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2022-08-26

【BBMカードコラム(#2022-11)BBMプロ野球チアリーダーカード2022 DANCING HEROINE】(インタビュー)チアドラゴンズ2022リーダー YUKINO -前編-「チアドラになるために生まれてきた少女」

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 中日ドラゴンズのオフィシャルパフォーマンスチーム「チアドラゴンズ」は今年、結成25周年を迎えた。誕生はナゴヤドーム元年の1997年。現行のチア、パフォーマンスチームの中では最も長い歴史を持つ。

 そんな記念のシーズン、昨年に続きリーダーとしてチームを引っ張るのがYUKINOさんだ。2015年にチアドラとして活動をスタートさせた彼女に、これまでのシーズンの話などをうかがった。

 足かけ8年、メンバーとして通算7年目のYUKINOさんだが、実はそのはるか前から彼女は“チアドラ”だった――。



きっかけはチアドラゴンズ
BBM 今季で5年目とありますが、実際は2015年が最初のシーズンなので、通算では7年目。つまりチアドラになってからだと8年です。

YUKINO 8年、長いなぁ~(笑)。15、16年と2年間チアドラをやって、17年はキッズ(チアドラゴンズ・ダンスレッスン)のインストラクターをしていました。なのでドームにもたまには来ていたんですよ。それで18年に復帰して、今年で5年目です。

BBM 入ったときは確か、その年の最年少でしたよね?

YUKINO そうです、ペーペーです(笑)。まわりはお姉さんばかりでした。

BBM まずはダンスを始めた時のことをうかがいたいのですが。

YUKINO 小学4年生、10歳の時です。最近の子からしたら、遅いほうだと思います。いまは幼稚園や小学校低学年から始めるケースが多いので。私の頃はまだそういう環境がなかったんですよね。きっかけはチアドラゴンズ・ダンスレッスンの栄教室ができまして……。

BBM きっかけがチアドラゴンズ!?

YUKINO そうです。最初、毎月2週、4週のクラスがありまして、続いて1週、3週のクラスが出来たんですけど、私はその1、3週クラスの1期生なんです。

BBM そもそもチアドラゴンズの存在は?

YUKINO その前年、初めて家族とドームに観戦に行きました。もともと父も野球をしていたので、いつもテレビにはナイター中継がついているような家だったんです。ドームでチアドラのお姉さんたちが踊っているのを見て、ダンスに興味を持ちましたね。すごくキラキラしていて、素敵だなと。

BBM そうしたら、栄に教室が出来たんですね。

YUKINO 母が見つけて「やってみたら?」と。ドームで踊れるみたいなことも書いてあって、いいなぁ、楽しそうだなぁと。そこからずっとです。最初はキッズクラス、中学生以上になるとガールズクラスになるんですけど、そこも高校生になっても辞めることなく、ずっと通い続けて。いまはガールズクラスは中高生が中心なんですが、当時は20代以上の方も通ってらして、私も一緒にやっていました。チアドラになるまで。

BBM つまり、10歳からチアドラ一筋。

YUKINO そういうことです。小学4年生から始めましたが、5年生か6年生の時にはもう「私は将来、チアドラになりたい」って思っていましたから。そのために必要なことを当時から考えていて。進学先とか。

BBM 改めてうかがっても、まさにチアドラになるために生まれてきたような方ですよね。他球団のメンバーの方々を見ても、皆さんバックボーンはさまざまです。チアダンスに限らずダンス経験者はもちろん、体操や新体操、バレエからという方もいます。そういう意味では、YUKINOさんはバックボーンもチアドラなんですね。

YUKINO そうなんです。だから私は、チアドラっていうジャンルだと思っています。何か特別なことができるかと言ったら、チアドラで学んだことだけでしたから。ただ、別に一つでも強みになるものを持ちたいと思って、高校ではバトン部に入りました。全国大会に行っている強いチームを探して、その学校を選んだんです。

BBM ダンスレッスンに通いながら、部活でバトンもやっていたんですか。

YUKINO いま思うとバトンをやっていなかったら、チアドラにはなれていなかったと思います。高校の部活で大きく成長できたと思いますし、実際、バトンに助けられていますし。それくらいバトンにも真剣に取り組んだんですけど、でもやはり私はチアドラになりたかった。チアドラOGの先生たちに憧れ続けて、ずっと教わり続けてきましたから。

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