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2023-02-08

【NFL】スーパーボウルは「ケルシー・ボウル」勝つのは兄ジェイソンか? 弟トラビスか? 全世界注目の兄弟バトル

現地2月6日のスーパーボウルウィークオープニングイベントで、兄ジェイソンと弟トラビスに、手作りのクッキーをプレゼントした兄弟の母ドナ・ケルシーさん=photo by Getty Images

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  現地2月12日に迫った、アメリカンフットボールの世界一(米国ではしばしばこのように表現される)を決める、NFLの第57回スーパーボウル。アメフト系ポッドキャストを運営する「アメフト沼」さん(Twitter: @football_swamp )から、今回のスーパーボウルで対戦する兄と弟の物語を寄稿してもらった。(写真はすべてGetty Images)

史上初の兄弟選手対決が実現

 「今シーズンのチーフスを応援するのはここまで!! ("Officially done being a Chiefs fan this season!!)"」
 1月22日のチャンピオンシップで、一足先にスーパーボウル進出を決めていたフィラデルフィア・イーグルスのセンター、ジェイソン・ケルシーは、カンサスシティ・チーフスがAFCチャンピオンになったのを見届けると、ツイッター上でこう宣言した。NFL史上初、スーパーボウルでの兄弟選手対決※ が実現した瞬間だった。

■ジェイソン・ケルシーのTwitter
https://twitter.com/JasonKelce/status/1619897181431017474

 ※ヘッドコーチ同士の兄弟対決は第47回スーパーボウル、ボルティモア・レイブンズ(兄のジョン・ハーボー) vs. サンフランシスコ・49ers(弟のジム・ハーボー) で実現している


 チーフスとイーグルスが対戦する第57回スーパーボウルは、現地時間2月12日(日)にアリゾナ・カーディナルスの本拠地、ステートファーム・スタジアムで行われる。

 2017年以来のNo.1シード同士の対決となる今回、見どころはたくさんあるが、その一つが両チームの強力オフェンスの中心的存在でもあるこの兄弟の対決となる。

 兄・ジェイソンはC(センター)としてエースQBジェイレン・ハーツをチーフスの強力ディフェンス・フロントからどれだけ守ることができるのか?

 弟・トラビスはエースQBパトリック・マホームズのNo.1ターゲットとしてイーグルスの強力ディフェンスをかいくぐりどれだけパス・レシーブを決めることができるのか?

 彼らの活躍は得点力に大きく影響するため、彼らの出来がチームの命運を握っている。今回のスーパーボウルが「ケルシー・ボウル」として注目されている理由でもある。この二人の兄弟愛と、トラビスがドラフトで指名された時の兄弟にまつわるエピソードをご紹介したい。
チーフスのTEトラビス・ケルシー=photo by Getty Images

兄ジェイソンが救った、弟トラビスの選手生命

 NFLが今シーズン開幕前に発表したトップ100選手リストの中で総合第10位、ポジション別ではTEの中で最高位にランクされているのがトラビス・ケルシー。因みに、ジェイソン・ケルシーは総合第71位、ポジション別ではCの中で2番目にランクされている。

 マホームズのNo.1ターゲットとしてNFLで確固たる地位を築いているトラビスが、シンシナティ大学在学中に一時期チームを追放され、フットボール選手としてのキャリアを失いかけたことがあった。しかし、そのトラビスのフットボール人生最大の危機を救ったのが兄・ジェイソンだった。

 高校時代、QBだった弟トラビスはミシガン大学、ミシガン州立大学、ウェストバージニア大学などからもスポーツ奨学金のオファーを受けた。だが「2歳年上の兄・ジェイソンがいる」ことと「QBとしてプレイする機会を与えてくれる」ことを理由に進学先としてシンシナティ大学を選んだ。

 1年目の2008年シーズンはチームの方針としてシーズンを通して試合でプレーする権利は行使せず、チームに帯同して経験を積むことに専念した。

 2009年シーズン、トラビスはレッドシャツ・フレッシュマン。ワイルドキャット隊形のQBとして少しずつ出場のチャンスを掴んでいたのだが、その年末のシュガー・ボウルの遠征先で試合前の抜き打ちドーピング検査でマリファナの陽性反応が出てしまい、チームを追い出された。それを機にスポーツ奨学金の権利も剥奪され、大学側が提供していた住む場所も失ったトラビスは2010年シーズンはチームメートと暮らす兄の部屋に居候することになった。

 この時、兄ジェイソンは大学中を奔走した。
「自分が後見人として責任を持って弟トラビスの面倒を見ること」
「弟にチームに戻るための課題をいくつか課し、その全てをクリアさせること」
を前提条件に、兄である自分を信じて、弟にセカンドチャンスを与えてやってほしい。大学関係者やコーチングスタッフにそう懇願して回ったという。

 2010年シーズンの後、兄ジェイソンは大学を無事卒業し、2011年4月のNFLドラフトで当時アンディ・リードがヘッドコーチを勤めていたイーグルスに6巡全体191位で指名されNFLでのキャリアを歩み始めた。一方、弟トラビスは2011年シーズンよりチームへ復帰することを許され、この年から本格的にTEへ転向することになり、学業でも優等生名簿に載る成績を収めた。

 2011年シーズンはTEとしての基本的技術を学び、経験を積むことに重きを置き、チームでの序列も3番手扱い。個人成績もパスレシーブわずか13回、2TD、獲得ヤード数150ヤードという成績に終わった。トラビスの才能が開花したのは最終学年にあたる2012年シーズン。当時のヘッドコーチによると、この年、TEとしてだけでなく、リーダーシップ、タフネス、努力する姿勢などチームとして大切にしている「基準」を全て兼ね備えた選手へと成長を遂げていたそうで、TEとしてチーム記録となる722ヤードを獲得(パスレシーブ45回、8TD)、NFLからも注目を集める存在となった。

イーグルスのC,ジェイソン・ケルシー=photo by Getty Images

リードHC、ドラフト指名前の電話で「兄貴に代われ」

 2013年4月26日、ドラフト2日目、トラビスの元に1本の電話がかかる。発信元がミズーリ州からであることを確認したトラビスは、その当時まだ本拠地がセントルイスにあったラムズのヘッドコーチからのものだと思い込み
「勘弁してくれ!この電話取らなきゃだめ?」
と代理人に確認しつつ、渋々通話ボタンを押すと、受話器の向こうからは「アンディ・リードだ」の声。

 電話の声の主は、2012年シーズン終了後にそれまで14シーズン指揮をとっていたイーグルスと袂を分かち、2013年シーズンより新たにチーフスの指揮を取ることになったヘッドコーチのアンディ・リードだった。

 望外の電話に胸を踊らせたトラビスは「はいッ!」と態度を一変させ、受話器に耳を傾けると、リードHCは単刀直入に「お前、(指名された後で)まさかしくじったりしないだろうな?」と一言。

 その瞬間、トラビスの頭の中は真っ白になり、「いえ、しくじりません。あなたがコーチした中で最高のTEになってみせます!」と咄嗟に回答した。しかしリードHCは「兄貴に代わってくれ。」とジェイソンを電話に出すことを要求した。

 そして彼に「お前の弟、本当に大丈夫なのか?やらかさないか?」と確認の質問をしたという。
 ジェイソンはリードHCからの質問に頷きながら、「大丈夫です。俺を信用してください。こいつのことはこの俺が保証します。」と回答したという。

 それを確認した後リードHCは、最後にトラビスに、「わかった。今からお前を指名する。もし、道をハズようなヘマをやらかしたら、その時は、お前ら二人ともケツを蹴り上げてやるから覚えておけよ!」といって電話を切ったという。その数分後、トラビスは無事3巡全体63位でカンザスシティ・チーフスに指名されることになった。

 NFLはサラリーキャップ制度やドラフト、トレード、フリーエージェントなど、チーム間の戦力均衡を図るための仕組みが整っており、選手の流動性の高さは大きな特徴の一つでもあるが、その中でドラフトされたチームに長年所属し続けることはフランチャイズQBでもない限り非常に難しいと考えられている。

 実際、今のイーグルスの中で、2017年シーズンのスーパーボウル優勝を経験している選手はジェイソンを含め7人しか残っておらず、コーチ陣も一新されている。一方のチーフスも、今回スーパーボウルでプレーする選手の中で、チーフスからドラフトされ、その後、新たな契約を更新しているベテランはトラビスを含め、わずか4人である。

 5年ぶり2度目のスーパーボウル優勝を狙うイーグルスと、3年ぶり3度目の優勝を狙うチーフス。どちらも前回とは全く別のチームとしてこの舞台に戻ってきた。だからこそ貴重なのがこの兄弟のベテランとしての存在と経験となる。第57回スーパーボウル、イーグルスにとっても、チーフスにとっても、「ケルシーの活躍」が間違いなく勝負の鍵を握る。

ケルシー兄弟の母、ドナさん「思う存分楽しむわ!」

 「宝くじに当たるぐらいの確率よ!」そう興奮気味に話すのは、ケルシー兄弟の母親のドナさん。

 「中学でフットボールを始めて、高校で続けて、大学に進学して、プロになって。さらにプレーする機会を得て、選手として何年も過ごした上で、スーパーボウルにでて、兄と弟がお互いに対戦するなんてどれぐらいの確率で起こり得ることなの?これまではお互いのチームが勝つことを強く望んでたけれど、今回は常にどちらかボールを持ってる方のチームを応援して最初から最後までずっと叫んでると思うけど、とにかく思う存分楽しむわ!」

 スーパーボウルのオープニングナイトのイベントに登場し、サプライズで二人の息子に手作りのクッキーを届けた母親のドナさんにとって、二人の息子が生まれた日を除くと、「人生最高の日」はすぐにそこにある。

 余談だが、1週間前の段階で、15万人以上のファンが、スーパーボウルのコイントスをドナさんにやってもらえるよう、NFLへの嘆願書に署名した。だが、彼女は息子たちに 『フィールドはこれまで沢山のレジェンド達を生み、沢山の選手が血と汗と涙を流した場所。コイントスの役目は自分のものではない。』と語っている。

チーフスのTEトラビス・ケルシー=photo by Getty Images

イーグルスのC,ジェイソン・ケルシー=photo by Getty Images

■「アメフト沼」さんとはこんな人

 アラバマに暮らす人々の人生に根付いたカレッジフットボール文化を体験して以来、カレッジフットボールの魅力にどっぷりハマる。現在は、週末、フラッグフットボールのコーチをする傍ら、日本の大手スポーツメディアがスルーするようなネタを拾い集めるアメフト系ポッドキャスト「アメフト沼」をSpotify, Apple Podcast, Amazon Music 他にて配信中。

「アメフト沼」ボッドキャスト
https://open.spotify.com/show/1IdFrocpPamC5CRa7aF9PF

「アメフト沼」twitter
https://twitter.com/football_swamp

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