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2020-12-24

【ボクシング】無敵チャベスに初黒星をつけた男、フランキー・ランドールが59歳で死去

ランドールは“外科医”のニックネームがぴったりの技巧派だった

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元世界スーパーライト級チャンピオン、フランキー・ランドール(アメリカ)が、23日、アメリカ・テネシー州モリスタウンで亡くなった。59歳の若さだった。ランドールはWBC、WBAで同タイトルを3度奪っているが、とくに1994年、89連勝を続けていたフリオ・セサール・チャベス(メキシコ)からダウンを奪って判定勝ちした一戦は歴史に刻まれている。

 アラバマ州バーミンガム生まれ、テネシー育ちのランドールは5度もゴールデングローブ選手権のチャンピオンになったほか、263勝23敗のアマチュア戦績を残し、1983年にプロ転向した。“サージャン(外科医)”の異名をとるクールな技巧派として、じっくりとキャリアを積み上げ、プロ12年目にチャベスに勝って、初めて世界チャンピオン(WBC)になった。

 このタイトルは4ヵ月後の再戦で、1-2の負傷判定でチャベスに取り返されたが、その4ヵ月後、ファン・マルチン・コッジ(アルゼンチン)を3度倒して判定勝ちし、WBAチャンピオンとなった。3度防衛した後の1996年、コッジとの再戦に、やはり負傷判定で敗れて陥落。同年、コッジとの第3戦に判定勝ちしてチャンピオンに返り咲いた。

89連勝不敗のチャベスを破った一戦は歴史に刻まれる

 1997年、フランスをベースに戦っていたモロッコ人カリ・ライルーにTKO負けして無冠になってからは、苦しいキャリアが続いた。やがて、若手のテストマッチ要員となり、7連敗、5連敗を含んで5勝13敗と大きく負け越した。3連続ストップ負けが続く中、2005年にリングを去っている。

 引退後は健康を崩し、最近は施設で療養していた。今年の春、ボクサー時代のダメージが原因と思われるパーキンソン病と、家族が病状を明かしていた。

「私たちと過ごしたすばらしい時間しか憶えていません」と話すのはトレーナーだったアーロン・スノーウェル。「キャンプを張っている間中、フランキーは『僕は仕事(ボクシング)が好きなんだ。だから、トレーニングをする』と口癖のように言っていたのを思い出します」と故人をしのんでいた。

 ランドールがプロのリングで残した成績は77戦58勝(42KO)18敗1分というものだった。

写真◎ゲッティ イメージズ

ボクシング・マガジン 1月号

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