上写真=パンチングボールを叩く息子を見つめる父の背中。お揃いで着る『2016富士山マラソン』のTシャツが愛らしい
リング上の激しさばかりが“嫌拳闘家”にとっては鼻につくのだろうが、四角いジャングルを離れれば、ボクシングには愛が取り巻く。それは特にジムの中に充満している。
ラウルとサウルのフアレス父子。永と拳四朗の寺地父子にも優るとも劣らない、優しい眼差しが感じられた。
おそらく父は口下手なのだろう。会見中、通訳の言葉を少し違ったニュアンスで捉えて返答すると、息子がさりげなく補足する。父に向けて、小声で言葉を足して手助けする。
「兄もグレートなボクサーだったけれど、パパもグレートな選手でした」
息子は、父を尊敬しているのだ。といっても、“絶対服従”のような関係ではない。軽いミット打ちで汗ひとつかかず、息も乱れない息子に対し、父はだんだんと息が荒くなってくる。すると、「パパは疲れちゃったみたい」と報道陣に話してにっこり。こんなふうに父をいじれるのは関係がいい証拠だ。
そしてもうひとつの視線。帝拳ジムの田中繊大トレーナーの目だ。
メキシコでトレーナー修行を積み、世界的なトレーナーとして名を挙げた人だ。自分を育ててくれた国、メヒコに対しての愛情は、並々ならぬものがある。けれども、それを差し引いても、観察眼が鋭い。茶目っ気たっぷりで、普段は選手や同僚のトレーナーをいじってばかりいるのだが、周囲への目配り気配りはただならない。記者と世間話をしていたかと思いきや、パッとあらぬ方向へ飛んでいく。フアレスのグローブを着ける人がいないのに気づき、駆けつけたのだった。
日常の、日本のボクシングジムでもよく見る光景だ。グローブの着脱を、我先にと後輩たちが駆けつける“ルール”になっているところもあれば、観察力のあるトレーナーがパッと近づいてやるところもある。ごくまれに、どちらも自分のことしか見えていず、困ってウロウロしている選手も見かけるが、そんなところはやはり結果もともなわない。ボクシングはリング上の1対1の戦いだが、実はチームの戦いでもある。アドバイスを送るチーフ(以外の人間が、横からまったく別の指示を出して意思統一できていないところもよく見る)、セコンドのイス出しのタイミング、水を飲ませる役、腫れ止め&止血をする人物(まったくしないところもいまだにけっこうある)……。役割分担がしっかりできていないセコンドは、選手の足を引っ張る。勝てる選手も勝てなくなる。
パンチングボールを叩きだしたサウル。一見、何事もなく打っているように見えて、田中繊大トレーナーには違うように見えたのだろう。スッと寄ってきたかと思ったら、おもむろに高さを調整しだす。速いし手際がよい。これにはラウルもにっこり。
父から息子、息子から父。そして、敵地にいるトレーナーからの温かい眼差し──。
様々な想いやサポートがあるからこそ、逃げ出したくなるようなあの舞台に、胸を張って堂々と2本の足で佇むことができるのだ。
文&写真_本間 暁
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