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2021-03-21

With コロナ時代のダンス医科学の可能性を探る

Photo by Alexandre Schneider/Getty Images

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1都3県への緊急事態宣言延長中の3月14日(日)、第11回日本ダンス医科学研究会学術集会(会頭:浦辺幸夫・広島大学大学院医系科学研究科教授)がオンラインで開催された。本学術集会の講演のなかから、日本ダンス医科学研究会が2020年7月に情報発表した、新型コロナウイルス感染予防の観点から作成したダンス練習再開に向けた注意事項「Return to Dance program」について紹介する。

「Return to Dance program ~科学的および医学的視点から

「Return to Dance program」の作成にあたったのは、同研究会の代表理事を務める水村(久埜)真由美氏(お茶の水女子大学基幹研究院教授)と医師の北條達也氏(同志社大学スポーツ健康科学部教授)。北條氏が医師の立場から新型コロナ感染予防について、水村氏が運動生理学の研究者の立場からこのガイドラインについて講演された。

『人との距離をとる、手洗い・マスク着用、体調管理』(北條医師)

 北條医師は、日本テニス協会の医事委員とアンチ・ドーピング委員を務めている。新型コロナ感染予防を踏まえた活動再開の参考事例として、テニス協会の例を紹介した。

「1年前の2020年春は、東京オリンピック・パラリンピック競技大会の1年延期が決まり、スポーツ界はセンバツ高校野球をはじめスポーツ大会が中止。多くの大学でも体育会のスポーツ活動がほぼ休止になりました。その後、スポーツ団体などがそれぞれ活動再開に向けてガイドラインやチェックリスト作成し、徐々にスポーツ活動が再開されていきました。私が関係している日本テニス協会では、一般のテニス愛好者向けに安心・安全にテニスをするためのリーフレットを作成し、配布しました。お互いに感染を予防するという点に重点を置き、体調チェック、三密回避・手洗い・マスク着用、そしてプレー中にお互いの距離をとることなどを基本とした内容です。」

「テニスの試合再開としては、最初に、シングルスの4ゲームマッチのイベント「BEAT COVID-19 OPEN」(日本テニス協会主催)を7月に行いました。無観客、セルフジャッジの大会であり、会場のゾーニングと健康管理を徹底しました。ゾーニングではPCR検査を受けた選手・スタッフと、そのほかのマスコミなどの人たちが接触しないように通路を3つに区分。健康管理では試合前後14日間にわたって選手・スタッフが体温・体調チェックを報告しました。」

「その成功を受けて10月末には東京オリンピックのテニス会場となる有明テニスの森で全日本選手権を開催しました。選手・コーチ・トレーナー・審判は大会直前(1週間前)にPCR検査を受け、関係者は全員、毎日ウエブから体温と体調を報告する健康管理を実施。大会前後2週間にわたり体温と体調を確認しました。ここまで厳格にやれば感染者を一人も出すことなく大会が開催できることがわかりました。」

『気が緩んだときに感染リスクが高まる』(北條医師)

 しかし、テニスは社会的距離が確保できるスポーツであり、これをそのままダンスに置き換えるのはなかなか難しいと北條医師は言う。

「コロナウイルス感染症は、風邪のウイルスです。種類としてはRNAウイルスであり、非常に小さく、空中浮遊しやすいという特徴があります。症状は風邪と同じ発熱、空咳、倦怠感であり、潜伏期間は5~6日、長くて14日。それが肺にまで到達すると肺炎を起こし、命にかかわってきます。若い人は軽度や無症状で収まることが多く、逆に感染しても気付かないという状況が多々あることから、このことが感染を広める温床となっています。」

「飛沫からの拡散が感染の一番大きな原因であるので、それを避けるために人との距離をとることが大切ですが、ダンスでは難しい面があります。公演では一幕を短くし、教室では休憩時間をなるべく長くとって、空気を十分に入れ替えられるようにする、ステンレスのスチールに付着したウイルスは2~3日残存し、それを手で触って、口や目をこすることで感染することがあるので、バーなどは定期的に除菌するなどの工夫が必要です。」

「もちろんダンス時に一人一人が行う感染予防も大事であり、原則マスクの着用が勧められます。ただしダンス時の常時着用は、呼吸困難や熱中症の恐れがあり、これも難しい状況があるので、可能な限りマスク着用というのが現実的であると思います。また、接触リスクを減らす意味では、できるだけ共用しなくてすむものは共有しないようにすることも大切です。」

「ただ、私がこれまで見てきて感染リスクが高いと思う行動や場面は、ダンスのレッスンをしているときよりも、そのあと一緒に食事をして会話するといった、気が緩んでマスクをするのを忘れてしゃべってしまうときではないかと推測しています。」

『モラルハザードを防ぐ指導が大切』(北條医師

 確かに新型コロナウイルスでは会食などによるクラスター(感染者集団)がたびたび発生している。スポーツ界では寮生活をしている学生に感染が広がった例などもある。しかしそれも踏まえて重要なのは、モラルハザード(倫理観の欠如)を防ぐことだと北條医師はいう。

「私が勤務している同志社大学のラグビー部では、全国大会直前に感染者が出て、大会出場を辞退しました。学長は、大学選手権を目前に控えながら早期に適切な対応をとった学生を誇りに思いますと述べましたが、確かにその通りです。若い人は軽症者が多いので、感染を疑う症状がでてもあえて黙ってしまう、症状がでていなければわからないので大会欠場を避けるためにチームとして隠してしまうということが、あり得ないことではありません。このようなモラルハザードを防がなければ、感染はさらに拡大し、スポーツ活動再開のリスクにもなります。」

「現在はほとんどのスポーツが再開され、ダンスも再開されています。首都圏では感染者数の下げ止まりが続いていますが、国内感染者数が多いときには持ち込まれるリスクが高いことを認識して教室や公演を運営することが大事です。対策グッズを用意する、ゾーニングを行う、体調管理を実施するなど、現場の感染対策をきっちり行うこと。今後はPCR検査が受けやすくなると思われますが、PCR検査の実施も考えたほうがいいと思います。そして、啓発・啓もうとして、人との距離をとること、手指消毒、マスク着用はもちろんのこと、体調不良を隠さないこと、休む迷惑よりも体調不良を隠して参加 して感染を広げてしまうことのほうがよほどよくないということを、教室では生徒に伝えていただきたいと思います。」

『活動を制限すると体力が低下し、熱中症のリスクが高まる』(水村代表理事) 

 ダンサーの体力や巧みな動きに関する研究を行う水村代表理事は、ダンスの練習再開に向けた注意事項をまとめたガイドライン「Return to Dance program」において、特に強調しておきたい体力面に関する内容を最初に説明された。

「ダンスは非常に激しい運動です。緊急事態宣言解除からダンスを再開にするにあたって、動いていないということが身体に与える影響について、ぜひ知っていただきたいと思い、ガイドラインには不活動による身体への影響および熱中症のリスクについての項目を追加しました。」

「昨年、緊急事態宣言発令後、外出自粛、教室の営業休止、公演中止により、歩く運動すらしない状況が1カ月くらい続きました。不活動の状態が4週間以上に及ぶと、筋力、持久力、柔軟性などの体力全般が低下します。それまで楽にできていた運動が相対的に負荷の高い運動になります。特にダンス再開直後には、ケガや体調不良のリスクが高まりますので、段階的にダンス活動に戻っていくことを考えなくてはいけません。」

「また、体力が低下すると熱中症のリスクが高まります。人間の身体は環境に対して徐々に適応していきます。熱中症は、7月や8月と同じくらい、まだそれほど平均気温が上がっていない4月、5月に、気温や湿度が急に高くなった日も危険です。現在も首都圏では緊急事態宣言が続いておりますが、解除後のダンス再開時には、体力低下の影響もありますので、暑熱順化の期間を長めに設定する必要があると思います。」

 水村代表理事によると、4週間活動を休止した場合、低下した体力が回復するには約8週間かかるという。ダンス活動の再開は段階的に進める必要があり、「Return to Dance program」には、感染予防と体力の回復に留意した、緊急事態宣言からのダンス練習再開プランが盛り込まれている。ダンサーやダンス指導者にとって、大いに役立つ内容である。 

『ダンスに特化した注意事項―音楽の音量は通常より小さく』(水村代表理事)

 コロナ禍におけるダンス再開では、感染拡大リスクの排除と感染予防対策を徹底する必要がある。「Return to Dance program」では、基本的な注意事項とともにダンスに特化した注意事項についても触れている。

「基本的なことですが、発熱時や感染が疑われる症状がある場合にはダンスをしない、体調に異変を感じる場合は熱がなくてもダンスを中止することが大切です。体調は記入カードを使って、日々の現状把握をするとよいでしょう。体重を記録することでやせるダイエット法がありますが、体調を毎日記録して自分の身体と向き合うことで、体調の自己管理能力が向上します。」

「ダンス練習を行う環境面では、運動時にはドアや窓を2か所以上あけて換気を徹底、窓がないスタジオでは扇風機や空気清浄機を備えるといった工夫が必要です。ドアノブ、手すり、バーなどの共用部分はこまめに消毒し、飛沫は下に落ちるので床もしっかり消毒します。参加者や講師には、手指消毒、人との距離を確保する、用具を触った手で顔を触らない、汗を拭くタオルは自分のものを使うか使い捨てのものを使うなどの注意も欠かせません。」

「ダンスに特化したところでは、練習時間を短くして、ダンサーが入れ替わるたびに消毒し、いつもより換気時間を長めにとる、1クラスの人数を制限してたくさんの人が入らないようにする、床に人との距離を示す2メートルの表示をする、移動を伴う練習では前のグループが動き終わってから次のグループが入るなど。これらは海外のガイドラインを参考にしました。」

「また、音楽はダンスの特徴の1つでもありますが、音量が上がると指導者の声も大きくなり、発話による飛沫がより多く飛ぶことになります。音楽の音量は通常より小さくし、練習中の私語は避けるということも、注意事項として触れました。」

「マスク着用については、屋内での練習ではマスク着用が基本ですが、熱中症や体調不良に十分に配慮しなければなりません。屋外での練習では人と距離が十分にとれるのであれば、マスクを外し、練習後は速やかにマスクを着用します。感染リスクは更衣室や楽屋にもありますので、着替えるときもマスクを着用、私語は禁止、密にならないように入室人数を制限します。」

「スタジオから感染者が出た場合に濃厚接触者を特定できるように、スタジオに入ってから出るまでの行動記録をつけてもらい、スタジオ管理者が把握することも大切です。更衣室もトイレも利用しなかった人と、更衣室を利用し、着替えるときにはマスクを外し、シャワーを浴び、練習前後にトイレに行ったという人では、滞在の仕方が異なります。行動記録をつけることは、体調管理と同様に、感染予防の啓もうにもつながると思います。」

 『ダンスをとめないための情報発信を続ける』(水村代表理事)

 新型コロナウイルスの影響で、一時は数多くの劇場公演が延期・中止に追い込まれたが、日本では徐々に公演が再開している。

「海外の状況を考えますと、日本はかなり早くから公演活動を再開しています。感染対策にもいろいろな工夫がみられ、例えば、新国立劇場では、来場者の密集を避けるために1階と2階で開場時間を変えて時間差入場をとっています。ほかにも、濃厚接触者を特定できるようにお客様に座席番号と名前と連絡先を記入してもらう、チケットのもぎりをなくす、パンフレットは自分でもっていく、鑑賞後のアンケートをオンラインで行う、ブラボーといった声かけは禁止、ロビーの椅子を同じ方向を向けて一席ずつ距離をとる、マスク着用で会話を控える、終演後の来場者の退場が分散するようにアナウンスするといったことが行われています。」

「昨日(3月13日)、ブロードウェーの劇場が閉鎖されてから1年を迎え、ミュージカルや演劇産業を盛り上げるために、ダンサーたちによるサプライズイベントが現地で開催されました。ダンスをとめないために、地球規模でいろいろな方たちが活動されています。その一人として何ができるのかを考え、研究会からもさまざまな情報を発信して、みなさまと一緒にダンスをとめない歩みを進めていきたいと思います。」

 水村代表理事が紹介した「Return to Dance program」のガイドラインは、日本ダンス医科学研究会のホームページ(https://www.jadms.org/return-to-dance/)に掲載されており、ダウンロードが可能である。With コロナの時代の今、スポーツやダンス活動を安心・安全に行うための参考にしていただきたい。

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