69連勝という不滅の大記録を
樹立した無敵・双葉山。
その存在の前には
横綱ですら脇役になったが、
時におびやかし、ときに引き立てる
名脇役がそろっていた。
※平成28~30年発行『名力士風雲録』連載「ライバル列伝」を一部編集。毎週金曜日に公開します。
大金星だけでない双葉山時代の名脇役その瞬間、国技館には雷が落ちたかのごとく大音響が響き渡った。昭和14(1939)年春場所、連勝を続ける無敵・双葉山の連勝がストップしたのだ。相手は初顔合わせの平幕力士、のちの第37代横綱安藝ノ海。横綱してより、双葉山の70連勝を止めた男として知られ、昭和大相撲史上、最もドラマチックな場面を提供してくれた力士だ。
昭和11年春場所7日目から始まった双葉山の連勝は、13年夏場所を終え66まで伸びていた。双葉山に勝てない他の一門は忸怩たる思いを抱え、特に大卒経歴の頭脳派・笠置山を参謀長とする出羽海部屋は、双葉山の弱点を徹底的に研究。巻き返しを図るべく望みを託したのが、実力者五ツ嶋と急成長してきた安藝ノ海だったのだ。
その作戦はみごとに功を奏した。昭和14年春場所、五ツ嶋こそ初日に寄り倒しに退けられたが、4日目、運命の日を迎えた。結果はまさかの安藝ノ海の勝利。出羽海一門一丸となっての知恵と対策が、左からの外掛けとして実を結んだ。
大金星で自信をつけた安藝ノ海は、続く夏場所で双葉山に雪辱を果たされる。以降8回の対戦で、双葉山を破ることはできなかったが、毎回国技館を沸かせる大勝負を繰り広げ、大横綱を追い詰める場面もあった。あの一番を境に地力をつけ、三役から横綱へと駆け上がり、双葉山と並んで綱も締めた。双葉山は語らずとも安藝ノ海に特別な思いがあったことは否めないだろう。安藝ノ海は、大金星を挙げただけではない。最も双葉山に肉迫した力士だったのだ。
『名力士風雲録』第10号双葉山掲載