
2007年夏の甲子園で佐賀北高を全国制覇に導いた百﨑敏克氏が17年夏の大会を最後に、監督を勇退。その指導人生を振り返った。
1956年生まれ。佐賀北高では甲子園出場こそ果たせなかったものの、主将、中堅手として活躍したが、進んだ国学院大では競技を継続しなかった。地元・佐賀の教員採用試験をストレートでパスし、大学卒業後すぐの80年に国語科教諭として佐賀農芸高(現・高志館高)に赴任。高校野球の指導者人生がスタートを切る。
「大学まで野球を究めていない後ろめたさのようなものはありましたけれども、高校野球の監督となって甲子園を目指したいという気持ちは持っていました」
しかし、初任の佐賀農芸高は百﨑が監督となった80年時点で夏の佐賀大会で未勝利のチーム。85年に白石に勝利し(2回戦)、夏の初勝利を挙げるまでに百﨑も6年を要した。
「部員が少なく、ボールが一袋しかない状況からのスタートでした。野球経験者もほとんどいなかったんです。甲子園という大きな夢を持っていましたが、そこには大きなギャップがあることを感じる日々でした」
このころの百﨑が「本当にお世話になった」と語るのが、当時、佐賀県内でも屈指の実力を要した佐賀商高の板谷英隆監督(故人)と田中公士部長だった。田中はのちに監督となり、94年夏に全国制覇を果たす。
「弱いからなんて関係ないと、2日続けて試合をしてもらったこともあります。勇気づけられて、お願いするのも気が引けていた県外の強豪チームとも試合を組めるようにもなってきました」
佐賀農芸高では8年間、指揮を執った。最後の87年夏は2回戦で敗退したものの、相手はその年に甲子園に出場する佐賀工。延長戦の末、1対2という好ゲームを演じるまでになった。そして、88年に体育コースが新設された佐賀東高に異動。「選手が集まりやすく、ここでなら勝てる」との感触を得ていた。
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