪州のトレーシー・ウィッカムも、2キックでネガティブ・スプリット(後半の方が速い)をしていましたので、そのスタンダードに沿って強化を進めていたと考えられます。
対してリデキーは、1ストローク1.2秒から1.3秒。50mずつの平均ストローク数は39.15回で、各ラップの増減幅も1ストローク以内と、安定しています。なんでこのくらいの落ち着いたテンポで、あれだけ速い泳ぎが持続できるのでしょうか?
彼女の水中での動きを参考動画の中で見ることができますが、リデキーの泳ぎは、1ストロークに4回のキックが入っているのが確認できます。ちょっと珍しいタイプですが、片腕のストローク中に2回、逆側のストローク中にまた2回のキックが入るのです。また、リデキーのキックは2キックではない選手にしては珍しく、キック幅が大きいのも特徴です。一般のスイマーのキックでは、蹴り下ろしの後半から、足首を伸ばす柔軟性に限界があるため、足の甲で水が後方へ押せなくなります。そこから先は脛(すね)や足の甲で下方向に水を蹴りつつ、推進力よりも浮力を作ることに役立たせています。しかしリデキーは、わりと蹴り下ろしが完了するところまで、足の指のあたりまで使って、しなやかに水を蹴っているのが動画より見てとれます。ですから、幅広いキックをしても高い推進力が得られ、ピッチが遅くてもキックで高い推進力を補えるのでしょう。
★カギはキャッチポイントの高さと安定性
さて、長距離で成功者となるには、最初に述べた後半どんどん速くなるペース・ワークが条件であるかもしれないと書きましたが、このようなペースコントロールができる原因は、ズバリ、キャッチポイントの高さと安定性でしょう。
エバンスはストレートアームで水にバンバン手をたたきつけるようにして泳いでいましたが、実はリデキーも、特に右腕は割と水面をたたくようにしていて、二人とも、腕の入水時の手の加速がかなり高いことが見てとれます。この入水時の手部の加速の高さは、キャッチ時の手部(手のひら)の水のとらえに影響を及ぼします。特にストレートアームにすると、より前方で、早期に水をとらえられえる利点があるとも言われます。
エバンスも、リデキーも、腕の入水からキャッチに入るのが速く、しかも二人ともかなり肘の位置が高いのは共通しています。ストレートアームとエルボーアップという見た目の違いはありますが、入水時の手部の動きの速さというのは、ハイ・ポジションで安定したキャッチを続けるための、一つの条件なのかもしれませんね。キャッチでしっかりと水を捉えているからこそ、それ以降の動きを速くすればするほど、泳速度も速くなるのです。
それにしても、米国の水泳界はこういうタレントが10年、20年ごとにポコポコ出てくるのは、本当にすごいですね。日本もそろそろ、山田沙知子、柴田亜衣の時代から10年が経ちます。彼女らを凌駕し、リデキーに挑戦状をたたき付ける女子長距離のスターの登場を、心待ちにしています。
文◎野口智博(日本大学文理学部教授)
●参考動画
エバンス 1988年ソウル五輪400m自由形
リデキー 2014年パンパシフィック400m自由形
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