9年前のロンドンでは村田諒太がこのクラスの金メダルに輝いた。重量級のパワーと中量級の速さが織り交ざる世界最強のクラスで、村田はよくぞ勝ち抜いたものだと今でも思う。そして、今度の東京では新しい伝説誕生を目撃できるかもしれない。無類のスタミナと馬力に豪打を持つ怪物が、この階級を闊歩しているのだ。そして、うまくいけば、日本の森脇唯人(自衛隊)がその怪物と対決するチャンスをつかめるかもしれない。男子ミドル級(75キロ級)
シード選手
1
オレクサンドル・ヒズニャク(ウクライナ)
2
グレブ・バクシ(ロシア)
3
エベルト・ソウザ(ブラジル)
4
エウミル・マーシャル(フィリピン)
日本代表
森脇唯人(自衛隊)
オレクサンドル・ヒズニャクの存在感は圧倒的である。2017年以降、主だった国際大会では負けがない。その強さを見て、ウクライナ国内では“ロマチェンコ2世”と呼ばれているらしい。ワシル・ロマチェンコは北京、ロンドンと2つの五輪を制し、プロ3戦目で世界王座獲得、12戦目で3階級制覇を成し遂げた今を往く“伝説”である。ヒズニャクはその2世とは言われても、その強さだけを見てつけられた呼び名であることは間違いない。なにしろ、ロマチェンコは現代ボクシングの最先端を走る無類のテクニシャン。ヒズニャクのスタイルとは正反対なのだ。
ガードを固めてゴツゴツと前進に次ぐ前進。至近距離にたどり着くと真っ向勝負。石の礫を叩きつけるような右パンチ、あるいは鎌で刈り取るような左フック。すべてが強力だ。そして、どんなに相手が怯もうと手を弛めず、無慈悲に打ちのめしく。まさしく野獣のごとく。しかも、3分3ラウンド、休みなく力いっぱいにやり合える、とんでもないスタミナもある。
森脇(左)はアジア予選で敗北したムサビとの再戦に勝てば、新たな伝説と対決できる 森脇唯人はもしかすると、このヒズニャクと拳を交えられるかもしれない。1回戦で当たるセイエドシャヒン・ムサビ(イラン)に勝ったら、トーナメント表ではこの無双のファイターとの顔合わせになる。サウスポーのムサビには昨年のアジア予選で敗れているが、森脇が188センチの長身を生かして、うまく突き放して戦えれば、乗り越えられない壁ではない。五輪という大舞台、どうせ戦うのなら最強の相手が望ましい。本人もそう考えているはずだ。
ともあれ、今、ヒズニャクと互角に戦えそうな選手はと探してみても、行き当たるのはグレブ・バクシの名前しかいない。バクシはヒズニャクが欠場した2019年の世界選手権優勝者で、やはりインファイトに持ち味がある。ショートパンチを上下にうまく打ち分けるし、クロスレンジの攻防での守りもうまい。6月のヨーロッパ予選決勝で、ライバルと対戦。バクシは判定負けはしたものの、最後の最後まで一歩も引かずに打ち合っている。2人は第1シードと第2シード。決勝でぶつかったら、再び白熱の強打戦になること必定だ。
世界選手権2位に入り、マーシャル(左)はフィリピンの話題の人となった 2年前の世界選手権で2位に入り、自国フィリピンでは話題沸騰となったエウミル・マーシャルはサウスポーで、左右の動きにも切れがある。ただ、ウクライナの怪人との2年前の対戦では、最後は火だるまになって実質、棄権負けとなった。第3シードのエベルト・ソウザと2017年世界選手権準優勝のアビルハン・アマンクル(カザフスタン)はともにサウスポースタイルで戦うのも上手な技巧の持ち主。ただ、トップ2人に比べるといささか線が細いのかもしれない。
いずれにしろ、最上のファイターと、それに立ち向かうライバルの対決が決勝で実現したら、将来の“伝説”の予感を存分に楽しみたいと思う。
文◎宮崎正博 写真◎ゲッティ イメージズ Photos by Getty Images
9年前のロンドン五輪、村田諒太(左)はミドル級で金メダルに輝いた