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2020-10-02

【連載 名力士ライバル列伝】 横綱貴乃花編 ライバル、横綱武蔵丸光洋

平成14年秋場所千秋楽、相星決戦で貴乃花を得意の右差しから一気に寄り切りV12。前年夏場所での雪辱を果たす。貴乃花は2場所後の15年初場所引退、武蔵丸も同年九州場所で土俵を去った

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空前の相撲ブームの中心にいた貴乃花。
名大関とうたわれた貴ノ花の息子として
兄の若乃花とともに早くから脚光を浴び、
史上最年少記録を次々と塗り替える活躍を見せた。
時代を築いた曙、武蔵丸ら巨漢のハワイ勢に対抗。
平成の大横綱は、数々の名勝負を繰り広げた。
※平成28~30年発行『名力士風雲録』連載「ライバル列伝」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

全盛期の二子山勢に阻まれ
大きく遅れた横綱昇進

 華やかな「曙貴」を追い、地道に力を付けていったのが武蔵丸だ。武蔵川親方(元横綱三重ノ海)から徹底的に叩き込まれた突き押し相撲で、初土俵からトントン拍子に出世。入幕前後からは四つ相撲も覚えたが、当時は左四つになっても自分得意のかたちになるまで出ることなく、勝負が長引くことが多かった。地味な取り口ゆえ、当時の出羽海理事長(元横綱佐田の山)に「おとなし過ぎる。もっと積極的な相撲を取れ」と異例の注意を受けたことも。しかし安定感は抜群で、横綱になって4場所目の平成12年(2000年)初場所に休場するまで、55場所連続勝ち越しという大記録を作っている。

 平成6年初場所後、貴ノ浪とともに大関に昇進。武蔵川部屋での厳しい指導と稽古で、やがて右四つへのチェンジを図っていたが、その努力が実を結んだのが大関3場所目の6年名古屋場所。千秋楽に貴乃花を下手投げで裏返しにし、初の賜盃を手にした。すぐにでも横綱と期待されたが、貴乃花を筆頭に二子山勢の厚い壁に阻まれ、横綱に昇進したのはその5年後、11年夏場所後のことだった。それから15年九州場所で引退するまでの4年半、二子山勢、特に横綱後半期の貴乃花と死闘を繰り広げた。

復活を待ちわび
因縁対決の雪辱果たす

 貴乃花との対戦数は琴錦と並び最多の48回、決定戦を含めると52回と、曙貴の通算50回を上回る。武蔵丸が大関時代の対戦成績は7勝20敗、決定戦では4戦全敗しているが、横綱同士の本割での対戦は7勝1敗。貴乃花のライバルは、曙から武蔵丸に変わっていた。

 武蔵丸にとっても生涯忘れられない、平成13年夏場所千秋楽は、後世に残る大一番となった。前日、弟弟子の武双山戦で右ヒザを痛めた貴乃花に本割で勝って追いつき、迎えた決定戦。ほとんどの観客が手負いの貴乃花に応援コールを送る中、気迫に敗れるが、武蔵丸の心中には期するものがあった。待ち望んだ再戦は、それから8場所後の14年秋場所千秋楽。勝った方が優勝、という相星決戦は、またも貴乃花コールが巻き起こる中で、武蔵丸が右差しから一気の寄りで圧勝。前年のリベンジをようやく果たした。最後の貴乃花戦、最後の優勝だった。

 貴乃花、若乃花、貴ノ浪らの二子山勢に真っ向から挑むうち、武蔵丸の胸を借り強くなった弟弟子の出島、武双山、雅山が相次いで大関に昇進。一時は1横綱3大関を擁す、武蔵川全盛期を迎えた。忍耐の男、武蔵丸の時代を繋げた役割は、限りなく大きかった。

『名力士風雲録』第4号貴乃花掲載 

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