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2023-02-12

【NFL】まるで少年漫画のようなライバルたちとの出会いや戦い イーグルスQBハーツはこんな男

経歴だけを見るとエリートQBのハーツだが,これまで多くの試練と戦って乗り越えてきた=photo by Getty Images。

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アメリカンフットボールの世界最高峰、米NFLは、今シーズンの王者を決めるスーパーボウル(現地2月12日夜、日本時間2月13日午前)が目前に迫ってきた。AFCのカンザスシティ・チーフスとNFCのフィラデルフィア・イーグルスが雌雄を決する。日本のNFLファンにとって、チーフスのQBパトリック・マホームズに比べると、イーグルスのQBジェイレン・ハーツは遥かに馴染みが薄い存在かもしれない。

 だが、アラバマ大学、オクラホマ大学という二つの超強豪大でエースQBを務めた、ハーツのカレッジ時代の実績は、米国のファンにとっては周知のものだ。

 だからといって、ハーツはこれまで、エリートQBとして高評価に包まれていたわけではない。むしろその反対で、QBとしてのハーツは常にアンダーレートされ、激しい批評にさらされてきた。

 さらに、節目で、現在もNFLのスターとして活躍するトップQB達が、必ずといって良いほど、ハーツの前に立ちはだかった。挫折とまでは行かないが、試練の連続だったといってもいい。その試練を常に跳ね返し、自分の力を証明し続けてきたのがハーツだ。少年漫画のようなライバルたちとの出会いや戦いを振り返ってみた。(写真はすべてGetty Images)


■アラバマ大時代の試練  全米決勝の晴れ舞台でQB降格の恥辱

 ハーツは、テキサス州の出身。父アベリオンさんがコーチを務めるチャンネルビュー高校時代は最終学年でパス26TD(タッチダウン)、ランで25TDのデュアルスレットQBとして、4つ星評価で、アラバマ大学に進学した。大学を選ぶ際、地元の強豪、テキサスA&M大からの誘いもあったが、ハーツはその年の1月、クレムゾン大を激闘の末に破って全米大学王者となったアラバマ大を選んだ。

 アラバマ大のエースQBジェイク・コーカーは、2015年がフットボール最終学年で、規定によりチームを去った。ハーツはトゥルーフレッシュマンの18歳ながら、2016年シーズンからスターターの座をつかんだ。パス2780ヤード、23TD・9INT。ランでも954ヤード13TDを記録し、チームは14戦全勝で全米王座決定戦に進出。だがクレムゾン大学に、逆転負けを喫した。この時のクレムゾンのエースQBがデショーン・ワトソン(現ブラウンズ)だった。

 翌2017年もスターターとしてアラバマ大オフェンスをリードするが、パス成績は落ち込んだ。INTは1本だけしか許さなかったが、決定力を欠いた。特にシーズン終盤、3試合連続でパスが200ヤードに届かず。全米決勝のジョージア大戦、ハーツはさらに精彩を欠いた。前半終了までにパス成功はわずか3回で21ヤード。アラバマ大のニック・セイバンHC(ヘッドコーチ)は、ついにハーツの降板を決断する。

 後半から交代で出てきたQBが、トゥア・タゴバイロア(現ドルフィンズ)だった。タゴバイロアは、セイバンHCが自らハワイまでリクルートに出向いた逸材だった。タゴバイロアは、0-13とリードされた試合で、カルビン・リドリー(現ジャガース)、デボンタ・スミス(現イーグルス)らに3本のTDパスを決めて逆転勝利、全米王者に返り咲いた。

 アラバマ大は歓喜に包まれたが、晴れ舞台で恥辱の降板となったハーツだけは喜べなかった。

2017年シーズンの全米王者決定戦決勝(18年1月)で、サックされるハーツ。後半は降板させられ屈辱のベンチとなった=photo by Getty Images
 2018年シーズン、ハーツは控えQBとして過ごした。エースのタゴバイロアはパス3966ヤード、43TD・6INT、パス成功率は69.0%と、付け込む隙が無かった。全米のメディアは、2年後のNFLドラフト全体1位はタゴバイロアで間違いないと論じた。ハーツは腐ることなくバックアップを務め、同時に学業にも励んだ。

 タゴバイロアと争っても勝ち目はない。他大学に転校することを視野に入れていた。当時のNCAAルール※では、大学間の引き抜き防止のため、転校先では1年間試合に出られなくなる。それを回避する方法は、その大学を卒業してしまうことだった。卒業生に関しては、元の大学は権利を主張できないからだ。

 11月末のSECチャンピオンシップ、ジョージア大戦で、ハーツは負傷のタゴバイロアをリリーフしてチームを勝利に導いた。その翌月、アラバマ大の学位を得た。学業では卒業だった。

 チームは1月の全米王者決定戦でクレムゾン大に大敗した。クレムゾン大のエースQBは、トレバー・ローレンス(現ジャガース)だった。この試合、ハーツのプレー機会は、ほとんど無かった。9日後、ハーツはSNSに、アラバマ大を離れると投稿。行先はオクラホマ大だった。

※転校生に関するルール改正は、2018年のシーズン中から施行されたが、ハーツは元のルールを前提に動いていた。
2018年9月。ハーツは控えQBとなり、転校を視野に入れていた=photo by Getty Images

■オクラホマ大時代の試練 QBバロウにあらゆる面で敵わず

 オクラホマはアラバマ大に劣らぬ名門校。ハーツはあえて競争の激しいチームを選んだ。

 同じ南部、同じ深紅のチームカラー。カンファレンスこそ違えど、名門オクラホマの選手たちにもプライドがある。アラバマからの転校生をやすやすと受け入れることは無かった。

 ハーツは、自らの肉体にものを言わせることにした。オクラホマ大のウェートルームで、なんと600ポンド(272キロ)のスクワットに挑んだ。ハーツの体重は約100キロ。通常、運動選手でも自体重の2倍が目安とされるスクワットで、しかもパワー系のポジションではないQBがこんなことに挑むのはある意味バカげていた。

 オクラホマ大の選手が多数取り囲む中、ハーツは自分の体重の2.7倍のバーベルを背負い、しゃがみ、そして渾身の力を込めて立ち上がった。取り囲んでいた選手たちは、一斉に声を上げて、ハーツの胸や背中を叩き、手荒く祝福した。ハーツがスーナーズ(オクラホマ大の愛称)の一員として認められた瞬間だった。

 力任せだけではなく、ハーツには冷静な計算も合った。オクラホマ大は、若き智将として名高いリンカーン・ライリーが指揮を執り、2015~17年のエースQBがベイカー・メイフィールド(現ラムズ)、2018年がカイラー・マレイ(現カージナルス)だった。2年連続でハイズマントロフィー受賞者を出した、スプレッドオフェンスの元祖であり本家だ。

 アラバマ大のスプレッドオフェンスは歴史が浅い。「この機会にカレッジ最高のパスオフェンススキームを経験しよう」。ハーツはそう考えた。メイフィールドは、前年にドラフト全体1位でブラウンズに入団。NFL入りを表明したマレイもドラフト1巡上位指名が濃厚だった。QBの椅子は空いていた。

 2019年シーズン、ハーツはオクラホマ大のエースQBとなった。チームはカンザス州立大に1敗したものの、順調に白星を重ねた。QBブロック・パーディー(現49ers)のアイオワ州立大とのシュートアウトも制し、BIG12カンファレンスのチャンピオンシップに進出した。そして、マット・ルールHC(前パンサーズHC) の率いるベイラー大の粘り強いディフェンスに苦しみながら勝利、CFP(カレッジフットボール プレーオフ)の準決勝に駒を進めた。

 波乱万丈だったハーツの学生時代。最後に立ちはだかったのが、QBジョー・バロウ(現ベンガルズ)率いるルイジアナ州立大だった。

 準決勝の3週間前、ハイズマン賞選考でも圧倒的なパス成績のバロウにハーツは敗れていた。投票全体では2位だったが、バロウの1位ポイントが841だったのに対し、ハーツのそれはわずか12だった。

 準決勝のピーチボウルは、完敗だった。28-63。ハーツはハイズマンレース以上の屈辱をバロウに味わされた。

 ハーツのオクラホマ大での1シーズンは、14試合で、パス237/340、成功率69.7%、3851ヤード、32TD・8INT、レーティング191.0。ランでも233キャリーで1298ヤード、20TDと十分に素晴らしかった。

 だが、バロウの残した、パス5671ヤード、成功率76.3% 、60TD・6INT、レーティング202.0という数字の前では輝きを失った。
ハイズマンレースでも、CFP準決勝でも、ハーツはQBバロウに完敗していた=photo by Getty Images

■ドラフト時の試練  「QBは無理」バスケ評論家にもいじられ

 ハーツのパスの中身にも、確かに問題はあった。ロングパスの精度が低いうえに、投げるモーションが大きくクイックリリースが苦手だった。パスに関しては既にNFLのスターターレベルと評価されるバロウとは比較にならなかった。

 ドラフト時、多くのメディアや評論家、コメンテーターは、ハーツはNFLではQBはプレーできないと論じた。大学4シーズンで5回40ヤードしかパスレシーブの経験はないのに、WRに転向したほうが良いという意見もあった。超名門大学を渡り歩いただけに、知名度は高く、いじくりまわされるのは仕方がなかった。バスケットボールが専門のテレビコメンテーター、スティーブンAスミスにまで、無責任な論評をされた。

 ハーツが2巡53位でイーグルスに指名された時の地元メディアの記事にはこうある。

And social media was stunned. Simply stunned.
The Eagles have always put a premium on the backup quarterback position. 
But the No. 53 pick overall is a high price to pay for someone who should never see the field with Carson Wentz installed as the Eagles’ No. 1 quarterback.

「(ハーツの指名に)ソーシャルメディアは唖然とした。ただ、ただ、唖然とした」
「確かに、イーグルスは常に控えQBに優秀な人材を求めてきた。だが、エースQBカーソン・ウェンツがいる状況で、出場機会があるとは思えない誰かに、全体53位の指名権を使うのは高価過ぎた」

 比較的好意的に、「イーグルスのダグ・ペダーソンHC(当時)は、セインツのショーン・ペイトンHC(当時)がドリュー・ブリーズと一緒に、テイサム・ヒルを使うような形で、ウェンツと一緒にハーツを使うのだろう」と論じる意見もあった。だがそれにしても、2巡指名権を使うのはもったいないというのが、総合的な地元のファンやメディアの意見だった。

ドラフト前のコンバインで会見するハーツ。評論家たちは「NFLではQBは無理」と論じていた=photo by Getty Images。
     ◇

 NFL入り後の、ハーツのこれまでは割愛したい。

 パスに関しては年々上達している。2022年シーズンは3701ヤード、成功率66.5%で22TD・6INT。前年に比べ、リリースがよりクイックとなり、ショート・ミドルのパス精度が高くなった。パス全体の判断力も明らかに改善した。さらに、RPO(ランパスオプション)でディフェンスの動きを読んで繰り出すQBキープでは相手をほんろうしている。

 今季出場した15試合でランは760ヤード、13TD。といってハーツには、かってのマイケル・ヴィックや、現在のラマー・ジャクソンのようなエリートのスピードは無い。プロ入り時の40ヤード走は4秒59で、RBだったら指名されないかもしれないレベルだ。

 日テレジータスの中継で、森清之さん(東京大学HC)が解説していたように、ハーツは決して身体能力や脚力に頼って走っているのではなく、ディフェンスの弱いところをリード(read)して、冷静にそこを突いている。

 学生時代に出会ってきた強敵たちは、今季、スーパーボウルにたどり着く前に敗れ去っていった。だが、カレッジでは戦うことの無かった最強の敵がスーパーボウルでは立ちふさがる。チーフスとQBパトリック・マホームズ。これまで戦ったどんな相手よりも手ごわい「ラスボス」にハーツは勝負を挑む。

 ハーツにとって、初めてのハッピーエンドとなるのか、あるいは新たな試練になるのか。その答えは間もなく出る。

QBハーツにとって最大・最強の「ラスボス」となるパトリック・マホームズ=photo by Getty Images。

ついにスーパーボウルまでたどり着いたQBハーツ。ドラフト時、評論家たちは「NFLではQBは無理」と論じていた=photo by Getty Images。

【小座野容斉】

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