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2021-01-21

【プロレス事件簿】みちのくに衝撃が走った―― 拳王がNOAH参戦を表明! 2013年

2013年12月13日、NOAH参戦を表明した拳王

2013年12月13日、みちのくプロレス後楽園大会で、拳王がNOAH参戦と東北ジュニアヘビー級王座のベルト返上を表明。エースの突然の離脱表明。みちのくプロレスに大激震が走った。

 2013年12月13日、みちのくプロレス後楽園大会で衝撃が走った。メインイベントで団体のフラッグシップタイトルである東北ジュニアヘビー級王座を防衛したエースの拳王が、新崎人生コミッショナーにNOAH参戦と同ベルト返上を表明したのである。

「新崎(前)社長、拳王というリングネームはアナタがつけてくれました。はじめは拳王かよ…って思ったりもしましたが、東北六県、そして今日は後楽園でお客さまから『拳王!』という声援をいただき、オレはこのリングネーム、今ではとても愛着を持っています。この拳王という名を高めていくため、レスラーとしてもっともっと上を目指していくため、オレはこれからNOAHのリングで闘いたいと思います。そして今日ここで、このベルトを返上します」

 当時、拳王はキャリア5年9カ月の28歳。フジタ“Jr”ハヤトと並ぶみちのくのエースだった。東北ジュニア王座にはすでに2度戴冠。プロレスラーとして上を目指すためには現状を抜け出して、よりいっそう大きな舞台で勝負したいという衝動に駆られるのは当然だった。

 そんな弟子の向上心に対して、人生は「NOAHへの道はオレが作るから、あとは自分で上がっていけ」とバックアップを約束。拳王はバックステージでも野望を語った。

「このプロレスラーという職業はオレに一番合ってる仕事だと思う。この職業に人生を懸けて、今後歩んでいきたいと思う。ありきたりな言い方だけど、このプロレスラーという職業は最高だよ。だからこそ、このプロレスラーでオレはテッペン、上からの景色を眺めたい」

「今、ここで約束する。オレはプロレスラーとして、みちのくプロレス、拳王という名前の名付け親のためにもプロレス界のトップになるよ。それが新崎人生、この道に導いてくれた最高の恩返しになると思うから」

 拳王は翌年からNOAHにレギュラー参戦。2015年3月より正式に移籍を果たし、2017年12月にGHCヘビー級王座を初戴冠。現在は金剛のリーダーとしてGHCナショナル王者としてNOAHの中心選手として活躍している。

 昨年12月26日、NOAH後楽園大会で拳王と5年半ぶりにタッグを組んだ人生は「みちのくプロレス出身で今、一番のプロレス業界での出世頭。非常に嬉しく思っています」と自慢の弟子について語っていた。当時は賛否両論を巻き起こした28歳の決断が正しかったのか、間違っていたのか。その答えは言うまでもない。
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