close

2021-10-21

コロナ禍でのマラソン成功へ、大会前2週間の「行動管理」をより重視しよう

3月に行われた名古屋ウィメンズマラソンでは、スタート待機で1mの間隔をあける対策がとられた。ランナー・スタッフ全員がマスクを着用していた(写真/毛受亮介)

全ての画像を見る
いよいよ、今月末の金沢マラソン(10月31日)を皮切りに、1万人を超える規模のマラソン大会がいくつか再開されます。このコロナ禍のなかで大会を成功させるためには、ランナー1人1人の心がけが重要になることは間違いありません。実際に、自身や関係する周囲を感染症から守りながらレースを実施・継続していくためには、何を意識するべきでしょうか。12月12日に開催予定の奈良マラソンの救護委員会救護本部長を務め、東京オリンピック・パラリンピックを含む、多くのトライアスロン大会のメディカルチームに携わる、奈良教育大学教授の笠次良爾先生に話を聞きました。
(ランニングマガジン・クリール11月号記事より一部抜粋)

体調管理と同じくらい、行動管理を重視すべき

――改めて、このコロナ禍でレースに臨むに当たり、ランナーが気を付けるべきことを教えていただけますでしょうか。

 大会を安心・安全に運営するためには、「会場に集まる人たちがウイルスをもっている可能性をできる限り少なくする」ことが大切です。そこで、私が最も重視してほしいと考えているのは、「大会前2週間の行動管理」です。体温を毎日測るなどの体調管理はもちろん大切ですが、それと同じくらい、日ごろから同居していない人と相対するときのマスク着用・手洗い・消毒などの基本的な対策はもちろん、換気の悪い場所や人混みを避ける、大人数・長時間の飲食をしないなど、感染リスクのある行動をできるだけ控えるという、「行動管理」の優先順位を高くしてほしいのです。

――2週間というのは、新型コロナウイルスの潜伏期間に対応したものですね。

 そうです。潜伏期間は95%の人をカバーする期間で12日間というデータがあり、デルタ株については、発症までの期間が短いともいわれます。CDC(アメリカ疾病予防管理センター)は10日間としていますが、2週間であれば確実ということです。

――実際に多くの大会では、2週間から10日間程度、体調チェックシートやアプリを使った健康管理を、参加者に義務付けていますが、そこでなぜ、「行動管理」をより重視すべきなのでしょうか。

 このウイルスは、発症する2日ほど前から感染力があるといわれています。つまり、大会当日は症状に現れていなくても、体内ではウイルスが増殖して感染力が強まっていることも考えられ、それだと体温や体調を見るだけでは追い切れないからです。大会前のPCR検査も同様の理由で、検査した時点では陰性であっても、レース当日も陰性だという証明にはなりません。

――だからこそ、事前にウイルスをもつ可能性を低くしておく行動が大切になるわけですね。

 2週間前からしっかり行動管理を行い、ウイルスに曝露する量をできるだけ少なくし、感染リスクをゼロに近づけていく。それに加えて、毎日体温を測る、食事や睡眠を十分にとるなどの体調管理を徹底していく。そうすることで、大会を「感染していない人同士の集まり」に近づけることができます。

――ランナーに限らず、運営者やボランティアなど、大会に関わるすべての人が意識しなければならないことですね。

 はい。この考え方は、「何のために大会を行うのか」という開催の意義にもつながります。マラソン大会は、市民の健康の保持・増進、ヘルスプロモーションのための1つの目標となるイベントです。それに向けて、ランナー1人1人が日頃から体調に注意し、感染や感染リスクを伴う行動に気を付けて丁寧にトレーニングを積み重ねていくことで、健康をより良い状態に引き上げていくことができる。市民マラソン大会にはそうした開催意義があると私は考えています。開催自治体や住民にも、そうした意義を丁寧に説明していくことが大事です。

――デルタ株がまん延していた時期は、家庭内感染の増加も指摘されていました。自分自身が行動に気を付けても、同居する人から感染することも考えられます。

 私は、こうした行事・イベントに向けた2週間の行動管理が、家族や同居する人同士の感染リスクの減少にも寄与すると考えています。例えば学校行事でも、運動会や文化祭、修学旅行などは子供たちにとって一生における数少ないイベントです。それを実現するために、児童生徒の各家庭で行動管理をしていこうとなれば、親も「人混みに買い物に行くのは控えよう」「部屋の換気をよくしよう」などと、さまざまな場面で曝露リスクを減らすよう、気を付けるようになるはずです。

会場入り前の検温の様子。こうした体調チェックと同時に、自らの行動を顧みて「会場にウイルスを持ち込む確率を低くする」ことが肝要だ(写真/BBM)

スタート待機時は、不織布マスクの着用を

――日本陸連の5月の報告によると、2020年度に開催された大会(競技場1044、ロードレース74、計1118大会)に参加した選手約59万4000人、審判・役員約15万6000人のうち、大会後2週間以内に新型コロナ感染の報告があったのは、わずか2件でした。一方で、この夏にまん延したデルタ株は、従来株の2.5倍と、感染力が強いのが特徴でもあります。

 飛沫感染、飛沫核(エアロゾル)感染における曝露するウイルスの量は、感染源に対する距離と時間、遮蔽物の有無、気流・換気の有無の4つで決まります。その観点からも、屋外で行うマラソン大会における感染リスクは低いです。しかし、デルタ株の感染力が高いことは確かですから、屋外ではあっても、同じ人と近い位置に長くとどまるようなことがないよう気を付ける必要があります。

――そういう意味では、マラソン大会においては、スタート待機が一番の難題です。各大会でランナー同士の身体的距離の確保や、ウエーブスタートの採用などの対策を施しています。

 私がメディカルスタッフとして関わる奈良マラソン(12月12日開催予定)は、従来の1万2000人から8000人に定員を減らしましたが、それは、前後左右のランナーとの間隔を1mとった上で、スタート待機エリアに収まる人数ということでもあります。2mとする大会もありますが、間隔は長くとれるに越したことはありません。

――スタート待機中に、ランナーが注意すべきことはありますか。

 スタート直前までマスクを着用し、しゃべらないことです。しかも、布製やウレタン製ではなく、不織布マスクを着けてください。不織布フィルターは静電気によって微粒子を捕集できるのが特徴ですから、洗って使い回したものではない、新品であることが原則です。オープンエアで人との間隔があり、不織布マスクを着けて、さらに黙っていれば、いくらデルタ株であってもスタート前整列時の感染リスクはかなり低減されます。

――奈良マラソンでは今回、大会の公式記録として、グロスタイム(号砲からのタイム)ではなく、ネットタイム(スタートライン通過からのタイム)に変更しています。

 これは、グロス狙いのランナーが、待機場所の前方に詰めてきて密集してしまうのを防ぐことにつながります。コロナ禍においては、一斉スタートで他人と競うのではなく、ネットタイムで自分自身のポジションで、淡々と走るのが基本になるでしょう。

――また、制限時間6時間に加えて「5時間30分以内で完走できること」を参加資格としています。

 これも、密にならないようにスタートラインを越えるまでに時間がかかる、つまり競技時間が減ることを考慮してのことです。スタートが長くなるからといって、警察から許可を得ている道路封鎖の時間を延ばすことはできません。5時間半となると、トレーニングもそこそこに軽い気持ちで申し込もうという人も減るでしょう。

名古屋ウィメンズマラソンでのエイドの様子。給水には紙コップで蓋がされ、補給食は包装されたものを提供。ランナーは手を消毒してから、補給食を手にしていた(写真/BBM)

エイドでの給水など、できることは自分で

――走行中はマスクを外して走りますが、レース中に注意すべき点はありますか。

 同じランナーの近くに長時間ついて一緒に走ることは、いくら屋外とはいえリスクを伴うことは考慮すべきだと思います。3~4時間の間、集団のなかでずっと同じペーサーの後ろについて走っていたところ、大会後にそのペーサーの感染が判明するというケースも、可能性がないわけではありません。

 ――非接触型が求められるエイドに関してはいかがでしょうか。

 奈良マラソンでは給水は紙コップに蓋をして、補給食は個包装で提供します。ランナーの呼吸によって落下する飛沫を防ぐためのもので、他の大会も同様の対策をしていると思います。密を防ぐために、エイドのスペースも長くとることになりますが、その分のボランティアの数を確保することは難しくなりますから、「自分でできることは、自分でする」ことを意識してほしいです。紙コップはなぎ倒さないように、スピードを緩めて取り、摂取後は道路に散らかさずに指定の場所に捨てるようにしてください。

――フィニッシュ後も不織布マスクを着用し、完走メダルなどの受け取りも同様に自力ですね。

 はい。自分で受け取り、自分で首に掛ける。「自分で動く」のが基本です。

――また、更衣室での密集をつくらないことも大切になります。

 奈良マラソンでは、レース前の更衣所は用意せず、走る格好を下に着て来場してもらいます(荷物預けはあり)。フィニッシュ後の更衣所は、ある程度の1人分のスペースを決めて、中の人数が多くならないように調整をし、着替え終えたら速やかに出てもらい、滞留が起こらないようにしていく予定です。

――大会後の行動管理もまた、重要になりますね。

 マラソンのような長時間の過酷な運動は、一時的に免疫機能を低下させ、感染症を引き起こしやすくします。そうならないためにも、消化の良い食べ物で栄養をしっかりとり、睡眠も十分にとり、最低1週間は無理をせずに過ごすのがいいでしょう。また、免疫という意味では、普段の練習でもあまり追い込み過ぎないこと。少々のウイルスに曝露しても、自然免疫によって体内でのウイルス増殖をブロックできるよう、常に体調を維持しておくことです。記録向上はレースのモチベーションになりますが、コロナ禍の状況下では、タイム狙いのために無理をし過ぎないほうがよいと思います。

――以前のように数万人が集まり、沿道もエイドの給食なども華やかなお祭りのようなマラソン大会の完全復活は、まだまだ遠いなと感じます。

 そうした大会は、ウイズ・コロナのなかでは難しいと思います。それでも、地味ではあっても粛々と、継続をしていくことが大事。運営側からすれば、中止が続くことで運営のノウハウを忘れてしまう恐れもあります。例えば、メディカルチームは1分・1秒を争うような事態が起こった際、迅速に各部署が連携し素早く動けるようにしておく必要がありますが、大会を継続的に経験しておかないと、それができなくなってしまいます。

――中止が2年、3年と続くとそうしたノウハウが失われ、再開を諦めて大会が消滅し、市民の健康増進につながる場が失われてしまうことになりかねません。

 2週間の行動管理・体調管理やコロナ対策の方針など、ランナーを含めた全員が共通認識としてもてるようにすること。そのためにも、大会の規模はできるだけ小さくしたほうがいいです。きちんと主催者の目が届く、コントロールが利く範囲で、まずは開催していくべきだと思います。

――各大会の方針・条件のなかで、可能な限り、参加する全員が思いを共有できることが大切。ランナーも「お客様」としてではなく、大会に協力し、ともに成功させていく一員にならなければいけないと、改めて感じます。

 この状況下で自治体を納得させ、2週間の行動管理・体調管理をすべてのランナー・関係者が順守し、「大会を成功させよう!」というのには、相当の覚悟が必要なことは確かです。それでも何とか、コロナ禍においても継続し、マラソン大会の灯を絶やさないようにしたいですね。

PICK UP注目の記事

PICK UP注目の記事