オイリーレーン

oily lane 
油が多いレーン
一般に、ボウラーが今日はオイリーだというときは「いつもよりボールがフックしない」とき。ファールラインからヘッドピンの方へ40フイートも塗布されていればオイリーで、せいぜい30フイートならドライだということが多い。オイルは、本来はボールの衝撃と絶え間ない摩擦からレーンを保護するもの。一方、ボウラーのスコアに大きな影響を与えるので、レーンコンディションの知識(オイルの分布を読む技術と対処法)が必須となる。

オイル 

oil
油 
レ-ン表面に塗布する油。レーンコンディショナーと呼ばれ、表面の保護とボ-ルの走り、曲がりを決める重要なもの。また、高性能ボールの多くは、レーン表面のオイルを吸収しながら性能を発揮するタイプなので、日常的に「オイル抜き」をしなければならない。ある説では、ボールの寿命はオイル抜きにあるといわれており、そのボールに合ったメンテナンス知識が重要となる。

オイルショック

oil shock 
石油危機
1973(昭和48)年、中東戦争の機にアラブ石油産油国が原油の減産、値上げ、禁輸を断行、世界のインフレを招いたことを指す。折しもブーム絶頂でレーン過剰期(全国で12万1000レーン以上)だったわが国ボウリング産業に壊滅的打撃を与えた。その後1977年にはほぼ4分の1の2万4000レーンまで落ち込むことになった。

オイルゾーン

oil zone
油のある一帯・場所
レーン上でファールラインからヘッドピンの方へオイルが塗られているエリア。オイルはすべてのエリアで均一に塗られていることはほとんどなく、レーンでは縦方向の距離と横方向に作為的に濃淡がつけられており、攻略にはいろいろな技術がある。

オイル抜き

リアクテイブウレタンボールは、表面にオイルがあると、曲がり幅が板目で3−5枚減少する。
また、パーティクル系(微粒子)のカバー素材は、オイルや極めて微細な埃が入り込むといわれ、独特の質感や曲がりの切れ味が明らかに損なわれてくる。この現象はゲーム数増加と同時に進行する。常にボール表面に注意して、輝きが曇ってきたら、必ず入念なクリーニングを施すべきである。オイル抜きの方法はいろいろだが、日常はボールクリーナーでふき取り、50―60ゲーム経過したら家庭用洗剤で水洗いする。また、加熱して滲み出てくる、ぬるぬるしたものは可塑剤なので、高温ではやらないこと。水洗いはバケツに水かぬるま湯(40―45度、熱湯は不可)を入れて洗い、表面活性剤で仕上げる。加熱は短時間、一定の熱を加えてオイルを抜く機械を使用。仕上げには表面活性剤を使用する。

大外 おおそと

way outside
コーナーアングルと呼ばれる5枚目よりも外側の、板目2―3枚目など超コーナーアングルをいう。

オートマチックスコアラー

automatic scorerer
スコアを自動計算、表示するコンピューターボウリングマシン。AS(エー・エス)と略称する。1980年代から広まり、93年頃には90%まで普及した。開場20―25年を経たボウリング場が競って導入、同時に建物内外を大幅にリニューアルした。大型テレビ画面でビジュアルなゲーム感覚を味わえるコンピューターボウリングは、若者に人気を博した。センターの売り上げは20―30%増で第2のブームといわれ、ボウリング専門会社(AMF、BW、BM、OD)以外の電子機器メーカー(オリベッティ・シャープなど)が参入、ボウリング産業の裾野が広がった。

オートマチックピンセッター

automatic pin setter
自動的にピンをセットする機械。1930年代までは、散乱したピンを人力で集め、セットするピンボーイがいた。しかし欠勤が多く、あてにならない働き手だったので、業界は人員の確保に苦労していた。世界大戦後の1946年、ニューヨークでAMFが発表した自動ピンセッターは、都市生活者が郊外へ生活拠点を求める米国人の時代風潮と一致、広大な大型センターを建設するブームを招いた。オートマチックによって、業界は深夜営業が可能となり、さらに昼間の時間帯でジュニアや婦人層の開拓に成功、36週間以上が基本となる長期のリーグボウリングの全盛を招いた。

オーバーターン

over turn
リリースで手首をひねりすぎ、ボールを内側へ引っ張ってしまうこと。

オーバルグリップ

oval
卵形の・楕円形の grip 握り
リリースの動きをよくするため、あらかじめ大きめにドリルした指穴に挿入する、ゴムやプラスチックの製品。親指穴には横に広いオーバル状のものを好むボウラーが多いが、慣れないと指抜けが悪くなるケースもある。

オープン、オープンフレーム 

open、 open frame
ストライクミスまたはスペアミス。

オープン選手権

open 公開された championship
プロ・アマなどの区別または「参加資格の制限がない」選手権試合。陸上競技でオ-プン種目という場合は、プログラムにはあっても大会の正式競技でない場合を意味する。

オープンバック

open back
バックスイングで肩を後ろに引くスタイル。半身の姿勢から、手首や肩、肘を柔軟につかって、インサイドアウトのスイングでボールに強い回転を与える。PBAのクランカーは、このスイングが主流となっている。

オープンプレー

open play(和製英語)
英語でwalk in(ちょっと立ち寄った人)。業界用語では、一見さんといい、常連と区別する。毎年3000万人の参加人口があるボウリングだが、来場回数は年平均4―5回。友の会やリーグに参加していない顧客を指す。総売上の大半(大型センターで8割以上)を占めるオープンプレーは、10歳代から30歳代半ばまでの若者が中心。ヤング世代の需要に依存している産業は、人口構造の激変にどのように耐えるのか大きな課題となっている。

オ-ルイベンツ

all events
選手権大会で、全種目の合計得点を指す。通常はチーム戦3Gと個人戦3G、ダブルス3Gの総合計(9G)をいう。または、試合の上位者による優勝決定戦のこと。

オールウエー

all way
ずっと、全部
第2フレーム以降からストライクを続け、第10フレーム3投目までストライクで締めくくること。

起きる

リリースされたボールは、回転軸の移動をともなって、スキッド→フック→ロールと変化する。
ボールは、最初オイルの上を滑走(スキッド)するが、摩擦でしだいに速度が失われ、放球時に与えられた本来の回転が生き帰って(ロール)、自らの回転が始まりフックする。この変化を「回転軸の移動が起きている」と表現するが、次第に回転方向と進行方向が一致しはじめるので、最後はただゴロゴロと前進するのみ(ロールアウト=死ぬ、たれるという)となる。また、ボールのパワーは、起き上がる直前でピンにヒットすると最大となる。起きる動きが続いている間は滑走状態なので威力は出ないが、回転軸の変化が収束する瞬間を捉えることが大切となる。

遅い

slow
スロー
いつもと同じスタンスに立ち、いつもと同じターゲットを通したが、いつものように①―③ポケットを打てずに、ボールが①―②番ピンの方へ曲がっていってしまうようなレーンの状態。簡単にいえば、いつもより曲がるレーンを指す。大勢のボウラーが投げた後や、もともとレーンの手入れが悪いか、まだレーンクリーニングやオイリング整備をしていない状態。

オフィシャルハンディキャップ

official 公式 handicap
ブーム時代、センター主催の行事には、基準アベレージを持たないまったくの新人でもトーナメントに出場した。そこで性別、年齢別の一律ハンディを設定する慣習が生まれた。その後、不合理な属性別ではなく、実力(アベレージ)によるハンディが普及し始め、オフィシャルハンディキャップと呼ぶようになった。

オフセット

off set
正しい位置からずれている
機械がピンを正しい位置にセットせず、正しいピンスポットからずれている状態を指す。公式競技でオフセットがあった場合、審判員か競技委員に申告して、リセットしなければならない。

オフバランス    

off balance
バランスを崩す
ボールのドリルでルールの範囲外にあること。または、ルール内で故意にボールのバランス配分を崩して、曲がりや回転を変える工夫などを指すことがある。投球フォームでは、右肩が極端に落ちたり、腰高で下半身と上半身のバランスが悪いときに言うことがある。

重い

アプローチのスライディングエリアが、あまり滑らない状態をいう。逆に滑りすぎるときは軽いと表現する。最近は、靴底のパーツを手軽に張り替えられるタイプのシューズもある。

オリンピック

Olympic
五輪競技
神々への信仰に結びついた古代オリンピック(紀元前776―紀元394年まで、1200年以上続いた)と、フランス人ピエ-ル・ド・クーベルタン男爵が提唱した近代オリンピックがある。国際競技大会の近代オリンピックは、1896年に発祥の地、ギリシャから始まり、4年ごとに開催されている。
1936(昭和11)年ベルリン大会開催時に「ドイッチェホ-ル仮設レーン」で、オリンピックをしのぐ3万人の入場者を得て行われた「国際ボウリング競技大会」を指して、ボウリングが初めてオリンピックゲ-ムに採用された…という説もあるが、正確ではない。ナチス式敬礼で入場する壮大な写真があるが、残念ながら五輪公式イベントではなかった。当時「ボウリングの父」と呼ばれる米国のジョー・サムは、国際ボウリング協会会長として、IOC委員会にボウリング種目公認を強く働きかけたが、時期尚早で実現しなかった。結局、ボウリングがオリンピックに初めて公式に登場したのは、1988(昭和63)年のソウル大会で、「エキシビションステータス」の種目となった。IOCによれば、これは将来メダルスポ-ツ(正競技)に昇格する可能性を示すものというが、運悪くオリンピック縮小の時期にあり、悲願はまだ実現していない。

オンアリム 

on a limb 
孤立して危険な状態
チ-ム戦で、他の全員がストライクを決めたときのアンカ-マンの心理状態。絶体絶命…。


This article is a sponsored article by
''.