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2022-02-28

「相撲は楽しい」という境地に行き着いた---元関脇嘉風が振り返る、一筋縄ではいかなかった土俵人生

左から佐伯夕利子さん、守屋志保さん、中村親方、白崎雄吾さん。『真っ向勝負 嘉風自伝』刊行記念として「コーチング」をテーマにトークイベントを開催した

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『真っ向勝負 嘉風自伝』刊行記念トークイベント開催

不慮の事故による大ケガにより、2019(令和元)年9月場所限りで引退した元関脇嘉風。引退後は年寄中村を襲名、当初は2020(令和2)年10月に断髪式を予定していたが、コロナ禍により延期、2月5日に国技館で行った。 この断髪式に合わせて、自らの相撲人生を振り返り、本人の言葉で綴った『真っ向勝負 嘉風自伝』(ベースボール・マガジン社)が完成、2月14日に発売される。この刊行を記念したトークイベント「スポーツコーチングについて考え、語り合う」が、1月30日にオンラインで開催された。


中村親方のユーモアをまじえた飾らない語り口に、トークはしばしば笑いに包まれた

予定通りに断髪式が行われていたら、この本はもっと内容が薄くなっていた

トークイベントのゲストとして、長年スペインのサッカー指導現場で活躍してきたJリーグ常勤理事の佐伯夕利子さん、Wリーグのバスケットボール選手として活躍した後、スポーツ心理学、コーチング研究の道に進み、現在もチーム強化、育成に携わる江戸川大学教授(女子バスケットボール部監督、日本バスケットボール協会理事)の守屋志保さんを迎え、それぞれの立場から語り合った。司会・ファシリテーターは白崎雄吾氏(ビジネス・ブレークスルー大学事務局長、一般社団法人APOLLO PROJECT理事)。

中村親方は、ビジネス・ブレークスルー大学が企画・運営協力するアスリートのセカンドキャリア向けの学び舎「A-MAP(アスリート・マインドセット・アポロ・プロジェクト)」に第1期生(2021年1月から1年間)として参加。毎週1回オンラインで、各スポーツの一流選手たちとともに、さまざまなことを学んできた。同期には現役Jリーガーの島田譲(アルビレックス新潟)、ラグビー元日本代表の大野均氏(東芝普及担当)、ラグビートップリーグ・サントリーサンゴリアスの木村貴大氏らがいる。このプログラムの講師陣に佐伯さんも守屋さんも名を連ねている。

中村親方は、このA-MAPとの出会いに、「最初の予定通りに断髪式が行われていたら、この本はもっと内容が薄いものになっていた。コロナで大変な思いはしましたが、その一方で、この出会いによって、自分のこれからの人生が深みを増すと思う」と感謝の言葉を述べた。


断髪式前だったため、中村親方は丁髷にスーツ姿で。「弟子たちに相撲の楽しさを伝えられるようになるためにコーチングを学びたい」と語った


スペインサッカーで育成組織で指導し、日本人として初のクラブ監督に就任した経験をもつ佐伯さんは、育成について様々なヒントを提示した


守屋さんはバスケットボール選手として実業団チームで活躍したのち、スポーツコーチングを学ぶ道へ進み、現在は指導に携わっている


自身が相撲で感じた〝楽しみ〟を弟子たちに教えられるように

著書について、「相撲が好きだから相撲が続けられた。上を目指さないという時期を経験しながら、最終的に相撲が好きで、相撲が楽しいという境地に行き着いた---ということを書きました」と説明した中村親方。力士人生を振り返り、「力士でいることが楽しかった。この〝楽しみ〟を弟子に教えられたらなという思いが強い。そういう意味で、コーチングについて学ぶことに、ものすごく興味がある。そのためには、自分がこれまでやってきたことを捨てても構わない」と断言した。

「祖父と一緒に畳の上で相撲を取ったのが楽しかった。小4のとき大相撲の巡業が来たときに関取の胸を借り、改めてお相撲さんはカッコいいと感じて、力士になりたいと思ったんです」と、自身の相撲との出会いを語り、「これをきっかけに、週1回相撲クラブに通うようになったのですが、相撲を取る練習がメインで、小・中学校と、ぶつかり稽古をしたことがなかった。基礎運動は大嫌いだったので、このときは本当に相撲が楽しかったです」と自身の原点が〝楽しみ〟にあったことを、あらためて振り返った。

「でも中津工高相撲部に誘われたとき、監督が厳しいことしか言わない。その理由は、『嘘をつくと信頼関係がなくなるから』というものでした。その監督の言葉に衝撃を受け、この人のところに行きたい、と思いました」と高校に進学した経緯を説明した。

「相撲クラブの恩師は、『相撲はいつでもきつい稽古ができる。だから中学校までは相撲の楽しさを感じてもらいたい』という考えだったんです。だから今も相撲が好きなんだと思います」と振り返る。

佐伯さんは「最初に記憶した、おじいさまと取っていた楽しい相撲というのが、親方にとっての理想の相撲なんでしょう」と分析。欧米のアスリートでも「エンジョイ」という環境の中で育ってきた選手は強いという。

「中村親方が育てた力士は、楽しそうに相撲を取ってるね』と言われたい

中村親方は、現役時代、楽しむために稽古し、トレーニングしてきたため、「努力をした」という意識は全くないという。「〝楽しい〟は最強、自分の相撲を取り切れば、負けても悔しくないんです」と断言する。

佐伯さんは、指導者から一方的に押し付ける指示は、選手の肉にはならず、引退後も自分の判断で生きていけない〝犠牲者〟となってしまい、社会に放り出たら迷ってしまう、と解説。実際、一流アスリートが引退後に自己破産してしまう例が多いという。しかし、楽しみながら自主的に判断して醸成していけば、判断力、自己決定力も高まっていき、引退後、社会に放り出されても自分の判断で生きていくことができるのだという。

中村親方は、この言葉に衝撃を受け、弟子を〝犠牲者〟にしたくはないと言い、目標として「相撲未経験の子を預かり、相撲が好きだ、楽しいと思うようなコーチングをしたい。『中村親方が育てた力士は、すごく楽しそうに相撲を取ってるね』と言われたい。そういう力士を育てていきたい」と締めた。

著書で「親方として、弟子たちの〝ドラえもん〟になりたい」と語っている中村親方。断髪式を終えて、2月7日には内弟子ら8人とともに二所ノ関部屋に移籍した。いずれは「中村部屋」として独立するという夢を抱きながら、日々、弟子たちの指導にあたり、自身も学び続けている。

文/門脇利明



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