勝負のシーズンが幕を開けた。
女子走幅跳の第一人者・秦澄美鈴(シバタ工業)。3月13日に行われた日本選手権室内は6m52を跳んで優勝し、前回大会で自身がマークした大会記録を塗り替えた。花岡麻帆が持つ室内日本記録にあと5cmまで迫り、好調なスタートを切った。
伸びしろのある大会新記録「自分の跳躍、試合勘をどれだけ取り戻せるか」をテーマに臨んだシーズン初戦は、序盤で踏切に苦しんだ。1回目はファウル、2回目が5m35と噛み合わない。「一本目の助走が崩れてしまい、そこから徐々にズレを埋めていった」と、3回目で6m22、4回目で6m34まで伸ばし、最終の5回目で6m52の大会記録をマーク。踏切は全体的に遠く、まだまだ伸びしろを感じさせる跳躍だった。
「最初の方で崩れてしまい、落ち着いて試合ができない展開になってしまったのは反省。それでも、しっかり立て直して6m50を超えられたので、シーズン初戦としては上々の滑り出しかなと思います。ただ、本当は日本室内記録を狙っていたので悔しさも大きいですね」
2021シーズンは飛躍の一年だった。4月の兵庫リレーカーニバルで、日本歴代4位タイの6m65(+1.1)をマーク。日本選手権を含め、出場した全試合を優勝で飾った。
東京五輪の参加標準記録6m82の“一歩手前”に立ったが「助走スピードを『もっと速く、もっと速く』という気持ちの焦りが跳躍に表れました。身体の状態と心の状態がまったく合っていませんでした」。日本選手権は6m40にとどまり、オリンピック出場はかなわなかった。
シーズン初戦から終盤にかけ、体重は3kg以上落ち、筋力や体力が消耗していった。試合を経るごとに知らず知らずのうちに「一歩の威力」が削られていくような感覚があったという。
昨シーズンを踏まえ、この冬はウェイトトレーニングに本腰を入れた。苦手な向かい風に耐えうる体幹をつくるため、胸や背中など上半身の筋力を強化。ウェイトや走りの練習では、地面を踏むことを意識した。
「昨年9、10月の走りと今の感覚は全然違います。踏めば勝手に乗ってくるところまで来ていて、感覚的に一歩の重さが違いますね」
助走スピードも体感で上がっているという。今シーズンは調整練習に傾きすぎることなく、負荷の高いトレーニングを定期的にこなすことで、冬季で仕上げたフィジカルを保ちたいという。
世界での経験が一つでもほしい
今シーズン最大の目標は「オレゴン世界選手権」。2月に出場予定だったアジア室内が延期されたこともあり、ワールドランキングではなく、参加標準記録(6m82)を突破しての出場を見据えている。
次戦は兵庫リレーカーニバル(4月23〜24日)。昨年、日本歴代4位タイの記録をマークした試合で好記録を狙う。その後は木南記念(4月30日〜5月1日)、セイコーゴールデングランプリ(5月8日)を経て、本丸の日本選手権へと臨む予定だ。
「日本選手権までに標準記録を突破して、楽な気持ちで挑みたいですが、そんな簡単にはいかないと思うので、そのときは焦らず、落ち着いて臨めたらいいのかなと思います」
日本の女子走幅跳は2016年のリオ五輪以降、世界の舞台から遠ざかってきた。世界選手権は2009年のベルリン大会に桝見咲智子が出場したのが最後。長い熟成期間を経て、ようやく重い扉を突破しそうなヒロインが現れた。
「女子ハードルの12秒台のような身近な例もありますし、まずは私が結果を出したいです。誰かが目標になる記録を打ち立てて、それをみんなが追ってくる構図、それが陸上の面白さだと思うので。まずは、誰かが先にいかなければいけないので『よし、私がやってやろう』と思っています」
世界選手権の切符を手にすれば、2年後に控えるパリ五輪も確かな目標となり得る。日本女子未踏の「7m」の領域に足を踏み入れるのもそう遠くない未来か――。気が早いかもしれないが、思わず期待してしまう。
「一番の目標はパリ五輪に出場して、トップ8に入りメダル争いをすること。そのためには世界での経験が一つでも多くほしいんです。パリのための一つのステップとして、今年のオレゴン世界選手権は絶対に出たいと思っています。
7mはまだぼんやりと考えていますが、世界選手権に出て、トップ選手の体型やスピードを間近で見ることで得られるものもたくさんあるはずです。勉強という意味でも価値があることだと思います」
今季をステップに、さらに遠くへと跳んでいく覚悟だ。
室内日本記録には5㎝及ばなかったものの、秦は自身の大会記録を19㎝更新した(写真/佐藤真一)