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2017-06-26

富山の高校野球界を活性化できるか!? 高岡第一・村本忠秀監督の改革

村本監督が整備した高岡第一のグラウンド

一部地域ではすでに始まった選手権都道府県大会。
7月13日から始まる富山大会で大金星を挙げようと狙っているのが高岡第一である。

1981年に選手権、2000年に選抜と過去には2度の甲子園出場を果たしており、阪神・高橋聡文や日本ハム・森本龍弥などプロ野球選手も多く輩出している。
しかし、近年はなかなか上位進出を果たせていなかった。

そんな高岡第一野球部を建て直すため、白羽の矢が立ったのが同校OBの村本忠秀監督だ。
村本監督は社会人・NTT西日本の監督を務め、05年には日本選手権準優勝を果たした。06年に監督を引退した後は、社業の傍ら甲子園の解説も行っていた。

そうした中、母校の監督になってほしいという依頼がきた。

「解説をやっていたので野球とのつながりは常にありましたし、好きな野球にもう一度かかわれるのは魅力的でしたが、この年になって今の仕事の地位を捨てるのもなあとやはり悩みましたね。
ただ、娘2人が『毎日遅くまで疲れた顔して働いているよりも、監督に挑戦したほうがいいよ』と背中を押してくれて、この話をお受けすることにしました」

こうして2016年の4月から高岡第一で指揮することになった村本監督だったが、最初は高校生を相手に戸惑うことも多かったという。

「話をして『分かった?』と聞くと『ハイ!』と返事をするのですが、本当はちゃんと理解していなかったり(笑)。それぞれの選手たちがどれくらいの知識を持っているのか、理解しているのかを把握することも大変でした。また、練習着がバラバラのTシャツだったり、チームとしてのまとまりを欠いていた。技術の前に野球選手としての心構えを説くところから始まりました」

また、環境の整備も一からすることになった。
全員で雑草を抜き、グラウンドの石取りを行った。また、保護者や知り合いの協力を得て、ブルペンや更衣室などを新設した。

「実は社会人監督時代から芝生の植え替えなどもやっていました。グラウンドの水撒きは得意なんですよ」

こうした取り組みからチームは少しずつ変化し、昨年の秋季富山大会では13年夏以来のベスト4入りを果たした。
また、公立志向の強い富山県だが、今年は県内の中学硬式野球で名を馳せた複数の有力選手が「高岡第一で野球をやりたい」と入部してきた。


「今は高岡第一の基礎をもう一度作り直している段階」と語る村本監督だが、目標はもっと上にある。

「甲子園の組み合わせ抽選会で富山代表と当たった学校が『ヨッシャー!』と言うんです。それはすごく悔しいですよね。甲子園に出場できたとしても1回戦、2回戦で終わってしまっては意味がありません。私はNTT西日本監督時代に岸田(護・現オリックス)、脇谷(亮太・現巨人)といった豊富な戦力がありながら準優勝に終わり、それが心残りでした。その雪辱を晴らすチャンスをもらえたのかなと思っています」

富山県の選手権での勝率・勝利数はともに山形県に次ぐ全国ワースト2。選抜も勝率が43位、勝利数が45位という結果に終わっている。
今年の夏、高岡第一が富山球界を活性化させる起爆剤となれるのか。
村本監督の改革は始まったばかりだ。

<村本監督のインタビューはベースボールクリニック8月号(7月15日発売)に掲載予定です。>

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