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2021-12-17

【陸上】クイーンズ駅伝初優勝・積水化学を支えた森智香子の背水からの復活劇「1年間の取り組みの成果を出せた」

クイーンズ駅伝優勝を果たし、目を潤ませる森智香子(積水化学)

クイーンズ駅伝(第41回全日本実業団対抗女子駅伝/11月28日・宮城県・松島町→仙台市)で初優勝を果たした積水化学。2015年から在籍する森智香子にとっても、初の駅伝優勝だった。自己記録を更新できない日々が続き、競技生活の終わりを考えていた森は、前回大会での悔しい2位から自己改革を遂げ、今季は自己記録を連発。1年後のクイーンズ駅伝でも、積水化学の“歴史”に新たなページを加えるだろう。

11年連続で仙台を走り、駅伝初優勝

 積水化学の森智香子は大東大時代の全日本大学女子駅伝も含め、11年連続仙台で駅伝を走り、初めて“駅伝の優勝”を経験した。「積水化学としても、自分の競技人生でも“歴史”をつくれたことが一番うれしい」と、レース3日前に29歳になった森が声を弾ませた。

 クイーンズ駅伝1区には日本郵政グループ・鈴木亜由子、ワコール・安藤友香、エディオン・萩谷楓の東京五輪代表3人に加え、10000m31分28秒20の岡本春美(ヤマダホールディングス)ら、森よりも自己記録や実績が上の選手が多くいた。

「途中で誰かが飛び出しても、それに挑戦することより、集団でしっかり粘り、前が見える位置でタスキを渡し、次の区間につながるような走りをすることを意識しました」

 野口英盛監督からは「30秒差以内」で渡すことを頼まれていたが、トップの岡本から17秒差で2区にタスキを渡した。何より、一番のライバルと目された日本郵政には23秒も先着した。

 新谷仁美を5区に置き、前半で日本郵政に大きく先行されることも想定したオーダーで臨んだが、森の走りで積水化学が優位に立った。3区の佐藤早也伽で予定より早くトップに立つと、5区の新谷と6区の木村梨七も連続区間2位。独走で初優勝を達成した。

「積水化学は駅伝だけ優勝していないので、大学では達成できなかった初優勝メンバーになりたい、歴史をつくりたいとずっと思っていました。やっと夢が叶えられましたし、野口さんにも恩返しができました」

 積水化学の“歴史”を一番良く知る森の走りを合図に、新たな“歴史”の1ページが記された。


クイーンズ駅伝では1区9位、トップに17秒差でタスキをつないだ

入賞を逃し、競技の終わりを考えるように

 森の学生時代は大東大が急成長を見せていた時期で、3、4年時に全日本大学女子駅伝で2位に入った。15年には積水化学に、3000mSCでの世界への挑戦と「駅伝の優勝」を目標に入社する。

 積水化学はかつて高橋尚子が在籍し、オリンピック金メダルと世界記録がチームの歴史に存在する。森の入社当時も、先輩には3区区間賞を取ったことのある清水裕子や、リオ五輪代表になる尾西美咲がいた。松崎璃子は森と同学年の選手だが、14年アジア大会5000m代表になるなど一足先に活躍していた。

 駅伝も11年には過去最高の3位に食い込んでいた。マラソンで活躍する桑原彩も森と同期入社した。森自身も1年目の15年クイーンズ駅伝では6区区間賞を取り、2人抜きでチームを5位に押し上げた。優勝したデンソーとは1分36秒差。優勝に手が届くと感じられた。

 だがその後は10位、10位、10位、9位と、入賞さえ逃すようになった。ケガ人などが出て、万全のチーム状態で臨めないことが多かったからだ。上記選手たちも1人、また1人と現役を退いていき、森も17年を最後にどの種目も自己新を出せなくなっていた。

「日本選手権でも表彰台に上がれなくなり、記録も更新できず、引退を考えるようになりました。それでも、このまま終わるのはちょっとな、という気持ちも強くて、野口さん(野口英盛監督)からも、後輩のためにももう1回活躍して引退する形をつくってほしい、と言われました」

 森も競技生活の終わり方を考えるようになっていた。

文/寺田辰朗 写真/中野英聡、川口洋邦

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