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2023-01-14

【NFL】日本人チア景子さん、40歳で初のプレーオフ ジャガーズと苦楽共に5シーズンの末

地区優勝とプレーオフ進出を決めて喜ぶNFLジャガーズのチアリーダー、KEIKOこと本田景子さん=本田さん提供

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アメリカンフットボールの世界最高峰、米のNFLは、現地1月14日(日本時間1月15日朝)から、いよいよプレーオフが始まる。初戦のワイルドカード6試合のなかで、14日夜(日本時間15日午前10時過ぎ)にキックオフとなるジャクソンビル・ジャガーズ対ロサンゼルス・チャージャーズの一戦を、本当に心待ちにしている日本人女性がいる。ジャガーズのチアリダー「The ROAR(ザ・ロアー)」のKEIKOこと本田景子さん(40)だ。

 1週間前の1月7日、レギュラーシーズン最終戦のテネシー・タイタンズとのゲーム。ジャガーズは4Qに劇的な逆転TD(タッチダウン)を決めて、AFC南地区優勝とプレーオフ進出を決めた。この試合で、景子さんはチアリーダー・オブ・ザ・ゲームにも選ばれた。
 そして 「生まれてきて良かったと心から思いました。こんな気持ち初めてです」と喜びを語った。

 景子さんの試合後の言葉を転載する。

「今はとにかく嬉しくて、感動していて、涙が止まらなくて、興奮し過ぎて、眠れません。アドレナリンが出て止まらない状態です。今までで一番興奮した試合でした。本当に楽しかった。


ジャガーズに5年間所属してきて、初めてのプレーオフ進出、そして地区優勝。今までチームが苦しい状況を見てきているだけに感動もひとしおです。

スタジアムには、今まで見たことのない大観衆と大歓声。私たちも興奮しっぱなしでした。

地区優勝なので、プレーオフはホーム開催。憧れのプレーオフの舞台に立てることに、今からワクワクドキドキが止まりません。チアを止めずに、続けてきて良かったと心から思いました。

そして今日はチアリーダー・オブ・ザ・ゲームにも選ばれて、ほんとうに感無量です。

チームにとって最高の試合で、この賞に選ばれたことは、間違いなく私の人生で最高の出来事となりました。

これ以上の幸せはありません。家族は、私のパフォーマンスを観にくることは出来ませんでしたが、良いニュースを届けられて良かったです」

     ◇

 NFLのチアリーダーは、原則として本拠地でしかフィールドでの応援はできない。所属するチームがプレーオフに出場したから、試合でパフォーマンスできるわけではない。

 だが、ジャガーズは今季、9勝8敗で地区V。勝敗ではAFCでプレーオフに出場する7チームの中では第7シードのマイアミ・ドルフィンズと並んで一番下だが、ワイルドカードでは地区優勝チームはホーム開催となる。景子さんはプレーオフでも応援することができるのだ。
地区優勝とプレーオフ進出を決めて喜ぶNFLジャガーズのチアリーダー、KEIKOこと本田景子さん=本田さん提供


チームと重なる景子さんの苦闘の5年

 ジャガーズは、2020年は1勝15敗。2021年は3勝14敗。2年連続でNFL32チーム中の最下位から、今季、2017年シーズン以来の栄冠をつかんだ。この5シーズンは苦闘の連続だった。その苦闘は、景子さんの苦境とほぼ重なる。

 大学を卒業して、サラリーマンとして働きながら、アメフトやバスケットの国内チームでチアを続けていた景子さん。NFLのチアになるというのが、人生の夢だった。かって2010年に他のチームを受験したが、合格できなかった。それをかなえるために、30代半ばで、最後のチャレンジをした。

 その結果、ジャガーズのチアリーダーに合格した。 2018年晩春だった。ジャガーズは、前年10勝6敗でプレーオフに出場し、AFCチャンピオンシップまで進出。明るい未来が待っているように思えた。

 期待は裏切られた。ジャガーズは2018年、5勝11敗で地区最下位。そして、せっかく揃ってきたスター選手を次々に放出した。CBジェイレン・ラムジー、RBレナード・フォーネット、DEヤニック・エンガコエ、DTカライス・キャンベル・・・。チームの弱体化は歯止めが効かなかった。

 景子さんも、人に言えない苦労があった。それは、金銭面の問題だった。日本のチアリーダーがNFLで活動するために取得するビザでは、原則、米国では就業できない。ボランティア活動など、チームチアとしての関連活動しか許されない。

 そしてチアリーダーへの報酬は、1試合当たり驚くほど安価だ。ありていに言えば、日本の大学生アルバイトの日給と大差はない。活動があるホームゲームは、プレシーズンゲームを含めても10試合しかない。米国での暮らしを賄うには、あまりに少なすぎた。

 そのため、勤め人をしていた時代の貯金を切り崩しながらの生活だった。それが底を突いた後は、日本にいる母からの送金に頼るしかなかった。そして今季は円安が直撃した。送金してもらった後、直ぐにドルに替えなかったことを後悔したが後の祭りだった。

 住み慣れたホストファミリーの家から転居することも大きな痛手となった。ジャクソンビルは、米本土の48州の市の中では市域が最も広く大阪府よりも広い。ある程度スタジアムや練習場の近くに住まないと、移動費用も大きな問題となる。

 さらに、ビザの問題が発生した。米国内での活動は問題なかったが、ジャガーズは英国・ロンドンでのゲームを控えていて、日本人である景子さんだけ別のビザが必要だった。ロンドンゲームに参加できないことが分かった場合、その他の試合も含めてチームから離れなければならなかった。

 解決策は日本に帰国してビザを取り直すこと。9月に、アウェーのゲームが2週続くスケジュールだったために、帰国することにした。だが、新型コロナ感染症の影響で、航空券は高騰。円安がピークだったこともあり、景子さんの財布を直撃した。久しぶりの日本を楽しむ余裕はなかった。

 ビザの問題は解決し、ロンドンにも無事遠征できた。ウェンブリースタジアムの8万6千人の観衆を前に、景子さんはパフォーマンスした。11月に入って、景子さんの誕生日を過ぎたあたりから、様々なことが好転し始めた。前半3勝7敗だったチームは、エースQBトレバー・ローレンスの成長もあり、後半は本来のチーム力を発揮、11月中旬から5勝1敗と盛り返した。そして迎えた最終戦だった。

 シーズン前、自身の苦境を日本の友人にも相談した。「もう帰国したほうが良いんじゃない」とアドバイスされたこともあった。2022年で40歳。「不惑」だった。鍛えられた肉体と磨かれた美貌、そしてはじけるような笑顔からは想像もつかないが、日本では中年とみなされる年齢だ。すでに4年間活動してきたこともある。友人の助言もそれなりに理はあった。

 けれども景子さんの中に、「チアを辞めて日本に帰る」という選択肢だけは無かった。「不惑」を迎える以前から、景子さんには惑いは無かった。

          ◇

  1週間前、ジャガーズの勝利を伝えた記事の中で、こんなことを書いた。

 <2019年に2勝14敗で、NFL最下位だったベンガルズは、全体1位でQBジョー・バロウを指名して、負の連鎖を断ち切った。そして2年後10勝7敗で地区優勝。プレーオフでも神がかり的な進撃を見せてスーパーボウルまで勝ち上がった。

 2020年に1勝15敗でリーグ最下位、全体1位でローレンス指名、2年後に9勝8敗で地区優勝。ここまではベンガルズと同じ道をたどっているジャガーズに、これから何が待ち受けているのか。>

 ここに書いていないことを付けたすなら、ベンガルズのチアリーダーには山口紗貴子さんと猿田彩さんがいた。ジャガーズには景子さんがいる。山口さんたちと同じことが、景子さんにも起きるのか。その最初の答えは、間もなく出ることになる。

2021年のロンドン遠征で、パフォーマンスする景子さん(前列中央から右に3人目)=©Tottenham Hotspur via Getty Images

2021年のロンドン遠征で、パフォーマンスする景子さん(前列中央から右に3人目)=©Tottenham Hotspur via Getty Images

【小座野容斉】

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