世界最高峰のNFLであろうと、日本のXリーグあろうと、アメリカンフットボールのQBにとっての最高の見せ場は、第4クオーター(4Q)の逆転ドライブだ。それも、試合残り時間1分未満から、パスでタッチダウン(TD)を奪って逆転。QBならだれもが夢想するドライブを、1人のQBが、この1カ月で2度もやってのけた。X1エリア、富士フイルムミネルヴァAFCのQB鈴木貴史だ。
富士フイルム ミネルヴァ 24-21 名古屋サイクロンズ(2022年11月26日、マルヤス岡崎龍北スタジアム)
ドラマは再び起きた。10月30日のアズワン戦、残り18秒で劇的な逆転TDパスを決めて勝利した富士フイルムのQB鈴木が、今回も主役となった。
この日の富士フイルムは、4Q途中まではディフェンスが支えていた。オフェンスとキッキングのミスで、2TDを奪われ、3-14とリードされていた2Q最終盤、DE武田敬峰がQBサック、ファンブルフォースからのターンオーバー。3Q、DB茂木雅人が絶好のポジションでのインターセプト。ディフェンスの2つのビッグプレーを、いずれもTDに結びつけて、富士フイルムがいったんは逆転した。
そのディフェンスが、最終盤で失速した。サイクロンズオフェンスを後半3回で計50ヤードと押さえていたが、 この試合で勝たないと入れ替え戦出場となるサイクロンズは、4Q残り4分から執念のドライブを見せた。
4thダウン10ヤードのギャンブルでは、QB神谷壮哉に17ヤードのパスを決められた。そして試合時間残り48秒で逆転のTDを許した。
「焦る気持ちは全くなかった」 17-21。
勝つためにはTDが必要な4点のビハインド。しかし、富士フイルムのサイドラインは、落ち着いていた。4週間前に、残り1分36秒から、7点差を逆転した自信が大きかった。
QB鈴木「絶対に、TDまで持って行こうと思っていた。全員が『勝てる。逆転できる』と信じていた」 鈴木はリズムよく、クイックに、パスをヒットしていった。WR安達絹心、桑原司、TE森章光へ3本のパスを成功させ、30ヤードをゲインした。
「時間がないからと、ヘイルメアリーのようなパスを投げるのではなく、確実にボールを落として、得点圏までボールを進めようと思っていた。焦る気持ちは全くなかった」 1stダウン、試合残り20秒。パスは4回程度は投げられる時間だったが、レッドゾーンに入るとディフェンスの密度も上がって決めにくくなる。ゴールまで32ヤードの、このポジションが狙い目だった。
QB鈴木のパスはコーナーポスト。左に固めた3人のレシーバーのうち、大外のWR別府紘行がサイクロンズのパスカバーをタテに引っ張り、2枚目のWR安達が、DBの裏、絶妙の位置に走り込んだ。
「最後のパスは、練習で何度もやってきた。向こうのディフェンスに対して、こちらのオフェンスのコールがちょうどはまってくれた」
完璧なコントロールとタイミングで鈴木のパスが決まった。捕った地点はゴールまで10ヤードほど残っていたが、安達はタックルを1人かわして、2人引きずってエンドゾーンに飛び込んだ。
「僕は、自分が走って何とかできるQBではない。レシーバー、RB、OLを信頼して、ボールを託すことしかできない。その信頼が、逆転のスコアにつながったと思っている」 残り時間は10秒。サイクロンズにはもう跳ね返す力はなかった。
負傷を機にパサーとして一段と成長 鈴木は、法政大学の出身。1年生から出場し、3年時には16TDパスを決めるなど、4年間通算34TD。秋季リーグ戦だけの数字としては、元オービックの菅原俊・現法大コーチと並んで法大史上最多タイというQBだった。
ただ、彼がXリーグ入りした2017年は、どのチームも米国人QBがエースという状況だった。鈴木は2年間、アサヒビール シルバースターでプレーしたあと、ミネルヴァAFC(当時は富士ゼロックス)に移籍。初戦で、古巣のシルバースター相手に金星を挙げるなど、チームの中心となってきた。
ランの能力も優れていた鈴木だが、2年前に左ひざに重傷を負って以来、ランの比重を落とし、パスに一段と磨きをかけてきた。
鈴木の今季パス成績は7試合で1140ヤード、10TD・4INT。電通の米国人QBアーロン・エリスに数字では劣ったが、中味は濃かった。
パサーとして、ゲームマネージャーとして、今季一段の成長を遂げたのは間違いなかった。そして、富士フイルムも昨シーズンの1勝5敗から、5勝2敗の単独3位と大きくステップアップした。
「来シーズン、もう目標は一つしかない。全部勝ってX1スーパーに上がる。今季は、今日のように、最後に噛みあってギリギリで逆転とか、なんとか勝てた試合が多かった。圧倒的な力があるわけではなく、来年もどうなるかわからない。気を引き締めてしっかりやっていきたい」 そう語る鈴木の眼は、もう来季を見ていた。